第12話
洗面所の鏡の前で、晴那は慣れない手つきで化粧を施していた。
昨晩練習したためマシにはなっているが、由羅のように上手になったわけではない。
結局アイライナーは引くことが出来ずに諦めてしまったし、口紅もはみ出してしまったため慌ててティッシュで拭うことになった。
制服に着替えて、改めて手鏡で自身の姿を確認する。
「変じゃないかな…」
濃くないが、すっぴんだと分からない程度にはナチュラルに出来たはずだ。
普段手放せなかった白いマスクを置いて、家を出る。
外の空気を吸っても、花粉症の薬を飲んでいるおかげかくしゃみは出なかった。
「…よし」
合鍵を使って、お隣さんであるひまりの部屋に入る。
今日は釣られて眠ってしまわないように、なるべく距離を置いてから目覚まし時計をセットした。
秒針がカチッと予定時刻を指した瞬間、室内に爆音が鳴り響く。
晴那も愛用しているものなのだが、音量が大きくとてもじゃないが眠っていられないほどの威力を待ち合わせているのだ。
「なに…っ!?」
ひまりが慌てたように飛び上がる。
すぐに目覚まし時計を止めて、彼女の元へ駆け寄った。
おはようと声を掛けるより先に、ひまりがなぜかこちらをジッと見つめていることに気づく。
「あんた、それ…」
「花粉症の薬飲んだら、マスクつけなくても大丈夫だった」
「その見た目…自分でやった?他の子にしてもらったんじゃないの」
「そうだけど…」
正直に認めれば、ひまりは一度唇を尖らせてから再び布団にくるまってしまった。
慌てて、布団の裾を掴んで力を込める。
「ひまり、早く起きて。遅刻しちゃう」
「うっさい」
必死に声を掛けても、一向に布団から出てくる気配はない。
一体ひまりが何に拗ねているのか、ちっとも分からなかった。
「なんで拗ねてる?怒ってるの?」
「怒ってないわよ…っ」
語尾が力強いため、間違いなく平常心ではない。
結局ひまりが布団から出たのはそれから15分後で、2人で慌てて駅へと向かって電車に乗り込んだのだ。
車内でもひまりは目を合わせてくれず、会話も殆どない。
東京の人のようにおしゃれをして、可愛くなりたくて努力をしたというのに、ひまりは何が気に入らなかったのだろう。
もしかしたら可愛いと褒めてくれるのではないかと密かに期待していた分、予想外の反応に戸惑ってしまっていた。
学校について、マスクを取った晴那に注目が集まり、たくさんの人から声を掛けられる…なんてこともなく、晴那はいつも通り中庭で1人の昼食を送っていた。
遠巻きにヒソヒソと「今日マスクしてないね」と言う声は聞こえたが、それをきっかけに声が掛かることはなかったのだ。
勇気を出して晴那の方から話しかけなきゃいけないことは分かっているが、まだ自信がない。
どうやったらクラスメイトと上手くコミュニケーションを取れるのか、分からずにいるのだ。
沖縄にいた頃はここまでコミュニケーションが下手ではなかったはずだというのに、環境というのは人をここまで変えてしまうらしい。
「どうしたらいいのかなあ…」
ポツリと独り言をこぼしながら、しゃけおにぎりを頬張る。この味もすっかり慣れて、最近ではお昼休みに食べるのが当たり前になっているのだ。
以前おかか味のおにぎりを買ってみたが、それもかなり美味しかった。
沖縄にいた頃は食わず嫌いで油味噌味しか食べてこなかったが、晴那が知らないだけで美味しい食べ物は沢山あるのだろう。
「あ、ネコ…」
いつも通り、野良猫が足元に擦り寄ってくる。珍しくニャーニャーと何かを訴えるように鳴いており、初めて見る様子に戸惑ってしまう。
「どこか痛いの?」
聞いても、当然返事は返ってこない。
途端に猫は弾かれたように裏庭の方へ行ってしまい、心配から晴那も慌てて後を追いかけた。
「朝来れなくてごめんね、寝坊しちゃって…」
その声は、間違いなく彼女のものだった。
猫缶を持った女生徒は、背が高くすらっとしており、遠目でも間違えるはずがない。
そこにいたのは、うみんちゅハウスで度々一緒に仕事をして、散々お世話になった亜澄由羅だった。
晴那と同じ制服を着て、愛おしそうに猫缶を食べる野良猫を見つめている。
「由羅さん…?」
「え、晴那ちゃん!?」
2人で目を合わせて、驚き合う。
まさか同じ学校だとは思っておらず、互いにどこの高校に通っているかと話題になったこともなかった。
恩人であり、晴那にとって心強い存在は、思ったよりもずっと近くにいたのだ。
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