吉原動乱  6

「なんでお前が」

御託ごたくはいいからさっさと乗りやがれ!おいてくぞ!」


 虎徹に怒鳴どなられて周囲を見ると、確かにすぐそばまで仮想怨霊が迫ってきている。

 だが、一見したところバイクは二人乗り。三人も乗ることはできない。

 その無慈悲な事実に気が付いたいなりは、動くのをためらった。

 だが、その一瞬の間に誰かがいなりの腰に手を回して体が持ち上がる。―――愁だ。間一髪のところで、いなりは横から迫っていた仮想怨霊の手から逃れた。

 愁はいなりを肩に担いで、前に立ちはだかる仮想怨霊にタックルをかましながら後方に飛び乗る。二人がちゃんと乗ったか確認することなく、どう考えても定員オーバーの状態でバイクは急発進した。


「おいおまわり、ノーヘル運転はいいのかよ。」

「今すぐ振り下ろされてえのかこの野郎。黙ってねえと舌切るぞ。」


 愁が茶化すように虎徹に声をかけたが、冷めた返答の上にバイクの速度が上がり、後頭部に風が叩きつけられる。緊急事態であることには変わりないのだが、切羽詰まっているのが伝わってくる。いなりは横風で暴れる髪をおさえこんだ。

 

「時間があまりないから手短に話す。口を挟まないでよく聞け。」


 道路を法定速度をまるっきり無視し、猛スピードでバイクは道路を走りぬける。ぼんやりと地図を頭に思い浮かべるが、どこを走っているのかはさっぱり分からない。

 いなりは排気音と風にかき消されかける虎徹の声を必死に拾う。

 

「今日の午後七時、浅草を中心におよそ半径2キロメートルで仮想怨霊が同時多発。交通状況は御覧の通り、インフラ機能がまだ無事なのが奇跡だ。陰陽寮総動員で処理に向かっちゃいるが、キリがありゃしねえ。住人の避難がすんでいるのだけが幸いだ。」


 バイクで横を通り過ぎた場所だけでも、道路上には多くの仮想怨霊がはびこっている。

 鎌を両手に携えた、口裂け女。

 人間の顔を持つ犬、人面犬。

 地ならし音をたてながら走る、二宮金次郎の銅像。

 腰から下がなく、内臓を引きずるようにして進む、てけてけ。

 血まみれの生首の少年、赤帽子あかぼうし

 ボロボロの白い着物をまとい子供の死体を引きずる女、ヒキコ。

 妖怪ならざる、人の恐怖感情から生まれた偶像のバケモノ共による百鬼夜行。常ならば、それらは物語の中だけの存在だったはずだった。今、それらがカタチを得て現実を侵食しようとしている。

 それは、あまりにもおぞましい光景で、どこまでが現実の世界で、どこから怪談フィクションの世界なのか分からなくなる。


「おいちょっと待て。」

「ああ?口挟むなっつったろ。」

 

 虎徹の不機嫌そうな声を遮って、愁はさらに声を大きくした。


「住人の避難って、いつやったんだよ。仮想怨霊が湧いてきたのは爆破された直後だろうが。」


 ため息なのか、前から大きく息を吐く呼吸音が聞こえてきた。さらに「ちっ」という舌打ちまで、騒音で聞こえないはずなのにやけに鮮明に聞き取れた。


「結界を張って範囲外に。」

「転移!?」


 愁の声から鼓膜を保護するため、いなりは耳を塞いだ。それでも少し反応速度が遅かったせいか、若干頭にまで響いてくる。

 転移と言えば、虎徹が何度もいなり達に使っていた術である。それを利用したということか。


「あ゛ー、もっと正確に言えば結界ではじき出したんだ。この前お前らの高校でやった時とほとんど同じものを仮想怨霊が確認できる範囲を覆う規模でな。」

「んな馬鹿げたことできる奴がいんのかよ!?」

「いるんだよ、うちには。とんでもない天才がな。」


 



◇◆◇




「いやぁ、絶景絶景。」


 道路にはびこる魑魅魍魎ちみもうりょう。パニック映画さながらの廃都の様子をビルから見下ろす者がここに一人。

 土御門晴は屋上のはしっこにちょこんとしゃがんで、左手を額のあたりにかざしていた。後ろには刀岐恭介が刀を携えて立っていた。 

 刀岐がこの男の傍についているのは決して護衛なんかではない。そもそも、この男に護衛は必要ない。ではなぜここにいるのかといえば、しれっと仕事をさぼっているのだった。

 晴はくたびれたニットにジーパンという、大学のキャンパスにでもいそうな恰好なので、緊張感は極めてない。後ろに立っている自分が臨戦態勢でいることが、ようやくこの場が異常事態であることを示唆しているようで、少し可笑しかった。

