第28話
やちむんの里を出た2人は、国際通りのお土産ショップに入って、色々と品物を物色していた。
以前引越しの品として渡した紅芋タルトをひまりは随分と気に入っていたらしく、嬉々として3箱も買っている。
住んでいた頃はあまり立ち入らなかった琉球ガラスのお店や、タコスを取り扱う専門店など、様々なお店をはしごしていれば時間はあっという間に過ぎてしまう。
夕方になる頃には、両手がお土産でいっぱいなってしまっていた。明日自宅まで配送するため荷物にはならないが、気づけば晴那もすっかり満喫してしまっていたのだ。
かつて住んでいた土地の観光が、こんなにも楽しいだなんて思わなかった。
「やっぱり1日じゃ足りないわ」
「他には行きたいところあるの?」
「そうね…」
国際通りから20分ほど歩いて、ひまりが提案した海へと到着していた。
ゴールデンウィークだというのに、夕方の時間帯のせいか思ったより人は少ない。
幼い頃からよく来ていたここは、晴那のお気に入りの場所だったのだ。
浜辺に荷物を置いてから、履いていた靴下とスニーカーを脱いでしまう。
裸足になって足を踏み入れて、くるぶし辺りまで海に入った。
白い砂浜に、まったく濁りのない海。夕日がキラキラと反射していて、思わず瞳を奪われてしまう。
「やっぱり良いところね、沖縄って」
「ひまり、来たことあるの?」
「昔…家族とね」
それは、由羅とまだ一緒に暮らしていた頃の話だろうか。
ひまりの方に視線をやれば、彼女はキラキラと輝く海を見つめていた。
水平線のさらに奥を見据えるように、遠くを眺めている。
「まあ、もう高校生だし。家族旅行なんて何年も行ってないけど」
夕暮れのオレンジ色の夕日が少しずつ沈み始め、辺りが暗くなってくる。
それでも、東京に比べたらまだ全然明るい。
あの時香澄と会って抱いた感情を、晴那は気付けば溢れ落としてしまっていた。
「…友達と会って、乗り越えられると思ったの」
会って、懐かしいと思って。
それでも東京での生活を誇りに思える気がしていた。
けど実際は、あの頃に心が引き戻されるだけで、結局何も変わっていない自分を突きつけられただけだったのだ。
「東京も楽しいって思えるのに…ひまりと…由羅さんのおかげで、すごく楽しいのに」
「由羅…?まさか…」
ひまりが怪訝な顔をして、慌てて口を押さえる。
二人が姉妹であることは、由羅に軽く口止めされているというのに。
しかし、ひまりはあまり気にしていない様子だった。
「何でもない。嫌いな人と名前が一緒だったから、反応しちゃっただけ」
同名の別人だと捉えてくれたのだろう。
冷や汗をかきながら、誤魔化せたことにホッとする。
そして、再び話題は晴那の話へと戻った。
「…シマのことだから、またごちゃごちゃ考えて落ち込んでたんでしょう」
「うん…」
「ほんと、ばっかじゃないの」
軽くしゃがみ込んでから、ひまりは両手で海水を掬い上げる。そして、そのまま勢いよく晴那に向かって掛けてきた。
右頬に当たったそれは、みるみるうちに上半身を濡らしていく。
驚いた顔で彼女を見やれば、ひまりはカラッとした表情で、晴那の1番欲しかった言葉をくれた。
「そういうもんだって」
シンプルな言葉が、染み渡っていく。
そういうものだと、それが普通だと。
晴那の複雑な心境を、当然のことだと受け入れてくれる。それが何より、今は嬉しかったのだ。
転校をして、いろいろな事があって。
苦しくて仕方ないのは、当たり前のことだと肯定してもらえたのが、今の晴那には1番有り難かった。
彼女の手を引いて、そのまま体重を掛けて押し倒す。
びしゃびしゃになったひまりに、晴那はしてやったりの表情を向けてやった。
「仕返し」
「…だからって、押し倒すことないじゃない!びっくりするでしょ」
肩肘をついた彼女に、片手で海水を掛けられる。
二人とも海水で水浸しで、水分を吸い取った服はずっしりと重く感じてしまう。
しかし、心は裏腹に酷く軽くなっているのだ。
「……ありがとう」
どうして、ひまりが沖縄へ連れてきてくれたのか。
友達とは会わせずに、ひたすら観光ルートばかりを巡っていたのか。
沖縄に住んでいた以外の思い出を、作ろうとしてくれたのだ。
思い出した時に楽しくなる旅行の思い出。
悲しさや切なさよりも、思い出した時に笑ってしまうような記憶を、沖縄でつくろうとしてくれたのだと、ようやく気づく。
照れ臭いのか、ひまりはすぐに顔を逸らしてしまった。
本当に素直じゃなくて、不器用だけど。
この子は誰よりも人のことをよく見ているのだ。
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