第11話


 週末の土曜日。昼間に人手が足りないからと呼び出され、晴那はいつも通りうみんちゅハウスの手伝いに勤しんでいた。


 まだ休日に一緒に遊んでくれる友人もいないため、休みの日は殆ど暇をしているのだ。


 そこには由羅の姿もあったが、いつもと変わらず落ち着いた雰囲気で仕事に励んでいる。


 由羅以外に可愛いと言われても喜ばないで、という言葉の真意は結局分からずじまいだ。


 夕方前には手伝いも終わり休憩室で着替えていれば、丁度由羅もシフト終わりらしく居合わせる。


 ロッカーの前で並んで着替えていれば、由羅が「そうだ」と声を上げた。


 「晴那ちゃん、今日良かったらコスメショップ行かない?」

 「え…」

 「見に行くって、前話したでしょう?」


 願ってもない申し出に、二つ返事を彼女に返す。

 1人でコスメを見に行っても目移して上手く選べないのは目に見えているため、由羅が付いてきてくれるとなれば心強い。


 本当に、彼女は面倒見の良い性格なのだろう。

 






 


 二駅ほど電車に揺られて到着したのは、駅中に併設されたショッピングモール。

 案内されるままについていけば、由羅が行きつけだというコスメショップへ到着した。


 甘い香りが漂っており、店内には若くておしゃれな女の子ばかり。

 滅多に立ち入ったことのない領域に、つい緊張してしまう。


 あの一言は結局、何だったのだろう。

 取り乱す様子を見る限り、あの時由羅は間違いなく焦っていたはずなのに。

 今の彼女はいつも通り、落ち着いた雰囲気で、ちっとも気にしていない様子だ。


 「ここね、プチプラからデパコスまで取り扱ってるの。晴那ちゃんも気にいるコスメ見つけられるはずだよ」


 まず最初に向かったのは、お手頃価格で購入できるプチプラコスメのコーナーだ。

 ブランドは幾つもあり、どれも似ているように見えて違いがちっとも分からない。


 「これって何が違うんですか?」

 「そうだな…例えば同じピンクでも、これとこれでは全く違うよ」


 そういって、テスターのアイシャドウを由羅は手に伸ばして見せる。

 一つ目はラメの入っている濃いピンク色で、もう一つは先ほどより硬い質感の淡いピンク色だった。


 「似ているようで、結構違うの。ハマったらどんどん買っちゃうから気をつけてね」


 プチプラと言っても、一つ一つが破格な価格というわけでもない。

 たしかに、次から次に購入してしまってはお財布が苦しくなってしまうだろう。


 「晴那ちゃん肌綺麗だからファンデーションはいらないかも。下地と、ルースパウダーだけで十分かな」

 「なるほど…」

 「クリアな色味だと、タッチアップしなくても平気だから」


 そう言われても、初心者の晴那はよくわからない。結局、由羅の勧められるものをどんどんカゴへ放り込んでいった。


 うみんちゅハウスでアルバイトとして雇われてはいないとはいえ、働いた分はお小遣いとしてもらっている。


 しかし物欲が少なく貯金をしているため、意外と貯金があるのだ。


 由羅も手頃な価格をチョイスしてくれているため、そこまで痛手にはならないだろう。


 「口紅の色はどうする?」

 「前、由羅さんが塗ってくれたやつってどれですか?」


 こっち、と案内されたのは、先ほどよりも少し格式高い雰囲気を纏ったコーナーだった。

 どうやらデパートコスメを取り扱っているコーナーらしく、一つ一つが値段が張るものらしい。


 口紅がたくさん並べられたショーケースには、たしかに以前由羅が貸してくれた赤色のものがあった。


 「デパコスだからちょっと高いんだよね…似てる奴あるし、それでも…」

 「由羅さんと同じのがいいから、これにします」


 振り返れば、由羅は下唇を軽く噛みながら、口角を上げて笑みを浮かべていた。


 近くのスタッフに声を掛けて、同じ商品を用意してもらう。初めて購入するデパートコスメが、由羅と同じものということが、どこか嬉しく感じてしまうのは何故だろうか。




 コスメショップを出て、同じショッピングモール内のファストフード店に来ていた。

 生まれて初めて購入したコスメが入った手提げ袋を大事に抱えながら、メニューを眺める。


 お腹も空いてきたため、ハンバーガーとポテトのセットを晴那は注文した。


 「由羅さん、好きなものなんでも頼んでください」


 色々とお世話になっているため、些細なことでもお礼をしたかったのだ。

 しかし、彼女が注文したのはアイスコーヒーを一つだけだった。


 やはり細身でスタイルが良いところを見る限り、間食でハンバーガーを食べたりはしないのかもしれない。


 おやつ代わりにハンバーガーをぺろりと平らげしてまう晴那の方が、女子高生にしては食べ過ぎなのだ。


 席について、注文したハンバーガーを頬張っていれば、由羅は自身の鞄から何かを取り出して、晴那に渡してくれた。


 「晴那ちゃん、これ」


 目線を移せば、どうやら薬のようで、『花粉症に効く!』とキャッチコピーが書かれている。

 

 「え…花粉症の薬ってあるんですか?」

 「知らなかったの…?」


 由羅は驚いているようだが、晴那も新たな事実の発見に同じような反応を示してしまう。


 2人とも驚愕している状況がおかしくてつい吹き出せば、由羅も釣られるように笑っていた。


 「本当、晴那ちゃんっておもしろいね」

 「そんなことないですよ…でも、これいいんですか?」

 「うん、知り合いに聞いたらすごく良く効くらしいから、たぶんマスク生活ともおさらばだよ」


 本当に、由羅には感謝してもしきれない。

 改めてお礼の言葉を口にした後、ジッと由羅を見つめる。


 今なら、聞いても答えてくれないだろうかと、ずっと気になっていた言葉を口にした。

 

 「あの、前由羅さんが言ってた…由羅さん以外の人から言われる可愛いは信じるなって、どういう意味だったんですか?」


 その言葉に、由羅はどこか面食らったような顔をしていた。

 よっぽど予想外だったのか、目を瞬かせてしまっている。


 「意味、分かってなかったの…?」

 「え…やっぱり、なにか複雑な理由があったんですか?」


 由羅は机に片肘をつけて、指先に軽く顎を乗せた。足を組むその仕草も、美人がするとひどく魅力的に見えてしまう。


 休日のファストフード店には似つかわしくない妖美な雰囲気に、気を抜けば呑まれてしまいそうだった。


 「鈍感だな……そのまんまの意味」

 「えー…」

 「もうこれ以上この話おわりね?」


 両手をパッと開いてから、由羅は普段通り明るい雰囲気で声を上げた。

 気になるが、それ以上言及してしつこいと思われてしまうのも嫌で、渋々引き下がる。

 結局、由羅が何を言いたかったのか分からずじまいだ。

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