第24話
あまりの人の多さに、晴那は早速来たことを後悔しそうになっていた。
電車の中は吊り革を掴めたとはいえ人が密集しており、そもそもこの街に辿り着けたことでさえ奇跡なのだ。
約束の土曜日に、待ち合わせ場所である渋谷駅へやってきていた。
1番わかりやすいというハチ公改札で会う約束をしているのだが、早速今どこにいるのか分からなくなっている。
先ほどから案内看板を眺めているのが、一向にどちらへ向かえばいいのか分からずにいるのだ。
約束の時間が刻々と迫り始め、次第に焦り始める。このままでは埒があかないため、駅係員に尋ねようとすれば、背後からトントンと肩を叩かれた。
「晴那ちゃん」
私服姿の彼女の姿に、ホッと胸を撫で下ろす。
これほど人が溢れた構内で、巡り会うことができただけでも奇跡だろう。
「さっきの電車で来たところなんだ。会えてよかったよ」
「どっちに行けば良いのかわからなかったので、助かりました…」
「この階段降りればすぐだよ?」
由羅の後を続けば、ハチ公改札と書かれた看板を見かける。一体、晴那は案内改札の何を見ていたのだろう。
忘れないようにしっかりと目に刻み込んでから、由羅に釣られるままにアクセサリーショップへとやってきていた。
おすすめのお店らしく、中にはテーブルが幾つも並んでおり、上には沢山のアクセサリーが飾られていた。
「ここ、ハンドメイドのアクセサリー専門店なんだよ」
「すごい…これ可愛い」
小さな花柄をモチーフにしたイヤリングから、サクランボの形をしたチャーム付きのネックレスまで、幅広い種類のアクセサリーが並んでいた。
「これ、由羅さんに似合いそうです」
「本当?これのピアスないかなあ」
どうやら晴那が進めたのはイヤリングだったらしい。
ピアスコーナーに移動して物色すれば、先ほどのデザインと同じピアスを見つけた。
「あった。買っちゃおうかな」
「似合うと思います。由羅さんってピアス空いてたんですね」
「両耳で4個空いてるよ」
髪を掻き分けて、両耳を見せてくれる。どちらにも2つずつ穴が空いていて、おしゃれなピアスが飾られていた。
「晴那ちゃんは開けないの?」
「怖いなって…いつかは開けたいんですけど」
「病院だとあっという間って言うよ?それか、私結構上手いからピアッサーであけてあげよっか」
針が耳たぶを貫くシーンを想像して、咄嗟に耳を押さえてしまう。
「また今度にしときます…」
注射も苦手な晴那には、まだまだピアスを付ける日は遠いのかもしれない。
いつかは開けようと遠回しにし続けて、結局未だに空けられていないのだ。
「まあ、いまは樹皮イヤリングとか痛くないのも沢山あるからね」
「由羅さん、本当におしゃれなことに詳しいんですね」
今由羅が身につけている服も、ハイウエストのスキニーにさらりと薄手のシャツを羽織っているだけだというのに、とても様になっているのだ。
高身長もあいまって、シンプルな装いでも着こなしてしまうのだろう。
続いて洋服の店に向かう途中も、道ゆく人が由羅を見て振り返っていることに気づく。
高い身長だけだなく、この美貌を兼ね備えているのだから当然だ。
「せっかくここまできたし、お洋服でも見ない?」
手を取られて、由羅行きつけだと言うファッションのお店に足を踏み入れる。
おしゃれな雰囲気のお店で、自分が場違いのような気がして肩身を狭くしてしまう。
並んでいる服はどれも可愛いが、自分が着るには背伸びしすぎのように感じてしまうのだ。
「これ、晴那ちゃんどう?」
そう言いながら、由羅は並べられていたワンピースの一つを手に取った。
鏡の前に連れて行かれて、体に合うせるように、背後からワンピースを添えられる。
「可愛い、すごく似合う」
服をあてているだけとはいえ、後ろから抱きしめられているような状態が恥ずかしくなってしまう。
褒められたのも相まって、照れ臭ささからつい笑みを浮かべてしまっていた。
試着をすればサイズ感もピッタリで、由羅が選んでくれたのが嬉しかったこともあり、そのワンピースを購入してから店を出る。
由羅が選んでくれたというだけでも嬉しいというのに、初めて購入するおしゃれな服に胸はたしかに弾んでいた。
生まれて初めてこんなに女の子らしい服を買った。似合っているだろうかと不安もあるが、かつてより憧れがあったのもまた事実なのだ。
散々歩き疲れてクタクタになった2人は、紅茶の美味しい専門店へとやってきていた。
もちろんここも、由羅オススメのお店だ。
「おしゃれなところ沢山知ってるんですね」
「晴那ちゃんもすぐに色々詳しくなるって」
そう言われても、いまいちピンとこない。まだ自分が田舎者である意識は抜けていないし、東京に馴染んでいる自信だってないのだ。
だけど、本当に今日は楽しい一日だった。知らない場所を沢山見て、体験して。
都会ならではの遊びも、教えてもらった。
沖縄の自然も良いけど、東京の都会も悪くないと思ってしまう。
「…本当に、ありがとうございます」
「別に、これくらいいいよ」
「そうじゃなくて…由羅さんのおかげで、引っ越してきて苦しかった時も前を向けました」
まだ誰も親しい人がいない時、優しくしてくれた由羅の存在は本当に心強かった。
夜桜の下で慰めてくれた時も、花粉症の薬をくれたことも。彼女のおかげで、東京も悪い人ばかりではないと思えたのだ。
「友達と、楽しんでね」
「はい…っ」
紅茶を飲めば、ローズティ特有のバラの香りが鼻腔を擽った。
ミルクとお砂糖を入れてることもあり、甘くてとても美味しい。
この楽しい気持ちを、香澄にも味合わせてあげたい。来て良かったと思わせて上げられるように、目一杯エスコートしてあげるのだ。
そして、東京に行っても元気に暮らせていることを伝えて、親友を安心させてあげたいのだ。
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