吉原動乱  5

◇◆◇




(クソ・・・!)


 心の中で毒づきながら、織星は瓦礫の中から這い出す。

 面倒な奴の相手を終えて、稲荷社に向かおうとしていた時である。鼓膜を砕くような破裂音がしてから先の記憶がない。気が付いたら、織星は瓦礫の下にいたのだった。

 地獄絵図の織られた着物はあちこちすり切れ、袖の部分は大きく焼け落ちている。人々が美しいと賞賛する顔は泥とすすで汚れ、黒髪はほつれてかんざしはところどころ抜け落ちていた。戦闘が続いているせいもあるが、緊張と殺気で瞳がぎらぎらと、手負いの獣のような鈍い光を放っている。

 おぞましい幽霊のような姿が、炎ごしに織星の目に映る

 なんと醜いことだろう。

 まるで、昔の―――人間を喰っていたときの自分だ。


(みなはどうしているんだろうか。見世の子達は?御庭番衆は?浅草組は?他の稲荷社も爆破されたのだろうか?)


 考えてもきりがない。とにかく、自分が動かねば。自分が何とかしなくてはならない。

 織星はゆっくりと状態を起こす。左足の感覚がない。骨折だろうか、恐らく瓦礫で潰されたのだ。

 だが、織星は立ち上がった。体を左足で支え、糸で潰れた右足を無理やり固定する。痛みなんて二の次だ。とにかく動くようになればいい。

 若干ふらつく足取りで、織星は周辺を見回した。行き場をなくした幽霊を嘲笑うように炎がパチパチと爆ぜている。

 御庭番衆によって住民の多くは避難させられたようだが、街にはまだ残っている者もいる。 早くしなければ、火の手が倒壊した建物に回ってきてしまう。街の建物の多くは木造建築だ。一度火がついてしまえば、一気に燃え上がる。


(急がなければ。)


 いちいち怪我人を確認しているのでは遅い。

 織星は片っ端から瓦礫を糸で持ち上げていく。まだ崩れていない建物を支えに、糸で瓦礫を上に引き上げる。そうすれば、火の通り道も多少は防ぐことができる。強靭な糸は、たとえ炎にあてられてもそう簡単には燃えない。

 すると、瓦礫の間に挟まれている遊女と若い衆を見つけた。

 知らない顔だ。別の見世の者達だろう。遊女は意識があるが、若い衆の方は頭から血を流している。織星は糸で瓦礫を持ち上げ、二人を助け出す。


「早う逃げなんし。ここにもじきに火が回ってきんす。」

「あ、ありがとう・・・ございます。」


 社が完全に破壊されてしまった今、最優先でやるべきことは残された住民の避難救助だ。いや、その前に結界をなんとかしなければ。人間にこの隠れた世界が知れたら、おそらくこの街は崩壊する。


(みずめ様だったら・・・みずめ様だったらどうする?)


 みずめの変わりに、今は自分が守らなくては。

 頭を回そうとすれど、頭に金槌で殴られたような鈍痛が走る。まだ琵琶牧々の術の影響が残っているのか。

 織星は膝と手を地面についた。

 体がふらりと前に崩れ落ちそうになる。―――眩暈めまいだ。

 駄目だ。こんなところで倒れるわけにはいかないのに。

 しかし、体は言う事を聞かない。

 ぐわんと地面がひっくり返る。

 目の前が、暗転する。


「織星花魁!」


 聞きなれた声にはっと意識を取り戻す。 

 景色が色を取り戻し始めた。

 

