第25話



 目が覚めて、晴那はベッド下の引き出しからあるものを取り出していた。

 大切なものを仕舞い込むその箱から、そっと親友とのツーショット写真が入った写真たてを手に取る。


 思い出すのが怖くて、引っ越した当日に仕舞い込んでしまったそれを、ギュッと握り込む。


 楽しかったあの頃に未練があって、それを断ち切ろうと必死だった。


 親友との写真を見るたびに沖縄への未練が込み上げてしまいそうで、奥深くに仕舞い込んでしまっていたのだ。


 「……もう、大丈夫」


 あの頃とは、違うのだ。

 東京で少しずつ友達ができて、こちらの暮らしにも慣れてきた。


 写真たてを戸棚に飾って、由羅に選んでもらったワンピースを着る。


 口紅は悩んだ末に、ひまりが選んでくれたテラコッタ色のものをチョイスした。


 鏡で改めて全身を確認した後、晴那は親友と会うため電車に乗って、渋谷駅へと向かう。


 久しぶりの再会に、胸はわずかにドキドキしてしまっていた。


 到着して、この前由羅に教えてもらった通りにハチ公改札へ行けば、待ち合わせ相手である我謝香澄の姿を見つけた。


 晴那と違って、香澄は迷うことなくここまでやってくることができたらしい。


 一度深呼吸して心を落ち着かせてから、晴那はかつての親友の元へ向かった。


 「……香澄」


 名前を呼べば、ゆっくりとこちらに振り返ってくれる。肩につかないくらいのボブヘアは相変わらずで、にかっと笑えば彼女のチャームポイントである八重歯が露わになった。


 嬉しそうに綻ぶ姿に、晴那も自然と笑みが溢れる。


 香澄は、何も変わっていないかったのだ。


 「ひさしぶり、元気してた?」

 「もちろん、晴那も元気そう。それになんかオシャレになった!お化粧もしてるさあ」


 可愛いと言葉を続けられ、ついはにかんでしまう。ストレートに感情をぶつけられて、照れていたひまりの気持ちが今なら少しわかるような気がした。


 

 まず最初に、晴那と香澄は以前由羅に教えてもらったアクセサリーショップへ向かっていた。

 品数はもちろん、可愛いアクセサリーにはしゃぐ香澄を見て、そっと心の中で彼女にお礼を言う。


 お揃いのイヤリングを購入してから、またしても由羅と共に訪れた紅茶専門店へやってきていた。


 下手に自分でお店をチョイスして道に迷ってしまうことを恐れたのだが、喜ぶ香澄の様子を見て、自分の選択は間違ってなかったのだと胸を撫で下ろす。


 ソファ席に2人で並んで座りながら、注文したアフタヌーンティーセットを頬張る。


 マカロンからタルトまで沢山のスイーツがケーキセットに乗っており、その可愛さに2人ではしゃいでしまっていた。


 「晴那、オシャレな場所沢山知ってるね。すっかり東京の人みたい」

 「そんなことないよ」

 「いきなり転校とか言うからびっくりしたけど、馴染んでるみたいで安心した」


 カップケーキを頬張りながら、ちくりとした罪悪感が胸に走った。

 沖縄を出るのが嫌だった晴那は、高校一年生の最後の登校日まで転校することを言えなかった。


 大切な親友には前もって言わなければいけなかったと言うのに、自分の我儘で彼女を酷く戸惑わせてしまったのだ。


 「…ごめん、ギリギリまで転校することいえなくて」

 「別にいいよ。晴那だって、戸惑ってたんでしょ?わかってるから」


 八重歯をチラつかせながら、香澄が暖かい雰囲気で言葉を溢れ落とす。

 本当に、香澄は優しくて、今までその優しさに甘えてしまっていた。


 暫く離れていたせいか、今まで当たり前のように思っていたことが、そうではないことに気付かされた。


 晴那のためを思って、泣いてくれる人。心配してくれる人。


 そういった人たちのことも、これからは考えていかないといけない。


 「東京の高校どう?」

 「友達出来てきたよ」

 「本当に?よかったさあ」

 「香澄は、どう?」

 「めっちゃ楽しいよ」


 嘘偽りのない様子で、香澄は自信満々に答えてくれた。

 そして、晴那のいない沖縄での日々を話してくれる。


 「2年生になって、葵と結と同じクラスなったんだけど、担任がまさかの世界史の良先生でさあ」


 晴那の知らない、晴那のいない沖縄での生活。


 自然と浮かべていた笑みが、気づけば作り笑いのようになってしまっていた。


 「物理が難しいから嫌だけど…あ、でも今度の体育祭で2年生はエイサー踊るわけね」

 「へえ……」

 「それで練習の時体育館の隅っこで、パーランクー転がして遊んでたら、しに怒られた」


 楽しそうに笑っている香澄から見て、晴那は上手く笑みを返せているだろうか。


 東京に必死に馴染もうとして、沖縄のことを考えないようにして。


 それで、良かったはずなのだ。


 今の生活も少しずつ馴染んできて、楽しいと思えているのに。


 どうして、香澄を羨ましいと思ってしまっているのだろう。


 本当なら、晴那もそこにいるはずだったのだ。

 2年生になって、一緒に運動会のためのエイサーの練習をして。


 同じクラスだったとはしゃいで、香澄の思い出話に加わっているはずだったのに。


 何となく、晴那が去ってから沖縄はあのまま生活が止まっているような気がしていた。

 

 人間関係も、環境も。


 だけど全くそんなことはなくて、晴那がいなくても当たり前のようにあの空間も時が過ぎて、色々なことが起こっている。


 グッと、カップを持つ手に力が加わる。


 大好きだったあの場所は、もうあの場所ではない。


 沖縄に戻っても、晴那の去ったあの場所ではなくて、全く新しい環境が作り上げられている。


 沖縄に帰れば、元に戻れると思っていたけれど、全然そんなことはない。


 どこか漠然的に抱いていた幻想を、全て破壊されたような気を起こしてしまう。


 親友に会って、とても楽しかったことは事実なのに。どうしてこんなにも、ぽっかりと心に穴が空いたように、喪失感に襲われてしまっているのだろう。

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