学校の七不思議と陰陽師
新たな来訪者
◇◆◇
「いい知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい。」
膨大な紙束をドスンと机に乗せ、刀岐は晴に問うた。
紙の上からのぞく刀岐の顔は青ざめているを通り越し、死人のような
しかし、仕事を押し付けた当の張本人である晴はといえば、その書類の山を一瞥するだけで手元のスマートフォンから目を離さない。音からして、たぶんパズルゲームか何かだろう。
この堂々とサボってくる上司を前にしてしまうと、怒りを通り越してもはや呆れてしまう。
「じゃ、悪い知らせから。」
「お前らが想像してたとおり、昨日、福岡県沖に四凶の
檮杌出現は現地からの報告により、陰陽寮では速やかに対策班が結成された。これが刀岐の徹夜要素その1でもある。
しかし、いざ九州へ転移というときになって、新たにもたらされた現地からの報告が、檮杌の消滅であった。
対策が無駄に終わってしまったことも不服を垂れるものもいるが、渾沌との地上戦を知っている刀岐からすれば、取り越し苦労で終わったことにむしろ安心していた。
しかし、問題はその後のことであった。
警戒心が解かれたところで、突如として一羽の烏が陰陽寮に出現したのである。どこから入ってきたのかわからないが、心当たりはあった。
烏がもたらしたのは、短い手紙と録音データであった。
その内容は、檮杌の出現をさせたのがクロと名乗る件の男であったことや、十年前の阿蘇山噴火事件との関係を簡単に記したもの。
最も衝撃的だったのが、録音データであった。
録音されていたデータ自体は非常に短いものだったが、クロと思しき人物と、何者かの会話が記録されていたのである。
「録音データに記録されていたのは二言程度の会話だけだったが、それでも十分すぎる収穫だ。おそらく、クロとしゃべっている奴が“カミ”とかいう奴だろうな。」
声だけでは一体その“カミ”とかいうモノの正体はつかめないが、それでもクロと会話をしているということからして、本当にそいつが存在するということとは証明された。
“カミ”とやらの復活には神巫―――すなわち神獣の力が必要となる。そのために渾沌は大都市を巻き込み、今度は檮杌という天災の化身を九州にぶつけてきた。
一体どれほど陰陽寮の仕事を増やせば気が済むのかと、刀岐はその“カミ”とやらにどつきたくなる。
徹夜明けの脳のせいか、この時の刀岐は少しいら立っていたらしい。理不尽なんかこの業界で生きていれば当たり前で、慣れてしまっていたと思っていたが、まだまだ自分には普通の人間であったころの性分が抜けきっていないらしい。
「なんでまた神巫ひとり捕まえるだけなのにこんな手のこんだことをするんだろうな。」
人間一人捕まえるくらい、誘拐なりすれば済んでしまうことだ。わざわざ四凶をけしかけるなぞ、非合理的すぎるように思える。
「あの神巫君はちょっと特殊だからねー。」
晴は刀岐がしゃべっている間、終始スマホから顔をあげなかったが、ここで初めて面を上げた。
「特殊?」
「前にも言ったと思うけどさ、神巫っていうのは要するに神の器なんだよ。妖怪に狙われて若いうちに食い殺されるから短命、っていうふうに理解されるけど、そもそも神を宿すってこと自体が体に負担がかかるし、安定しない。」
晴は紙の束を次々と机の上から払い落し、その中から一枚を取り上げた。
それは、十年前の阿蘇山噴火事件の詳細を記録したもの。原因不明の火山活動の活性化と表向きには報道されたが、その本当の原因は、鳳凰の暴走であった。さらに、暴走の原因は神巫ではなく、何者かによる人為的な工作があったと、烏の手紙には示唆していた。
「おそらく、これも彼の仕業だったのだろうね。」
「クロのことか。」
晴は答えない変わりに話をつづけた。
「神獣を人間に宿す術もあるのだから、その逆もあって当然。実際、十年前はそうしようとしたんだろう。けど、今回はちょっと違う。どういうわけかあの神巫くんは神獣とよく馴染んでいる。」
「どういうことだ?」
「私が感じる限り、北斗くんは神獣とめちゃくちゃ相性がいいんだ。外部から神獣を引きずりだすことが難しいくらいには。」
それって、お前試そうとしたのか?