 煙草でも吸おうかと思って胸ポケットを探ると、バイブ音が聞えた。刀岐は煙草をあきらめて変わりにズボンポケットを探り、トランシーバーを取り出す。耳に当てると、雑音混じりの音声が聞えてきた。風の音や雑踏のざわめきでとても聞き取りにくかったが、断片的に意味は繋がる。

 刀岐はトランシーバーの向こうの同業者に労いの言葉をかけてやってから、足元にいる晴に声をかけた。


「住民の避難が完了したとさ。」

「当然だね。陰陽寮の半数以上を住民の避難にあてているんだ、完了してくれなきゃ逆に困るよ。」

 

 この規格外の大技は術者―――つまり、土御門晴というによるものだ。

 通常ならば陰陽師が十人がかりでかなり本気の祈祷を行わなければならない程のものなのだが、かの転生者サマはそれを涼しい顔をしてやってのけている。そのため、結界内には最低限の陰陽師を要所に据え、それ以外の陰陽師達は避難者の誘導に行かせている。


「いくら私が超有能でも、善良なる一般市民をいちいち相手していられないからね。警察も動いているんだろう?」

「ああ。」


 これでも陰陽寮は国家機密である。そのため、存在を知る一般人は限られている。

 ていのいい立場権威を持つために表向きは警察として動いているのだが、組織の命令系統は全て晴が握っており、警察組織とは独立している。つまり、警察組織が陰陽寮に干渉することはできない。ただし、今回のような大規模災害レベルの被害だと陰陽寮は晴からを通して警察や自衛隊に協力要請を出すことができるのだ。今回がまさにそういう事態なのである。面倒臭がりで普段は表に出てこない晴が直々に現場におもむいていることが、何よりの証拠である。


「うんうん、よろしいよろしい。戦力外こういうところで多少役に立ってもらわなきゃ。じゃなきゃお国の犬の名札が泣いてしまうよ。」


 晴はいらない言葉をいちいち吐く。こんなのを警視庁の一等上等な椅子に座ってい方が耳にしていたらと思うと、背筋がひやりと寒くなる。

 刀岐はどこかあきらめたように口を開いた。


「人間の方はいいとして、吉原はどうするつもりだ?」


 今日の午後六時半から七時にかけて、吉原神社―――自治区・吉原は襲撃を受け、結界を完全に破壊された。 

 業界の者ならば誰でも知っていることだが、吉原は東の地随一の妖怪の花柳界である。街は協力な結界によって普段は人の目に映らないようにされているが、今は丸見え状態だ。善悪問わず、多くの妖怪の集まるこの街を放っておくことはさらなる混乱を招きかねない。


「ん?直しといた。」

「は?」

 

 けろりとした返答に、刀岐は素っ頓狂な声をあげる。

 なおしといた?

 何をだ。

 まさか結界をか?

 刀岐はつけたばかりの煙草を落としかけた。刀岐の動揺を無視して、晴はぺらぺらとしゃべり続ける。


「あれは斎醮儀礼さいしょうぎれいって言ってねえ、道術の一種だよ。所々オリジナルの部分はあるけど、まあ基本は一緒だ。結界っていうよりも、儀礼をおこなう集団―――つまり、ここでいう吉原の住民の妖怪の生活における危険を排除する領域になっているみたいな感じ?そこに僕らの結界術を取り入れてる。まあ、とにかくえらく頑丈なモンだったわけなのだよ。だから、とりあえずこの結界さえ復活させておけば、後は吉原の妖怪達がなんとかしてくれる。」

「とりあえず復活って・・・あんたできんのか?」


 妖術というわけではないが、九尾の狐が独自に編み出した術だ。晴がうだうだと説明をしていたが、とにかく物凄く高度なものに違いない。


「うーん、完全に復元できるわけじゃないけど、近いものはできたよ。いやあ、さすがみずめちゃんだよね、ああ見えて彼女もなかなかの曲者くせものだからなあ。」

 