「花魁、よくぞご無事で・・・!!」


 振り返ると、炎の合間から千早が雫の姿が見えた。

 千早が守るように雫の前に立ち、その腕を雫がおしのけて織星の元へかけようとする。しかし、二人と織星を炎が引き裂いている。

 雫は身なりこそボロボロであるが、目立った外傷はない。千早も額から血を流していたが、とにかく無事である。

 良かった。二人の無事を確認できたことで、とりあえずは胸をほっとなでおろす。


「千早、雫、残っている御庭番衆をかき集めて街の外へ逃げなんし。非難する者の護衛をするのでありんす。」

「花魁は!?」

「わっちには、まだやることがございます。」

「しかし、花魁足を」

「足が何だって言うんでありんすか。」


 織星には八本も足がある。一本かけたところで、多少歩きにくくはなるであろうが支障はない。

 まだ、自分は動ける。

 立ち上がらなくては。

 織星は体を起こそうと、上体を起こす。


 その時である。


 みしりと、頭上できしむ音がした。

 顔をあげると、二階建ての建造物に火が移っていた。ちょうど織星の真上が、今にも崩れてきそうである。


「織星さん!!!」

「来てはなりんせん!!」


 ほぼ同時だった。

 炎が織星に降り注ぐ。

 後ろで、千早の声が聞えた気がした。


 

(ごめんね、千早。)



 自然と、口がそう動いた。

 


 みずめの変わりに、自分はなれたのだろうか。


 ―――いや、なれっこない。



「おいおい、吉原一の花魁ってのは自分の体調管理もできひんのか?」


 おどけた声にはっとして、織星は目を開ける。

 目が開けられるということは、まだ自分は生きているのか。

 霞んでいた視界が、徐々に鮮明なものになる。

 真っ先に視界に入ってきたのは、若草色の双眸そうぼう。その大きな瞳は、朝露に輝く、夏の若葉のようなみずみずしい生命力を感じさせる。 


「あなたは・・・!」

「どうも。改めましてこんばんわ。神楽狸の八重言います。鞍馬の烏天狗の友人や。」


 その女妖怪―――八重はやえばを見せて笑った。

 上級遊女をもしのぐような美しい顔をしているのに、決して品があるとは言えない笑い方。だが、その光のような笑い方が最も彼女に合っていると思わせる。

 

「いやあ、間に合うてよかったで。あと少しでも遅れとったら、あんたは生き埋めやった。今はもううちは関係あらへんけど、地元と縁のある妖怪を見捨てることはでけへんからね。」


 織星は八重に横抱よこだきにかかえられていた。


(瓦礫は!?) 


 はっとして上を見上げる。

 瓦礫は、織星の頭上にあるままだった。

 そこだけ時間が止まったように、瓦礫はそのまま落ちてこない。

 混乱する織星を八重は片手で抱えたまま、炎を飛び越えてる。そして、もう片手に持っている槍を打ち鳴らした。

 すると、どうしたことか。

 止まっていたはずの時が再び動きはじめる。

 先ほどまで織星がいた場所は、炎の海となっていた。

 とにかく、自分は助かったようだ。

 まずは八重に礼を言うべきなのだろうが、頭が追い付かないせいで、ちゃんと言葉が出てこない。こんな状況にも関わらず、織星の頭は街の住民の安否を考えているのだ。

 はくはくと子供のように口を開閉させている織星に気が付いたのか、八重はふっと口をほころばせた。 


「そないになんでもかんでも背負い込みすぎんなや。あんたは、ひとりじゃないんや。」


 ほらと八重が顎でしゃくった先には、涙で顔をぐっちゃぐちゃにした千早がいた。

 この男は、とことん恰好がつかない。

 吉原で織星に次ぐ強さなのに、どうしてか彼は犬にすらなめられる小心者なのだ。千早のいつもの自信のなさそうな下がり眉は、泣いているせいで一層眉尻を下げている。

 そんな彼の子供のような様子を見て、思わず織星は苦笑してしまう。


「・・・ま、確かに頼りにはならなそうやが、ああ見えて意外とあいつの愛はでかいで?見えへんとこであんたへの愛を叫んどったさかいな。そらもう、こっちまで聞こえてくるくらい。」

