失踪した少女

 声をかけてきた女子生徒は、緊張した面持ちで五人の前にやってきた。

 八重が人のいない席から椅子を引っ張てきて座るようすすめると、女子生徒は恐縮しながらそこに腰かける。

 そのやり取りを横目に、同じ高校の生徒であるのだからそんなに固まらなくてよいのになどと思いながら、いなりは自分の席に戻った。


「北斗、知り合いか?」

「いや・・・俺と同じクラスじゃあないよな?」

「というか、たぶん僕らの方と同じクラスだったよねー?」


 黒羽がそう言うと、女子生徒は少し安心した表情をしてコクリとうなづいた。

 なるほど。ということは、どうやら彼女はいなりのクラスメイトである。クラスメイトに対し・・・というよりも、そもそも他人に対する関心の薄いいなりは、彼女の名前すらわからなかったが、黒羽のおかげでそれが露見せずに済んだ。

 いなりはそれらしく、うんうんとうなづいておく。


「相談事というのは?」

「室咲君にお祓いをお願いしたくて。」

「「お祓い?」」


 以外な内容に、思わず外野で聞いていた愁と八重が声をそろえる。


「詳しく話を聞かせてほしい。」


 彼女―――唐沢からさわ響子きょうこには、中学校からの仲のいい友人がいるのだという。名前は、花守はなもり香菜かな

 二人ともバレーボール部に所属しており、ちょうど秋休み中に学校合宿があった。合宿の最終日のことである。ひょんなことから、同学年の者たちの間で夜の学校で肝試しをやろうという話になったらしい。

 練習は朝から夕方までみっちり行われるが、夜は時間がある。部活の顧問も安全管理のために合宿期間中は学校に宿泊するというのだが、それでも就寝時間に縛りはなく、基本的に自由行動だ。かといって、泊っている場所は学校であり、テレビもゲームもない。カードゲームも何度も繰り返しやっていれば飽きてしまった。せっかく合宿だ、もっと思い出に残りそうなことをやりたい。そういうわけで、肝試しの企画が持ち上がったのである。

 肝試しの概要は、寝床にしている三階の教室を出発地点とし、折り返し地点を旧校舎一階の科学実験室、そこから出発地点の教室に戻ってくるというもの。また条件として、二人一組で行動し、折り返し地点まで行ったことを示すために科学実験室から何か一つ、物を取ってくることとした。

 娯楽に飢えていたということもあり、肝試し企画は、部活のほぼ全員参加することになった。組分けはくじ引きで行われ、唐沢は花守とペアを組むことになった。

 ペアは全部で10組。一組ずつ出発し、帰ってきたら次の組が行くようにした。そんなこんなで、唐沢と花守のペアは最後に出発することになった。

 肝試しといっても、急遽立ち上がった計画であり、脅かし役は誰もいないし、仕掛けもない。ただ夜中の学校という、ちょっと怖い状況で散策するようなものだ。

 高校生ともなり、妖怪やら幽霊やらは小説の中だけの存在と認識している彼らからすれば、ただのお遊び程度に思っていたのだろう。

 だから、誰も、何かが起きるとは思ってもいなかった。

 しかし―――

 

「香菜が、そのまま帰ってこないんです。」


 五人が固まる。

 つまり、行方不明、ということか。


「帰ってきていないって・・・どういうことだ?」

「科学実験室から折り返している途中で、急にいなくなっちゃたです。私のことを脅かそうとして隠れているんじゃないかって思って、あちこち探したんだけど、見つからなくて。結局私だけみんなのところに戻って、みんなとも探したんだけど、やっぱり香菜は見つからなかった。」