 仮にもかつての三大妖怪の一角をと言ってのけるあたりがこの男の恐ろしいところである。

 四大妖怪や三大妖怪なんてのは分かりやすい表現を使えば、核爆弾である。一国の軍隊が束になってかかってもまず勝てないようなバケモノだ。

 そういえば、自分の身内にもう一人、そのバケモノの娘に喧嘩を売った命知らずがいたような気がしたが、大丈夫だろうか。

 刀岐の後輩である虎徹は晴に指示された場所に向かっている。もしも晴の推測が正しければ、あの連中は吉原にいて、そこを虎徹は通過する。

 虎徹は才能もあり努力もできる優秀な陰陽師であるが、少々頭に血が上りやすい。そして、彼はあの妖怪連中と相性が非常に悪い。というか、最悪だ。

 何かが起きないわけがない。

 仮想怨霊とドンパチやってくれるならまだいいが、別のところでドンパチやって問題を起こされるのは非常に困る。

 刀岐の頭には最悪の事態の映像が今にも浮かんできそうだった。


「だけど問題はこっちだ。」


 しかし、晴の言葉で刀岐の意識は現実に引き戻された。

 晴はその場に胡坐をかいて、ポリポリとあごをかいている。座敷で茶でも飲んでいそうな雰囲気にのまれそうになるが、話の内容は真面目だ。

 

「今道路にいる仮想怨霊はおそらくただの足止めだ。どうやってあれだけの量をばらまけたのかは知らないけど、あれ自体仮想怨霊が目的であるわけじゃない。いちいち足止めを片すのは骨が折れるから本当はに全部押し付けたかったのに、それを察してるのか単独行動決め込んでいる。はあ、全くやだねー、考えていることがほとんど同じだ。」


 言うなり晴は突然その場に勢いよく立ち上がる。そして、おもむろに尻ポケットに手を入れた。

 取り出したのは一枚の和紙。それは細長い蛇のような形に切り取られている。

 晴はそっと口元にそれを寄せ、短く何かを唱える。


 晴は虎徹や刀岐のように銃火器を使わない。彼に言わせると、道具の方が馴染なじむのだとか。

 しかし実際の所、虎徹や刀岐が扱う銃や刀が晴には必要なかったからというのが実情だ。

 銃火器なんかにわざわざ陰陽術を組み込まなくても、土御門晴の、安倍晴明の術の構築速度はそれらを上回る。


「―――四神卸しじんおろし 青龍せいりゅう


 晴の手を離れ、紙幣が生き物のように動きだす。

 その瞬間、巨大な龍が姿を現した。

 空を覆う、清流のような透明な龍だ。川の流れが生命いのちを宿してしまったかのような清い姿をしている。


禍物まがものは全て喰らえ。」


 晴の言葉に従うよう、淡い光を放ちながら龍は地上へ滑るように降りる。

 薄暗いビル群の合間を龍がうねり、仮想怨霊に次々と喰らいつく。そのたびに黒い霧が龍の体を黒く染め、水墨画のようなまだらを作った。

 多少知能があるのか、龍に向かって突進していく仮想怨霊もいるが、龍はびくともしない。

 龍が天空に向かって吠える。

 すると、水の渦があちこちに出現する。龍を中心にして中で渦巻く水流は、竜巻のように動きながら仮想怨霊を飲み込む。圧倒的な力を前にされると、本来は脅威であるはずの仮想怨霊は虫けらにしか見えない。

 その光景は、災害と災害がぶつかり合っているようだった。まるで、神話の世界だ。 


 晴が呼び出したのは、四神・青龍。東方を守護する神獣だ。

 安倍晴明は数多の式神を思いのままに操ることができたと言われる。式神とは、陰陽道などで使われる鬼神・使役神のことで人の目には見えない。安倍晴明は屋敷内の雑用から掃除、儀式など様々なことをさせていたらしい。

 通常、式神は術者と契約を交わすことで使役することが可能になるのだが、どういうわけか土御門晴、もとい安倍晴明は四神と契約を交わした。つまり、彼は四頭の神獣を式神とし、その力の一端を使うことができるのだ。