「な・・・!?」

「ま、そういうわけだから後は任せるわ。」


 八重は織星の体をほいっと千早に向かって投げるようによこす。された当人である千早は大層大慌てをしていたが、きちんと織星の体を受け止めた。


「織星ざん・・・本当に良かったれす。」


 涙と鼻水でぐっしょり顔を濡らし、しゃくりあげている姿はとても彼が御庭番衆の棟梁とは思えない。

 ・・・・いや、それが彼のいいところなのかもしれない。

 彼は・・・千早は、この街を守ってきたのだ。

 織星はずっと、みずめの亡霊を追い続けていただけなのかもしれない。


「千早、ありがとうござりんす。もう、大丈夫でありんす。」


 もう、織星は自分の両の足でしっかりと地を踏んでいた。

 

 これからは、街を守らなくては。

 

 千早は、何か察したように織星の傍から離れて控える。 

 織星の目の前には、炎渦巻く街が広がっている。 

 もう、目に見える。 


 もう、逃げるのは終わりだ。


「皆の者、顔をあげよ!」


 明瞭な声が空間に響き渡る。

 街に糸を張り巡らせ、糸電話の要領で声を街全体に伝える。


「火事がなんだ!今まで吉原は何度焼かれても復活してきんした!」


 天啓のごときその声に、誰もが顔をあげる。

 この言葉に応えない者なんかいない。

 遊女も、若い衆も、客も関係ない。

 誰もが足を止めた。

 避難?そんなものをしている場合ではない。怪我をして立ち止まっている場合ではない。

 逃げている場合ではない。

 戦い、守るのだ。自分達の居場所を。


「部外者に好き勝手やられなんすな!!!この街は、女の街でありんす!!!」


 姿のない、歓声があちこちで上がった。




◇◆◇




―――凄い。


 それが、北斗の純粋な感想だった。

どうやて拡声させているのかは分からないが、それでも空気を裂くような、圧倒的な存在感がびりびりと伝わってくる。背筋が粟立つとは、このようなことを言うのだろう。

 こういうことができるから、彼女がこの街の頂点に君臨しうるのだ。


「もう、大丈夫そうだな。」


 北斗がぽつりとつぶやくと、うなづくように陽光がうなった。


「場所は分かったか?」 


 沸き立った周囲をよそに、落ち着いた声が北斗にかけられる。

 いつの間にか、八重が後ろにいた。

八重はついさっき、北斗をここに留めておいてどこかにふいといってしまっていたのだ。何の理由もなく置いていかれた北斗は、ここで大人しく八重の帰りを待っていたというわけである。

 八重が戻ってきたのがあまりにも突然だったので心臓が飛び跳ねそうだったが、北斗は何事もなさそうに返答した。


「ここから南西の方角だ。それも、結構距離があるな。」


 八重が聞いていたのは、鉄鼠と共にいた白づくめの男の行方のことだ。狛というだけあって、二体は鼻が効く。妖力の匂いを追って、行方を突き止めようというのだ。

 結界が爆発されてしまい、鼠を閉じ込めておくことはできなくなった今、仮想怨霊を止める方法はただ一つ―――主犯を殺して術を強制解除するしかない。

 

「だが、鼠を操っているのは鉄鼠なんだろう?どうして鼠は消えないんだ。」


鉄鼠は既に殺されたはずだ。

北斗と八重が走っている時、通りがかった黒羽から聞いた。黒羽はその後すぐにどこかへ飛んでいってしまったが、追っているものは同一人物に違いない。


阿保あほ。あの鼠は鼠親父の眷属や。形代と違って、眷属は主従関係を結んだ実体のあるやつだから頭を殺したところで止まるはずがな・・・」


 そこで、八重の言葉が止まった。

 どうしたのだろうか。

 ぴたりと銅像のように固まってしまった八重を前に、北斗はどうすることもできずひとり混乱する。慌てる北斗をよそに、八重はいよいよ深く思案の海に入りこんでしまったようである。

 自分はそんなに変な質問をしただろうか。愁でもあるまい、八重がこんなに考えこむだろうか。

 しかし、沈黙は突如として破られた。

 

