密談 -守鋏ー

◇◆◇




「なるほどねえ。雫ちゃんありがとー。」


 雫の的確な説明のおかげで話は早く進んだ。

初めはいなりと八重に対して強い警戒心を抱いていた青年であったが、事情を聞くと、ほっとした顔になる。しかし、表情は変わらず、どことなく怯えているように見えた。


「俺の名前は千早。これでも一応吉原の御庭番衆おにわばんしゅう棟梁とうりょうをやらせてもらってるんだ。」

 

 そういって、千早は眉をへにょりと下げる。


「千早さんには、鞍馬の烏天狗御一行と浅草組御一行のお座敷の警備をしていただいています。お客様方の身分がその・・・・・なかなかの方々かたがたなので、何かあってはと。」


そりゃあそうだ。

かつての三大妖怪であり、そして現・東の四大妖怪、鞍馬の烏天狗。同じく、かつての三大妖怪、現・大江山組組長・酒呑童子の息子。元・西の四大妖怪の神楽狸。そして、人間社会にも金脈をもつ浅草組組長と若頭。

 あそこにそろっているのは錚々そうそうたる面子めんつだ。何かあればこの見世の看板に泥を塗りかねない。

 それに、神巫である北斗もいる。黒羽は直接伝えてはいないようだったが、織星あたりが気を回してくれていたのだろう。

 それよりも気になることといえば、


「で?そういうあんたが、なんでこんな狭っちい所でこそこそめしを食うてるんや。別に護衛なら座敷の中でも出来るやろ。」

 

 確かにそうだ。どうしてわざわざ隠れるような真似をしているのだろう。

 腕組みをして八重はいぶかしそうに千早を見る。

 すると、千早は大層気まずそうな様子で目を横に流す。


「いやあ、その・・・俺、実は女性が苦手でさ・・・。」

「はあ?」

 

 八重が頓狂とんきょうな声をあげた。いなりも声には出さないが、目を大きく見開いた。

 しかし、千早は「マジマジ」と手を振る。


「いや、ほんとに無理。正直君たちでもギリギリ。出来ることなら女性3人に囲まれたこの場から今すぐ逃げたい帰りたい。」

「マジで言うてんのか?」


八重が雫の顔を見る。

 すると、雫は神妙な顔でうなづいた。


「嘘やろ?」

「いえ、本当です。」

「だって、ここらの女の人って、みんな怖いじゃん。」


 そういって、千早はうつむく。


「みんなさ、ああやってにこにこ愛想良く笑ってるけど、腹の中で本当は何を考えているのかわからない。俺に気があるのかな~って思えば、『え?何?期待してんの?うけるんですけど。』とか言われるし。まじでおっかない、無理無理。苦手、いや、超嫌い。」

「ようそれで御庭番なんかやってこれたな。」

「あはは、ほんと不思議だよね。」


 千早はネジ巻人形のように乾いた声で笑って、底のない目をしている。


「しかし、千早さんではないと棟梁は務まらないのも事実です。」


 八重と千早の間に雫が入ってフォローを入れる。


「御庭番衆は吉原の女を守るため、四六時中この街にいます。よほどの堅物かたぶつか、相当精神力メンタルの強い女好きでなければ、この女の園では真っ先に喰われます。えりすぐられた御庭番衆でも、毎年数名恋のやまいやらで脱落していくのです。それに対して、腕はたつのに本人は女性が苦手で、かつ女からも好かれない。彼ほどの適任はおりません。」

「雫ちゃん、それ俺のこと励ましてるの?それともけなしてる?」


 「ははあ」と、八重は分かった顔だ。

 なるほど。美しい女だらけのこの街で、正気を保てる男は少ない。その数少ない男が千早というわけだ。


「ですが、自分たちを守って下さる方を嫌うなんてことあるんですか?」


いなりは不思議そうに尋ねる。

千早の先程からの言い方だと、彼はあまりここの女性の方々からは好かれていないように聞こえる。


「ああ、そのことかー。ここの見世はそこまででもないんだけどさ、他の見世の子は割と嫌がるんだよね。まあ、御庭番衆はたくさんいるから見世によって担当の奴がいるから大丈夫だけど。」