 さすがにおかしいということに、他の面々も思ったらしい。翌日になって顧問に事情を説明し、彼女の家に連絡をしたが、やはり花守は家にも帰っていなかった。

 本当に、雲隠れしてしまったのだ。


「警察には?」

「もう知らせてあります。」

「じゃあ、警察に任せるのが一番じゃないのー?例えばだけど、その時たまたま学校に不審者が侵入していて、誘拐されたーとか」

「違う!!」


 唐沢は急に声を荒げる。

 教室中に響いたその声で、周りが驚いてこちらを見る。唐沢は罰が悪そうに「ごめんなさい」と言って椅子に座りなおした。


「心当たりがあるんです。」

「心あたり?」

「この学校、七不思議があるじゃないですか。」

「「七不思議ぃ?」」


 再び、愁と八重の声が揃って妙な声をあげる。

 「知ってるか?」と問う視線が向けられるが、いなりも聞いたこともない。

 しかし、話をしている唐沢の顔は真剣なものだった。


「一つ、渡り廊下の絵と目が合うと呪い殺される

 二つ、真夜中に体育館に行くと子供の笑い声が聞こえてきて閉じ込められる

 三つ、中庭の杉林をひとりでに動き回る謎のガスマスク

 四つ、4時44分に家庭科室の鏡に触ると鏡の世界に引きずり込まれる

 五つ、校舎裏の古墳山に行くと女の子の幽霊に会う

 六つ、真夜中に校内を歩く兵隊の幽霊

 七つ、存在しないはずの十三段目の階段を踏むと異界に連れていかれる

 ・・・・・部活の先輩から聞いた話なので、ちゃんとあっているかどうかは分からないのですが。」


 とはいいながらも、唐沢は詰まることなくさらさらと七つすべてを言ってのけた。


「ただ夜の学校を散歩するだけじゃつまらない。せっかくだから雰囲気だけでも肝試しっぽくしようと、確か香菜が言い出したんです。だから、私達は肝試しの時にこの七不思議の七つ目を試そうとした。」


 七つ目、つまり十三段目の階段を踏むと異界に連れていかれるというものである。

 いかにも学校の七不思議らしい、怖い噂だ。


「そもそも、それどこの階段やねん。」

「そんなの分からないですよ。だから、冗談半分に二人で怪談の数を数えながら登ったり降りたりしていたんです。それで、確か・・・旧校舎の物理室前の階段を降り直後のことでした。そのときに、香菜が消えたんです。」

 

 「本当なんです。」と、彼女は今にも泣きそうな顔で五人の顔を見る。おそらく、彼女とて信じられない気持ちでいっぱいなのだろう。まさか、遊び半分でやった肝試しごときで、本当に友人が消えるなんて思ってもいなかったに違いない。

 

「それで、お祓いってわけかー。」

「ネットで調べてもいかにもインチキそうな霊能力者しか出てこないし、それに金額も馬鹿みたく高いから。」

「神主ならありなのか?」

「信憑性は神社の方がありそうだったから・・・。一応、神社だってお焚き上げとかするわけだし、似たようなものだろうと思って。」


 霊能力者はインチキであるが、神主ならば信用できると。どういう基準が彼女の中に働いているのかはわからないが、インターネット上のよくわからぬ人を頼らなかったという点では、賢明な判断ではある。

 しかし、唐沢には悪いが、神主にだってそんな力あるはずもない。そのことをよくわかっているからこそ、北斗は話を聞いている間中、難しい顔をしていた。


「しかし、それを私たちにまで話す理由は何ですか?」


 花守失踪の原因が本当に七不思議とやらなのかはさておき、いなりが最も疑問に思っていたのはこのことだった。

 唐沢はクラスメイトでこそあれ、いなりたちとは接点がそれをのぞけば何もない。唐沢が頼み事をする直接の相手は北斗であるわけで、いなりたちは言ってしまえばただの取り巻きである。そんな自分たちにまでこんな話をするというのは、一体どういう理由なのだろうか。

 北斗と唐沢は別々の組であり、北斗と仲のいいいなりたちにパイプ役をしてもらうという魂胆があったかもしれない。だが、パイプ役の役目は北斗とコンタクトを取ってくれればそれで終了だ。やっぱり、いなりたちにまで、信じがたい話をする必要性はどこにもないのだ。