 天才を通り越してもはや能力異常チートである。 

 むしろこの男の方が世の中にとってはずっと危険で、今すぐはらった方がいいんじゃないかと刀岐なんかは思ってしまう。


「さあて、恭介もそろそろ動きだした方がいいんじゃないのかい?」

「別に俺が動かなくたっていいだろうが。」


 お前だけで十分だろと、刀岐は暗にほのめかす。

 本当にこの調子だと晴の式神だけで片付いてしまいそうな勢いだった。


「それは困るな。君には是非とも護衛に行ってほしかったんだけど。」

「護衛?」


 一体誰の護衛だ。

 刀岐は顔をしかめる。晴はうっそりとした笑みを口元に含んでいて、何を考えているのか読み取ることはできない。

 ただ、直感的に嫌な予感がした。

 そして、刀岐の直感は当たることとなる。


くだんの、神宿る少年さ。」




◇◆◇




手前てめぇ信号赤だろ赤!!」

「今更道路交通法なんざ意味ねぇよ!!」


 交差点の赤信号無視の直後、がくんと体が急に傾き、いなりは慌てて愁の腕にしがみついた。

 どうやら虎徹が急カーブをしたらしい。後ろを見ると、後を追ってきたおばあさん姿の仮想怨霊がビルに激突していた。

 バイクはすぐに態勢を持ち直し、再び道路をまっすぐ突っ走る。

 ちょうど景色はビル群から水に変わった。橋の上を渡っているのだろうか。しかし、相変わらず仮想怨霊の数は一向に減らない。


「結論から言う。の狙いはスカイツリーだ。」

「スカイツリー?」


 訳も分からず流されるままにバイクに乗ってしまった(それも担ぎ上げられて)が。つまり、このバイクが向かっている先はスカイツリーというわけだ。

 スカイツリーは墨田区にあり、隅田川をはさんで浅草がある台東区と隣り合っている。近いといえば近いわけだが、それでも電車一駅か二駅分の距離がある。


(よりによってなぜそんな所なのだろう。)


 鼠をいたかと思えば吉原の結界を爆破し、今度は仮想怨霊大量発生ときた。さらに次の狙いはスカイツリーと言うのだから、いよいよ首謀が何を考えているのか分からない。


「スカイツリーの電場受信範囲は首都圏およそ全域程度の規模。ホシはその範囲内に住む住人に仮想怨霊を憑かせる魂胆こんたんだ。」


ごくりと、息を飲んだ。

 都心に住む人の数は、およそ1,400万人。もしこの数の人間が全て暴徒と化したら―――


(組同士の抗争なんてものじゃない。)


 これは、集団テロだ。

 自分の体を支えている愁の手が、固くこわばった。いなりもまた、自分の背筋に悪寒を感じた。


「仮想怨霊が電子化される仕組みはまだ分かってねえ。仮想怨霊の発生圏内住人の避難はすんじゃいるが、晴さんの結界でも電波を完全にシャットアウトすることは不可能だ。」


 虎徹の口調はまるでようだ。


「どうしてそうだと分かるんですか?」

「晴さんが言うんだ。間違いねえ。」


 黒羽の話を思い出せば、確か土御門晴は安倍晴明の転生者だ。そして、いなりは一度その男と対峙したことがある。ただし、面会時間はものの数秒。いなりが本能的に拒絶し、八重が強制的に男からいなりを遠ざけたことが主な理由である。それぐらい、土御門晴という男は得たいがしれなかった。別に何かされたというわけでもないが、狐が狼を嫌うかのごとく、いなりの中で土御門晴はブラックリストに入れられていた。

 ―――閑話休題それはともかく

 虎徹はそんな土御門晴という男を、随分と信頼しているようだ。いや、信頼しているというよりも、どちらかというとと、当然のように考えている。やはり陰陽師の間では彼の扱いはトクベツなものらしい。

 

「塵灰組だったか?鼠のバケモノが頭の組があるだろ。ありゃ利用されたただの駒だ。奴等に鼠を使わせて、足止め用に仮想怨霊をばらまいて俺ら陰陽寮や四大妖怪の注意を引いておくことだけのために使われたんだ。」


(そういうことか・・・!)