千早はそう言っているが、嫌がるとは聞き捨てならない。自分たちのことを守ってくれる人々のことを蔑むとは、一体どういう了見だ。


「俺ね、髪切りって妖怪なんだよ。」

「髪切り・・・ですか。」

「そう、髪切り。」


 髪切り―――人の知らない間にすっぱりと髪を切ってしまう妖怪だ。

いなりは千早の足元の鋏を見る。珍しいことに、武器が鋏であったのはそういうことだったのだ。


「女の命ともいえる髪を切っちゃう妖怪が、こんなところにいるなんていやだろ?」

 

 そういって、千早はへにょりと眉を下げて力なく笑う。

千早はどう思っているかは分からない。だが、いなりはそれがとても悲しく感じた。

だから、言わずにはいられなかった。


「それでも、花は雑草をぬいてくれる方がいないと、美しくなれませんよ。」


 千早はそれを聞いて、みるみる目を丸くする。くりくりとした茶色の瞳が、いなりをまじまじと見た。


「・・・・・・驚いたな。君は、あの人と同じことを言ってくれるんだ。」


 ふと、千早はそのこわばった顔をやわらげた。

あの人というのは分からない。

だが、そんなことよりも、千早の顔が少し明るくなったのでいなりはそれが嬉しかった。


そんな時である。

急に八重がそわそわとし始めた。

そして、千早が体を向けていた方向と反対の壁に近寄っていく。


「どうしましたか?」

「おい、なんか聞こえてくるぞ。」


 八重は襖に耳をそばだてている。

その思い切りのよすぎる行動に、いなりは少し眉をひそめた。


「八重・・・普通そういうものはそっとしておくものでは?」


 ほとんど忘れていたことだが、一応ここは遊郭である。をする店だ。

 お客のお楽しみのところを聞くのは野暮ではないか。 

 がっつり隣の部屋の声を盗み聞こうとしている八重に、いなりは少し引いていた。


「いや、違う。」


 しかし、八重の顔は真面目だった。いなりの方を見ないで、一心に壁の向こうに耳を澄ませている。

 何かあるのだろうか。

 八重がそれから何も答えてくれないので、いなりはしぶりつつも壁際に寄った。

 二人して壁際にいるのを、千早と雫は不思議そうな顔をして見ている。


『・・・て・・』

『・・よ・・・しろ。』


 確かに、何か聞こえる。

 人の声だ。声は二人分、男同士の会話である。遊女はいないようだ。

 本番に至っていないことに安心しつつ、いなりはその声を拾うことに集中した。 


饕餮とうてつが神巫を見つけたのは横濱、関東圏内にいるのは確実だ。あの男はおのれよくしか満たそうとしない出来損ないであったが、結果的には良い置き土産を置いていった。』

『では、早速。ねずみを動かしましょうぞ。』


 壁に耳を添えたまま、八重がいなりの顔を見る。

 いなりは黙ったまま、その顔を見つめ返した。

 二人、目線だけで会話をする。


(おい、神巫って北斗か?)

(それ以外考えられないでしょう。)


 ―――横濱で神巫を見つけた。

 その神巫は、北斗以外ありえない。

 だが、北斗を誘拐した組織は黒羽が潰したはずだ。

 残党か? 


 いなりは壁の声にまた集中する。


『そう急くな。平和ボケした国とはいえ、ここは饕餮の子飼いを殺した妖怪の足元だ。慎重に進めねば、先にかんづかれる。』

『横濱』

『待て。』


 襖の向こうで、衣擦きぬずれの気配がした。

 みしり、みしりと畳を踏む音がこちらに近づいてくる。


『誰かいる。』


 声がよりはっきりと聞こえる。


(まずい。)


『どうされましたか?』

『誰か近くにいる。』


「ここから今すぐ出て下さい!!」


 いなりが叫んだ、その時である。

 

「そこか。」


 ガタンを襖が倒れこみ、灰色の波がいなり達に襲いかかった。

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