「・・・まさか!」

「!?な、どうした!?」


 八重は北斗に構わず駆けだした。

 その顔が一瞬、青ざめているように見えたのは気のせいか。


「おい!」


 大声で呼びかけるが、八重は振り向かない。

 まさかとは思うが、八重は本当に焦っているのだ。 

 理由は全く分からない。 


「八重を追え!」

『御意!』


 北斗はその後ろをとにかく追いかけるしかなかった。




◆◇◆




「どういうつもりだ!!」


 愁はその辺に転がっていた僧兵に掴みかかる。 

 ふーっふーっと息を荒くし、ぎっと睨みつけるが、死体が答えるはずがない。


「糞野郎・・・・!」


「愁、これ以上言っても無駄です。」


恐らく、鉄鼠は散らせた鼠の大群の中に小玉鼠こだまねずみを忍ばせておいたのだ。

 小玉鼠は体を丸めたヤマネのような見た目の妖怪である。山中で人間に出会うと、立ち止まってみるみる体を膨らませ、次の瞬間、鉄砲のような轟音と共に自分の体を破裂させる。要するに、地雷や時限爆弾の類のようなものだ。 

 鼠の大群に紛れ込んだ時限爆弾は自ら指定の場所まで動いていき、タイミングを見計らって破裂する。


「じゃあどうするんだ!?もう鼠が外に出ねえようにすることは無理だぞ!」

「落ち着きましょう。慌てて見当違いな行動をとるのは敵の思うつぼです。」


 確かに鼠で仮想怨霊を人に感染させることは大変効率が良い。

 だが、どこかに欠点があるはずだ。その穴をつくしか、打開策はない。

 いなりはとにかく考える。黒羽ならきっと、一瞬で思いつくのだろうが、生憎いなりは天才ではない。今持っている情報をもとにひたすら頭を働かせるしかない。

 


「お前、よくそんな平然としてられんな。」


 決して嫌味を言っているわけではなく、純粋な驚きから出た言葉なのだろう。

 愁は目を丸くしていなりを凝視している。


「平然?何を言っているんですか?」


 いなりは思わず大きな声を出す。

 荒げた、とまではいかないが、その声にははっきりわかるほど強烈な怒気がこもっていた。

 普段、アナウンスのように無機質ないなりの喋り方とは、思えない。

 

「正直に申し上げますと、今の私はかなり怒っています。」


 吉原で、いなりは多くの人々と出会った。ここにいるのは、自分の誇りをもって生きる女性達や、それを守る番人達。雫、千早、そして、織星。彼等はみずめが作った街で生まれ育ち、街を守ってきてくれた者達である。

 なぜ、彼等の居場所を壊すのだ。しかもそのやり方はまるで、崩壊させることを楽しんでいるようだ。

 もしこれが横濱、八坂祭りの時のものと少なからず繋がりがあるとするならば、絶対に許すことはできない。嫌悪感すら感じる。

 

 ゆらゆらと、いなりの深紅の瞳が燃え上がる。


「敵がどういうもので、何を考えているのか私にはさっぱりわかりません。ですが、このような無差別な行為には不快感しか覚えません。」


 いなりの様子に、愁はぱちくりと目をしばたいた。

 

「お前、ちゃんとニンゲンらしいとこもあったんだな。」


 思わぬことを言われて、いなりはきょとんとしてしまう。

 そして、眉をひそめた。


「私は半妖怪ですが。」

「そういう意味じゃねえよ。」


 愁はふはっと、吹き出して笑った。

 気を悪くしたわけではないのだが、いなりは不服で半眼になる。

 どうも愁にはペースを乱される。言い表し難いのだが、彼はふとしたときに、ひとのずっと奥を覗き込んでくる。空気が読めないくせに、ひとのことを読めるとは、厄介なことだ。

 いなりは話を無理やり戻すことにした。


「とにかく、鼠を物理的に止めることはもう不可能です。しかし、鼠に憑かせられている仮想怨霊を消すことはまだできます。」


 恐らく―――いや、確実に仮想怨霊はあの白づくめの男による術だ。

 仮想怨霊の感染を食い止めるには、あの男を殺さなくてはならない。


「よし、じゃああの白づくめを追えばいいんだな。」

「はい。残る方法はそれしかありません。」


 鼠一匹一匹を潰すような暇はない。

 全てを潰すには、頭を叩くしかないのだ。

 