 つまるところ、いなりが何を懸念しているのかというのは、唐沢がいなりたちの正体に感づいているのではないかということであった。

 理由は知らぬが、何かの拍子に唐沢がいなりたちの正体に気が付いており、花守が人間社会の法則ではあり得ぬ(と、あくまで唐沢が考えている)失踪の仕方をした原因なのではないかと考えていたら・・・・・。

 疑いすぎなような気がしなくもないが、それでも警戒しておくにこしたことはない。 


「それは、吉祥寺さんたちってよく妖怪とか、怨霊とか、そういう変な話をしているっぽいから、詳しいんじゃないかって思って・・・・・でも、私の勘違いだったみたいだけど。」


 予想外の唐沢の返答に、いなりは口角をゆがめた。

 なるほど。それでいなりたちにも話を聞いてほしかったというわけか。

 しかし、まさかクラスメイトからオカルト好きと思われているとは。すっかり肩透かしをくらったわけだが、妙な好奇心を抱かれるよりもマシではある。いなりはこれからはもう少し人目を気にして話をしようと心に決めるのだった。


「信じてくれとは言いません。でも、それでも私は七不思議と香菜が無関係だとは思えないんです。」


 いなりがそんなことを考えて居る間にも、話には進展があったようだ。随分長い間思案していたようだが、北斗が答えを出した。


「確かにお祓い自体はできる。だが、神社のお祓いというのは、悪霊祓いとか妖怪退散みたいなものとは別種のものだと俺は思っている。神を信じ、祈り、儀礼を行う。その行為自体が“はらえ”なわけで、“祓”という行為は、神の実在云々を問わず、あくまで、その人がちゃんと神様を信じていることが前提になるんだ。とにかく何かヤバいモノを追い払うことができるわけじゃない。そもそも七不思議自体、俺もよくわからないし、本当にそれが原因で花守さんが消えたかどうかもわからない。だからそれで本当に花守さんが戻ってくるかどうかは俺には責任が持てない。それでもいいというのなら、祈祷はしよう。」

「分かってます。でも、何もしないよりはマシだから。」

 

 唐沢の真剣な顔を見て、北斗はうなづく。


「分かった。対応しよう。」

「・・・っありがとう!その、お金のほうなんだけど」

「別にいいさ。ちゃんとした祈祷ならきちんと祈祷料をいただくところだけど、今回は事情が微妙だからな。」

「!ごめんなさい、本当にありがとう!!」


 ちょうどそのタイミングで、予鈴が昼休憩の終わりを告げた。

 唐沢は何度も礼を言いながら、自分の座席へと戻っていったのだった。




◇◆◇




「唐沢の話だけどさ、正直どう思う?」


 珍しく五人そろっての帰り道。当然のことながら、話題は昼休憩の時の話であった。


、普通に考えたら人間に誘拐されたか、妖怪にさらわれたかのどっちかだろうねー。」

「やっぱそうだよな。」


 黒羽の言葉に、四人ともうんうんとうなづく。その様子を、この場でたったひとりの人間である北斗は苦笑してみていた。 


「結局、そうなるのか。」

「学校の七不思議とか唐沢さんは言ってたけどさ、“学校の七不思議”なんてモノ自体存在しないからねー。」


 「ようは都市伝説と似たようなものさ。」そういって、黒羽は頭の後ろで腕を組む。


「あくまでそういうのは人間の作ったこわい噂にすぎない。だから、怪談自体は存在するだろうけど、実体として存在することはないんだよ。」


 ただ、吉原・浅草の仮想怨霊騒動だけは例外である。もっとも、あれは渾沌というモノによって都市伝説が仮想怨霊として実体化のであり、それらが勝手に実体化したわけではない。

 つまるところ、人の手によって生み出された怪談がひとりでに意思を持つことはあり得ないのだ。だからこそ、“学校の七不思議”という存在が原因で人が消えたということはあり得ない話なのだ。 

 唐沢は学校の七不思議のことを本気で信じ、それが原因であると思ってているようだが、こんなにもあっさりと否定されてしまったことを知ったら、卒倒するに違いない。それを否定している自分たちも、人ならざる存在なわけだからおかしな話ではあるが。