刀岐はそう問いかけたくなったが、晴ならやりかねない。ここは変に秘密を共有してしまうよりも、知らない気づいていないフリをするのが一番である。
刀岐は黙って晴の話を聞くことにした。
「だから、向こうは北斗くんに神獣の力を使わせることで暴走させようとしているんじゃないかなあ。」
「そんなことできるのか?」
「できるよ。」
晴はまるで日常会話のような軽い調子で言ってのける。
「強い力を使うにはそれなりの代償が伴う。今の彼がどこまで神獣の力を使えるのか私には分からないけど、相手の思うままに神獣の力を使うのは避けるべきだと思うね。」
「それ・・・本人に言った方がいいんじゃねえか?」
「言ったところで正義感にみなぎった純情少年はうなづかないと思うよ~。」
「それに、私が言わなくとも黒羽くんあたりが何とかするでしょ。」晴はそういって、またスマホに目を戻す。
聞くべきことはもう聞ききったと言わんばかりである。
刀岐はさっさと引き上げようと執務室の扉へと向かった。これからまら別の仕事である。一本吸ってから向かおうかと刀岐は思案する。
「ちょっとー、いい知らせを聞いていないんだけど。」
ドアノブを回しかけていた手を止め、刀岐は大きくため息をついた。
そうだった、すっかり忘れていた。
しかし、これは別に報告するほどのことでもない。
「頼まれていた仕事だ。」
刀岐はそういって、一枚の紙をさらに紙束の上に乗せた。
その内容は、吉祥寺佐助の身辺調査結果である。これが、刀岐の徹夜要素その2でもあった。
「一人の人間の身辺調査にしては、随分簡素な報告書だね。」
一人の人間がかかえている情報というのは、非常に多い。
名前をはじめとして、生年月日、性格、身長、体重、経歴、DNA情報、親族関係etc...とにかくたくさんのものを抱えている。その人物の肩書が多くなれば、なおさらだ。
非公式とはいえ、陰陽寮は警察組織である。
凡人が得られないような情報まで手繰ることができる。
「吉祥寺佐助、年齢40歳。職業はプロ棋士。幼少期に両親を交通事故でなくし、祖父母もすでに他界。現在彼の血縁者は実の娘、ただ一人だ。」
ところが、吉祥寺佐助にまつわる個人情報は驚くほど少なく、ごくごく普通のものだった。
周囲の人間に聞きこんでも、出てくるのは主に棋界における彼の偉業や噂話で、役に立ちそうなものはほとんどない。
晴が何を根拠に吉祥寺佐助を調べているのかはわからないが、刀岐からすれば、吉祥寺佐助はただの一般人である。本当にたまたま偶然、九尾の狐に見初められた人間にすぎないのであろう。
「ははあ、そうかい。」
しかし、晴は面白くなさそうな顔をしている。
晴は常人よりも頭の性能が一つも二つも上回っている。そのため、晴が調査の仕事を頼むのは、主に彼の推察の裏どりのためであり、結果はすでに予想できているものなのだ。
しかし、今回はどういうわけか晴の予想と反した結果であったということだ。これはかなり珍しい例外である。
「まさか、父親まで実はとんでもない妖怪でしたとかいうなよ。」
「残念だけどそれはあり得ないね。彼女には明らかに人間の血が混ざっている。」
「じゃあなんだ。」
「どうも・・・・・懐かしいような空気を彼女から感じてね。・・・まあいいや、私の見当違いだった、ということだろう。」
「つうか、狐娘にかまけてる場合か?俺は麒麟少年の護衛措置をどうにかすべきだと思うがな。」
今回の南の地での事件のように、クロという男がいつ襲撃してくるかはわからない。
狙われる者が誰であるか分かっているのに、それを放っておくのはいかがなものか。特大のダイヤモンドを段ボールに入れて拾ってくださいと書き捨てておくようなものだ。