「でも、追うったってどうすんだ?」

「私が匂いを追います。狛狗達ほど鼻が効くわけではありませんが、近距離ならば痕跡を追うくらいはできます。」


 妖怪によって妖力は違う。

 匂いというよりも、正確には気配と言った方が近い。妖怪によって、その妖力の気配を目で見ることができたり、肌で感じたりと感知する方法はさまざまなのだが、嗅覚で嗅ぎ分けるような要領でいなりはその気配を多少は追うことができる。おそらく、いなりの体中に流れている妖狐の血のおかげだ。

 そう言ったいなりの横で、なぜか愁は奇妙な顔をしていた。


「なあ・・・もしかして俺って臭かったりするのか?」


 あまりにも深刻そうな顔で聞いてくる愁を前に、いなりは思わず固まってしまった。


「男性の匂いには全く興味がありませんのでよく分かりませんが、とりあえずそういう意味の匂いではありません。普通の犬と私の嗅覚を同レベルにしないで頂けますか?」

「お、おう。悪かった。」

「それよりも急ぎますよ。」


 結界が破られてしまったため、鳥居から出る必要はない。ただ正面を突っ切って行けばいずれ人間の街へ出る。

 愁といなりは社を迂回し、通れそうな場所を探す。


「ちっ、もうここまで火が来てんのかよ・・・!」

「問題ありません。」


 いなりが手を横にすっと伸ばす。それは扉を開けるかのような、ごく自然な動きである。

 その動きに合わせて、炎が二手に分かれて道を開けた。


「うっそだろ・・・。」

「私の妖力の系統は炎です。自然発生した炎も少しくらいは動かせます。」


 言ってしまえば、炎はいなりの障害には全くならない。

 いなりと愁は炎と炎の間を突っ切った。


「なんだありゃ・・・!?」


 街の外は、混乱を極めていた。

 二人を待ち受けていたのは、鼠でも妖怪ではない。だからといって、

 それは、人によって想像された怪物―――


「仮想怨霊・・・!!」


 人面犬、口裂け女、てけてけ・・・他にも多くの都市伝説に登場するバケモノの数々が、都心の道路にはびこっていた。

 だが、それらは人間に取り憑いているわけではない。

 

 しかもそれは人間の目にしっかり見えているようで、車があちこちでクラクションを鳴らしていた。場所によっては車同士が衝突している。

 さらに、人間と見れば仮想怨霊は襲い掛かってくる。

 それは、いなりと愁も例外ではない。


「待ち伏せされていたのか!?」

「というよりも、街を囲うように発生させられていたのでしょう。」


―――仮想怨霊は別の場所で作られている。


いなりの頭で刀岐の言葉が繰り返される。

 スマホや鼠に気を取られ過ぎていた。

 仮想怨霊は、そのままでも顕現できるのだ。

 覆いかぶさるように迫りくる仮想怨霊をいなりは炎尾で防ぐ。だが、キリがなく前に進むことができない上に、白づくめの男の気配を紛らわされてしまう。


(どちらにせよ、包囲されていたことに気が付かずに敵の懐に突っ込んだのには変わりない。最悪の状況だ・・・!)


 いなりは舌を噛む。

 自分が想像している以上に、自分は普段の冷静さを欠いていたようだ。その見返えりがこれである。


(しくじった。)


 その時である。

 突然、耳障りな轟音が二人と仮想怨霊の間を横切った。

 物が壊れる音ではない。

 けたたましい機械音――バイクの排気音だ。

 いなりがはっと顔をあげると、予想外の登場をした第三者に仮想怨霊たちは反応しきれなかったのか、ほとんどがバイクに吹っ飛ばされてしまっていた。

 呆然とする愁といなりを前に、バイクは急旋回をして目と鼻の先に止まる。そして、バイクの運転手は如何にもうっとおしそうにヘルメットを投げ捨てた。


愚図グズ共、乗れ!」


 運転手―――久遠虎徹は二人に向かってそう叫んだ。


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