「まあ、うちの学校の場合、妖怪がたくさん住み着いているし、七不思議に妖怪がカウントされている可能性があるから、七不思議が原因っていうのはある意味で間違っちゃいないかもしれないけどねー。」

「しかし、この学校にはそれほど脅威となる妖怪はいませんよね。」


 八坂高校は非常に伝統のある学校、もとい、かなり年季の入った古い高校である。確か戦前から存在する。この学校の前身である高等学校で使われていた校舎まで残っているほどだ。今ではそこが旧校舎と呼ばれており、主に科学実験室や音楽室などの移動教室の類がそこにある。

 そんな古い建物であるせいか、妖怪たちが多く住み着いている。しかし、学校妖怪の多くは、実力主義の色濃い妖怪の裏社会から一線を置いた場所に存在するモノたちであり、争いごとを避ける。だからこそ、人間ともそんなに関わろうとはせず、ちょっと脅かす程度だ。

 何より、この学校には黒羽や八重といった大物妖怪がいるせいで、下手動きをする奴がまず出てこない。

 妖怪が原因ということ自体が、どうも考えにくい。


「じゃあやっぱり、人間に誘拐されたってことか?」

「やったらとっくに警察が解決してるか、ニュースになってるやろ。ちゃうってことは、事件性が薄いか、やっぱこっち側の話なんちゃうんか?」 


 八重の言うことももっともだ。

 一番現実的なのは、たまたま不審者が学校に侵入していて、どういうわけか花守に目を付け誘拐したという説である。

 しかし、これだけでは不可解な点が多すぎる。

 まず、花守を誘拐する意味が分からない。何かまずい場所でも見られたのだろうか?しかし、だとしたら一緒にいた唐沢もさらっておく必要がある。それに、そもそも誘拐などという面倒なことをしなくとも、いっそその場で殺してしまった方が楽である。また、たとえ最初から花守のことを狙って誘拐したとしても、わざわざ夜の学校に忍び込んで誘拐するというのはいかがなものか。別に登下校中にかっさらっていけばいいだけだ。

 

「どちらにせよ、原因はやっぱり不明だねー。」


 原因を考えてみたところで、結局はそうなってしまう。人間であろうと妖怪であろうと、しっくりとした説明ができないのだ。


「じゃあどうするんだよ。馬鹿正直に北斗がお祓いでもするか?」

「それじゃあインチキ霊能力者と同じだろうが。」


 両手を左右に振って、大幣おおぬさを振るそぶりをしながら愁がからかうように言うと、北斗は顔をしかめる。


「それに、その手の専門家は今ちょうど赴任してきているんだろ?」


 北斗が言いたいのは、おそらく虎徹のことである。

 それがわかっているからこそ、今度は愁は盛大に顔をしかめた。いかにも、あの妖怪嫌いの陰陽師に相談するのは癪だと言いたげである。


「でもさ、警察に届け出ているということは、かなりの確率で虎徹もこの件を知っているはずだよねー。」

「うぇ、じゃあ近々学校妖怪全員抹殺されちまうじゃねえか。」

「いやいや、いくらなんでもさすがにそれはないだろう・・・。」

「ありえるんだよ!あのチビ陰陽師は!」


 虎徹はどういうわけか、妖怪のことを非常に嫌悪している。たぶん、この時代でないときに彼が生まれていたら、目に入る妖怪すべてを狩っていたに違いない。

 いなりたちとは仮想怨霊騒動の時に関わったこともあったが、あくまであれは仕方なく、手を組んだだけであったとみるべきだろう。彼にとって、やはり自分たちは嫌悪すべき存在であり、処分する対象なのだ。

 そんな彼が花守失踪がやはり妖怪の仕業であると判断した場合、何が起こるか。


「間違いなく、血祭りになりますね。」

「だろだろ!?」

「だったらさ、先手を打たないかいー?」


 黒羽がにぃっと、あの悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

 

「ここは僕らで、花守さんを見つけてしまおうじゃないか。」


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