確かに、北斗の意向は聞くべきである。青春真っ盛りの子供の平穏な生活を、奪うということは刀岐とてしたくはなかった。
しかし、彼が想像している以上に事態は重いのである。
「大丈夫だって。手はすでにうってあるから。」
晴は満面の笑みをその顔に浮かべた。
もしここにいるのが女であったのなら、その甘いマスクにあっけなく陥落していたことだろう。
しかし、刀岐は嫌な予感を覚えた。
◇◆◇
寒空の下、木々はすっかり葉を落とし、登下校の景色はすっかり冬仕様に変わろうとしていた。
だんだん朝晩が冷え込みはじめ、登校するときにもコートが手放せなくなってきた。寒がりな方であるいなりは、さらにマフラーを巻き、しっかり防寒対策をして家を出る。
長い秋休みが終わり、高校では三学期が始まろうとしていた。
「おはよー、いなり。」
「よう。」
「おはようさん。」
すでに三人は教室にいた。
なんの偶然なのか、この4人の席は前後同士の近い場所にいる。
「おはようございます。」
いなりは軽く挨拶をして、席へと向かった。
「始業式は何時からでしたっけ?」
「9時からだと・・・」
いなりの問いかけに、愁が黒板を指さして答える。
黒板には大丸こと、大和担任が書いたと思われる字で『始業式 9:00~』とある。時間までに体育館に各自で集合のようだ。
「もう三学期なんだもんな。一年が早えや。」
愁はあの九州旅行以来、どこか吹っ切れたような感じであった。
別にいなりたちと気まずそうにするでもなく、変に距離を取ろうとすることもない。いつも通りの、でも、その“いつも通り”はやっぱり、それまでのものとは少し違っている。
愁は以前まで、バカ騒ぎこそすれども、どことなく一線のようなものを引いて接していたように感じた。なんというのだろうか、周りを盛り上げて居ながら、どこか一歩引いているのだ。
それを、今は感じない。
理不尽に母親を奪われ、父親を憎しむことしかできなかった、幼少期。そんな壮絶な過去を抱えて、彼は今まで生きてきたのである。彼は強がっているだけだと言うが、決して強がりなんかではない。それは、本当の強さである。だから、過去から立ち上がれるのだ。
そういうところが、愁の良いところである。
「そろそろ時間やな。」
「では、行きましょうか。」
○●○
始業式は滞りなく進んだ。
というよりも、開会の言葉と長い校長の言葉だけ聞いて終わるこの集会に、滞るところは何もない。
いなりはやはり、欠伸を噛み殺しながらぼんやりと閉会の言葉をきいていた。
あとはクラスごとに退場するだけなのだが、いまだ退場の指示がない。
「えー、始業式に続きまして、新しくこの学校に赴任した先生を紹介したいと思います。」
思わぬ流れに、周囲がざわめく。
「あれ?うちって養護教諭っていなかったの?」
「あ、でもそういえば保健室って言ってもいつも人がいなかった気がする。」
いなりの後ろの子が隣の子に話しかけているのをいなりは盗み聞く。
教頭の話によれば、今年の三月から前任の養護教諭が産休で休んでいたのだが、そのまま教員を止めることを決めたらしい。そんなわけで、季節外れにもほどがあるが新しい養護教諭が赴任してきたということだ。
思い起こせば、体育祭で北斗と出会ったときに保健室にお邪魔したことがあるが、その時に教師がいなかったのは、そういうわけだったのである。
教頭が何やら合図のようなものをしたところで、件の新任の養護教諭が舞台袖から現れた。
「新しく養護教諭として着任されました、久遠虎徹先生です。」
「「「!!?」」」
不機嫌そうな鋭い三白眼と、いなりは目が合ったような気がした。
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