 いなりはくちびるをかんだ。ぶつりと皮膚が切れ、苦い鉄の味が舌に広がる。だが、それをいとわないほどに今のいなりの気分は最悪だった。

 言われなければ気づけなかった自分の考えの軽薄さが腹正しい。

 鉄鼠が放った大量の鼠は確かに仮想怨霊を媒介するためであったが、人に感染させるためのものではなかった。鼠はただの起爆剤であり、仮想怨霊を足止め用にばらまいておくためのだったのだ。

 吉原は、浅草組と黒羽四大妖怪をとどめておくための単なる囮だったのだ。

 虎徹の言うことを信用すれば、いなり達はまんまと敵の手の中で転がされていたことになる。

 

(もし、もっと早く気づいていれば・・・)


 遊郭で、いなりは主犯と思われる男と襖一枚を隔てた場所にいた。あの時、もっと早く動いていれば何か状況は変わっていただろうか。

 いや、過去を悔いたところで何も変わらない。

 とにかく、できることをやるしかない。

 

「おい!後ろからチャリンコ集団が来てる!」


 愁が首を後ろに捻りながら叫んだ。

 全身を木乃伊ミイラのように包帯を巻きつけた集団が、自転車に乗って追ってきているのだ。肩から何かを下げている。鞘に入った刀だ。


「ちっ、トンカラトンか・・・!」


 虎徹がバイクの速度をあげるが、どういうわけかチャリンコ集団との距離は変わらない。むしろ、せばめられている。

 このままでは追い付かれてしまう。


「愁、絶対に手を離さないでください。」


 愁が何か言う前に、いなりは片腕で体を支えながら前に―――バイクの後方に身を乗り出した。できる限り焦点を定めるためである。

 いなりは広範囲攻撃を得意とするが、精密射撃のようなピンポイントで敵を打ち落とすようなことはできない。だが、この状況においてまとはざっくり狙うだけで十分。あとは連鎖的に崩すことができればいい。

 いなりの周囲に、炎が輪になって浮かぶ。

 

 炎術―――薄梅雨すすきつゆ


 狐火は火矢に形を変えて射出され、木乃伊集団を燃やす。体に火のついた木乃伊が自転車から崩れ落ち、後方の自転車を妨害する。そこに容赦なくいなりは火矢を打ち込み、乗り越えてこようとする仮想怨霊を焼く。

 

「後方は私が何とかします。久遠さんは運転に集中してください。」

「助かる!あとさん付けはやめろ!虎徹でいい。」


 いなりは狐火で後方から迫ってくる他の仮想怨霊の牽制を続ける。

 だが、一安心したのも束の間であった。

 もうすぐ橋を渡りきるというところで、前方に黒い影が待ち構えている。うようよとうごめく黒い集団の数は十や二十ではない。


「ちっ、今度は前か!おい半鬼!お前ちょっとハンドル変われ。」

「はあ!?俺免許持ってねえぞ!!変わるどころか運転できねえよ。」

「んなこと言ってられっか。運転なんか感覚だ感覚、運動神経良けりゃ何とかなる!」

「んな無茶苦茶じゃねえか!」

「いいから頼んだ!」

 

 虎徹はひらりとバイクの後方、に飛び乗る。それとバトンタッチする形で愁は肩でいなりを担ぎながら空いている手でハンドルを握りしめる。

 車体が一瞬ぐらついたが、愁の神業のような運転テクニックによって横転は避けられた。

 虎徹は両手に拳銃を持って後部座席の上に立っていた。いなりは後ろ向きに担がれているので、ちょうど虎徹と向かいあう。

 ぎらりと鈍く光る銃口を見て、いなりは直感的に頭を下げた。

 そして、その行動は正しかった。


「いいか、そのまま突っ込め!」


 同時に頭の上からけたたましい発砲音がする。

 いなりは耳を塞ぎながら頭を前に向かせると、壁のように立ちはだかっていた仮想怨霊の群れは弾丸の雨を一身に浴びていた。

 到達するまであと少し。

 虎徹が小型短機関銃マシンピストルの弾倉を変え、さらに発砲を続ける。

 弾丸を放ち続ける虎徹の表情は変わらない。じっと真正面を見据え、突破口を作りだそうとしていた。

 ほんのわずかな距離のはずなのに、引き伸ばされたように長く感じる。

 発砲音が止まった時。

 黒い影の合間から、光が見えた。

 そして、残っていた仮想怨霊を吹き飛ばし、バイクは橋を渡り切った。

 スカイツリーはもう目前に見える。


 

 だが、物事というのはそう簡単には進まない。


 

 バイクが突然、横滑りに止まった。

 愁が急ブレーキを踏んだのである。


「おい、聞いてねえぞあんなもの。」


 目の前には、見たこともないような巨大ながいた。










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