学校夜廻り (前編)

◇◆◇


 

 

 夜というのは、日常を少し非日常に変える。

 可愛らしい公園の動物のモニュメントも不気味な像に。何気ない景色も、いやに怪しく見えてしまったり。

 昼間の明るい空間も、闇の中に沈むだけでこんなにも違う表情を見せるのだ。

 だが、いなりはその空間に落ち着きを感じる。

 それはいなりが人として、変わり者だからなのだろうか。それとも、自分に流れている妖怪の血が、そう感じさせるのか。

 それとも、その両方か。

 そして―――

 

「夜の学校って、なんだかいいな!」

 

 いなりたちは、夜の高校に侵入していた。


「これって不法侵入に入るんですかね。」

「ばれなオッケーやろ。」


 唐沢の話を聞いた五人は、虎徹よりも早く失踪事件を解決すべく、真夜中の学校で調査をすることにしたのである。

 都立高校である八坂高校はそこまで警備が厳しくない。警備員のおじいさんの目をかいくぐることなど、造作もないことなのだ。

 五人は閉まっている裏門を軽々と飛び越え、敷地内へと堂々と踏み込む。


「調査って、具体的にどうするんだ?」

「そりゃあ、普通に聞き込みだよー。」


 首をかしげる北斗に、したり顔で黒羽が答えた。

 普通のオカルト番組ならば、地方の図書館や古民家を訪れるなりして郷土資料を漁ったり、お年寄りから話を聞いたり、どこぞから霊能力者を引っ張り出してきて何やら不思議なものを見ようとしたり、色々と面倒なことをする。

 だがしかし、そもそもいなりたちは人間ではない。むしろ、彼らと同じ側の世界の住人である。というわけなので、話は簡単。直接聞けばいいだけなのだ。


「つうか、七不思議の三つ目って明らかにアイツだよな・・・。」

「だねー。まずは彼のところに行こうかー。」


 七不思議の三つ目、中庭の杉林をひとりでに動き回る謎のガスマスク。

 この笑いを誘う妙な怪奇現象の正体には、心当たりしかない。


「なんや、知り合いなんか?」


 八重の言葉に、三人は遠い目をして答えたのだった。


「まあ、会えば納得するぜ。」




◇◆◇




 八坂高校は旧校舎と教室のある棟(つまり、新しい校舎である)が中庭を挟んで渡り廊下でつながっている。上から見ると、ちょうど片仮名のエの字に見える構造だ。

 裏門から駐車場を突っ切ってまっすぐ行けば、中庭はすぐである。

 杉林は中庭から校庭までの道を沿うように植え込まれている。なので、ちょっとした並木道になっているのだ。

 杉林の近くまでいくと、タイミングよく、お目当てのガスマスクが木々の間を縫うようにしてこちらに向かってきた。

 普通の人間の目には、これはガスマスクが一人でに浮遊しているようにしかみえないのだろうが、この場に誰一人としていない。

 いなりたちの目には、ガスマスクをつけたイタチの姿が映っていた。


「あれー、皆様お久しぶりですね!」

「よう、小太刀。」


 いつぞやに花粉症のせいで切りさき事件を起こしていた、鎌鼬の小太刀である。いなりと愁、黒羽は彼とひと悶着があり、それをきっかけに彼は花粉症対策としてガスマスクを装着するようになったのだ。そんな彼がまさか七不思議のひとつに数えられるようになるとは、なかなか世間というのは狭いものである。

 小太刀はその凶悪な鎌である両の手をさっと振り、もふもふのイタチの手へとすり替える。それから嬉しそうにいなりたちの側へとやってきた。

 

「・・・なんでこの鎌鼬かまいたちはガスマスクをしとるん?」

「花粉症なんだと。」

 

 ガスマスクを装着した鎌鼬なんて始めてみる八重と北斗はそろって不可思議な顔をしている。

 まあ、誰でも初見ではそうなるだろう。


「でもさ、時期的にはもう必要ないんじゃねえか?」

「つけているうちに馴染んでしまって・・・今ではガスマスクが手放せません。」


 「他の妖怪から喧嘩売られなくなって便利なんですよ~」と答える。

 確かに、妖怪とて両手が鎌で顔にガスマスクなんていう、アメリカのホラー映画のような不気味な奴を相手にしたくはない。

 これまでの経緯を軽く小太刀に説明すると、小太刀は小さな額に皺をよせてうーんとうなった。


「なるほど・・・お三方さんかたには申し訳ないのですが、小生には見当がつきませんねぇ。」

「分かりました。ありがとうございます。」


 「また何かあればいつでもいらっしゃってくださいね。」と言って、小太刀は杉林の中へ風のように消えてしまった。


「収穫なしかー。」

「次に当たるところなのですが、七不思議の二つめに心当たりがあります。」


 というか、いなりはこれと似たような現象をすでに経験したことがあった。


「お、マジか。じゃあ、中入る前に先に体育館に行っておくか。」


 そういうわけで、いなりたちは体育館へと向かうのだった。




◇◆◇



 

