第1話
約2時間以上、飛行機に揺られて、
長旅で体は疲弊していて一息付きたいところだというのに、タフな母親に手を引かれて、休む暇もなく電車へと押し込まれる。
右手でつり革に捕まりながら、左手はキャリーケースを離さないようにしっかりと握り込んでいた。
電車の揺れに流されないように踏ん張りながら、ぼんやりと窓に映る自分の顔を眺める。
到頭、来てしまったのだ。
「どう?初めての東京は」
「……人、多い」
駅のホームも、車内も。サラリーマンと思わしき年代から、同い年くらいの若者まで。
色々な人がいて、見渡せば必ず人がいる。
こんなにも人がいるのに、晴那が知っている人物は一人もいないのだ。
先ほど、母親から渡された電車に乗るための電子カードの存在を思い出す。
これも、沖縄で使っていたものとは違う種類だった。
「……くしゅっ」
抑えきれずに、本日何度目かのくしゃみが出てしまう。
慣れない長距離移動で、体調でも壊してしまったのだろうか。
ポケットティッシュで鼻をかんでいれば、母親が「もしかして」と声をあげてみせた。
「花粉症じゃない?」
「え……」
「沖縄には杉の木がなかったからね。これから大変さあ」
母親は呑気に笑っているが、晴那は更に気が滅入ってしまいそうだった。
そうこうしているうちに目も痒くなり始め、耐えられずに掻いてしまう。
早速、ここに来たことに辟易してしまいそうだ。
「お父さん、駅に迎えに来てくれるんだよね」
「そうよ。お店の方もね、結構繁盛してるみたいよ」
長年、両親は地元で沖縄料理店を営んでいた。
その東京店をオープンしたのが半年前で、軌道に乗ったのを理由に、晴那も母親と共に東京へ降り立ったのだ。
本店である沖縄の店舗は親戚に任せているため問題ないと、いつも通り母は楽観的に話している。
物事を難しく考えない、おおらかな人柄。
時に無謀ともとれることをサラリとやってのける姿に憧れていたが、東京進出に関して話は別だ。
東京行きにずっと反対していた晴那は、ここまで来ても未だに唇を尖らせ、拗ねてしまっていた。
マンションのある最寄駅に到着すれば、母の言う通り、そこには半年ぶりの父親の姿があった。
晴那たちの姿を見るや、嬉しそうに手を挙げているが、同じように笑みを返すことができない。
口角が上手く上がってくれず、ぶっきらぼうな態度になってしまった。
「お、反抗期か?」
「晴那、花粉症だったのよ。だからさっきから辛そうで」
天然な母親は、晴那の真意には気づかない。それを指定する気も起きずに、重いスーツケースを片手にマンションまでの道を歩いた。
時刻はすでに夕飯時で、辺りは暗く沈み込んでいる。
それが、まるで今の自分の心情の様だった。
「見て、東京の桜綺麗ね」
嬉しそうに声を上げる母親の言葉につられて顔をあげれば、そこには殆ど白色に近い、淡い桃色の花びらが咲き誇っていた。
沖縄とは違う種類の桜。テレビや雑誌で見たことはあったが、本物のほうが繊細で、儚い雰囲気を纏っている。
「すごい、写真撮って比嘉さんに送ろうっと」
はしゃぐ母親とは対照的に、晴那はすぐに顔を伏せてしまう。
綺麗だけど、気分は上がらない。心に、響いてくれないのだ。
こんなにも、自分は冷たい人間だったろうか。
捻くれた考え方をする人間だったろうか。
一つ大きなため息を吐いて、晴那はマンションに向かって足を進めていた。
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