 部活後に体育館の戸締りはされてしまう。

 だがしかし、別に鍵を必要とはしない。

 力づくで押し入ればいいのである。


「じゃあ、八重様おねしゃす。」

「よっしゃ任せろ。」


 八重がそういうやいなや。

 パキンという音がして扉に四角い孔があいた。

 

 ようは空間断絶の応用である。

 八重は槍の斬撃に空間断絶することで、回避不能の広範囲のギロチン攻撃を出す。ただし、彼女の空間断絶は槍の斬撃にのせるだけではない。

 八重の空間断絶は、干渉する空間の座標を視認していればいいだけなのだ。つまり、八重は自分が見ているところならばいくらでもその空間を切り刻むことができるのである。

 今回の場合、扉部分を座標指定して切り取ったのだ。

 無残にも切り取られた体育館の扉は、おそらく、翌朝には劣化と思われて回収されていくことだろう。

 そんなこんなで、いなりたちは何の苦もなく体育館へと侵入を果たしたのだった。


「これってさ、何か声かけた方がいいのー?」

「ちょうど真夜中ですし。噂を信用するならば、何もしなくとも向こうから出てきてくれるはずですよ。」


 しばし立っていると・・・。

 ひとりでに体育館のがひとりでに閉まった。


「え?扉さっき切り取ったよな?なんで復活してんの」

「あー・・・これはもしや」


 それから間もなくして、クスクスと子どもの笑い声が体育館に響き渡る。

 これは決して、子供の幽霊の仕業ではない。ただ、本当に子供たちがこの学校には住み着いているのだから。

 子供といっても、正確にはであるが。

 

「お聞きしたいことがあるのですが、出てきてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 いなりは少々声を張って、虚空へ向かって呼びかけた。

 すると、笑い声が突然止んだ。

 代わりに、ひそひそと囁き声が聞こえてくる。


「あれ?妖狐さんだ。」

「残念。全然怖がってくれないと思ったら、この前の妖狐さんだ。」

「なーんだ。」

「つまらないのー。」


 体育館の舞台袖や二階のギャラリーから顔をのぞかせたのは、作務衣姿の小さな小鬼たち。

 家鳴りである。


「もしかして、文化祭ん時の・・・!!」

「あー、そういえばいたねー。」

 

 いなり以外の面々もどうやら気が付いたようである。

 家鳴りたちはいなりのことを覚えていてくれていたらしい。

 無邪気な様子でわらわらと傍にやってくる。


「つうか、いなりはコイツらと知り合いなのか?」

「顔見知り程度です。」

 

 以前、体育倉庫に閉じ込められたことがあった。それが、いなりと家鳴りたちの出会いである。

 以来、どういうわけか家鳴りたちに気に入られたようで、たびたびいなりは彼らと校内のあちこちで遭遇する。例えば、移動教室で筆箱を忘れてしまったときでも、そっと机の中に押し込んでおいてくれたり、建付けの悪い旧校舎の教室の扉が勝手に開いたりなどである。

 小人というものがファンタジーの定番キャラクターとしているが、もしかすると彼らの元ネタは家鳴りだったのかもしれない。


「どうしたの?」

「何かあったの?」


 家鳴りたちにも花守のことを尋ねるが、家鳴たちはそろって首を左右に振った。


「誰?」

「知らない。」

「僕らじゃないよ。」

「最近は人にいたずらしない。」

「したら怖い人来る。」


 昔は家鳴りたちも閉じ込めたり、物を隠したりして人間を驚かせることを楽しんでいたらしい。だが、文化祭の時に痛い目を見てから、めっきりそういうことはしなくなったのだという。

 やったとしても、せいぜい開かずの間を作ったり、こうして真夜中に学校に侵入してくるような不届き者をこらしめる程度にしているのだという。


「うーん。これはなかなか厳しくなってきたねー。」

「そうですね。」


 黒羽がうなるのも納得だ。

 この学校の構造を誰よりも熟知していると思われる家鳴りたちが知らないとなると、今回の事件はかなり厄介なものらしい。

 いなりは薄々、家鳴りたちが悪戯で彼女を校内のどこかに閉じ込めてしまい、そのことを忘れて放置してしまった、みたいなことを想定していたのだが、当てが外れてしまった。


「なんか、最近おかしなことが学校で起きているとかねえのか?」

「ないよ。」

「ないない。」

「あったらわかるもの。」

「僕たち、すぐに気づくよ。」

「そりゃそうだよなあ・・・。」

「では、あなた方以外で、この学校に住みついている妖怪について何か知っていますか?」


 ダメもとで聞いたつもりだったが、なかなかどうして、手ごたえがあった。

 

「それなら知ってる。」

「見回りの狸さん。」

「狸さんがいるよ。」

「狸さん?」

「いつも見回りしてくれる。優しい。」

「僕らよりもずっと昔からいるよ。」

「そうそう。」

「その人の方が、良く知ってるかも」

 

 家鳴たちは口々にそういって、うなづきあう。

 思いがけぬ情報である。

 案内してあげると言われ、いなりたちは家鳴たちとともに、その「狸さん」とやらのいる場所へと向かうことにした。




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