密談 ー激突ー
◇◆◇
(俺は一体、何しに来ているんだろうか・・・。)
北斗はこんな場所に放り込まれたことを後悔していた。
どうしてついてきてしまったんだろう。
黒羽が言い出すようなことは、大抵ろくでもない。まだ彼と出会って半年もたっていないが、彼がそういう性格なのだと短期間のうちに理解した。
そう分かっていたはずなのだ。しかし、なぜこうもほいほい自分はついて行くのだ。
それでもついては来てしまったのは、妖怪であるのに親しみやすい彼等に
(やめだ。考えるだけで無駄だ。)
北斗はわざと頭を左右に振った。
だが、そんなことよりも、どうしても、突っ込まずにはいられないことがあった。
(なんでこいつらは座敷遊びをやってんだ!!??)
遊女達が三味線をかき鳴らす中で、蔵之介と織星が
横からは黒羽が覗き込んで、にやにやと遊びの行く末を見ている。
金毘羅船々とは、対戦者2人が向かい合って座り、2人の間に台を置く。台の上には手で掴める程度の大きさの茶碗や徳利の袴(徳利を置いておく円筒の器)などを置く。そして、香川県の民謡の金毘羅船々の唄に合わせ交互に台の上に手を出す。台の上に器がある時は手のひらを開き、無い時は手を握る。台の上の器の有無でパーとグーを使い分けるリズムゲームである。
―――
いや、本当に何してるんだこの爺どもは。
「はい蔵之介アウト―。」
「やや、またやってしまいました。」
「蔵之介様ったら、引っかかりやすうござりんすこと。」
織星に言われて蔵之介は、ぺしりと髪のない己の頭をはたいた。
台の上には茶碗がある。しかし、乗せられている蔵之介の手は開かれていた。つまり、蔵之介の負けである。
「それ、楽しいのか?」
「お、愁
「へえ、俺結構反射神経いいけど。」
「お、強気だねえ。ちなみにオジサンは織星さんと今んとこ引き分けてる。」
北斗が気まずそうにしているのに対して、愁はこの場の空気感にいつの間にか馴染んでいた。
はじめこそ彼も浅草組組長を前にして緊張していた。だが、流石は愁。腐っても大江山組組長の孫だ。肝っ玉が据わっている。彼らが打ち解け合うのは早かった。今となっては三吉と共に、酒とジュースを飲み交わすまでに仲良くなっている。鬼同士であり、かつ性格の相性も良かったのだろう。
そんなこんなで、必然的に取り残された北斗。手慰みに陽光と影月の毛並みを撫でながら、ポツンと事の成り行きを眺めていた。
「女性の方々がいる手前、なかなかこうした遊びができませんでしたのでな。今のうちに満喫しませんと。」
「ふうん、八重なら喜んでやりそうだけどねー。」
「確かに。」
愁が黒羽に同意した。
北斗も思わず、八重が目を輝かせて参加したがる様子を思い浮かべてしまった。
「八重ってのは、もう一人いた、あっちの女のことかい?ありゃあここらの奴じゃねえな。なんで西の妖怪がこっちにいるんだ?」
「ああ、彼女西から追放されたの。」
「追放!!?そんなの四大妖怪の殺害を企てるレベルの事をした奴がされる処罰だぞ!?オジサン、あの子がそんなヤバい子に見えないけどなあ。」
三吉が驚いたように声をあげる。
そこまで驚くことなのか。
「まあ、西は東と違って色々と複雑だからねー。」
黒羽はあえて言葉を濁したようだった。
八重が元・四大妖怪であることを伏せたままである。
「おい、そもそも八重が四大妖怪だろ?あいつは、四大妖怪
ひそひそと、北斗に愁が耳うちする。声を抑えたのは、黒羽が八重の素性を隠していることに、気がついたからである。普段なら無神経な彼であるが、会話の相手が相手であるので、慎重になっているようだ。
八重が西を追放された理由なら、北斗も聞いていた。
愁の言う通り、八重がもとは四大妖怪である。三吉の話からすると、なぜ張本人が追放されているのだろうか。仮に殺害未遂ではない別のものだったとしても、とても彼女が大罪を犯したようには思えない。八重という妖怪は、むしろそういう
(おかしい・・・といえばおかしいが、)
「八重のことだ、たぶん聞いても答えてくれないぞ。」
「確かにそうだな。」
愁は目をほそめる。八重に聞いたら、喧嘩を売られる光景が、ありありと愁の目の前に浮かんでいるようだ。
「ほっほっほ、ここいら東にはかつての御三方がおりますので、そう下手な動きもできないのでしょう。」
曲が続き、手を動かしながら、蔵之介が言う。織星もゲームを続けたままだ。
二人の手つきのスピードは変わらない。
「へえ、それはどうかなー?実際、今陰でちょこまこ動いてる連中いるでしょー。」
「ごもっとも。」
ぴたりと、蔵之介が手を止めた。
すると、織星が三味線を奏でている遊女の方へ眼で合図を送る。遊女は静かに立ち上がり、茶碗を台に乗せたまま、部屋から出ていった。それに従って、他の遊女達も部屋から出ていく。
残っているのは、織星だけだ。
遊女達の気配がなくなったのを見計らい、蔵之介は両手を袖に差し込み、口を開いた。
「鞍馬殿は、饕酔会の手引きをしたのが塵灰組であると言いたいのですかな?」
「少なくとも君はそう考えてるってことだろ?」
蔵之介の眉が、ぴくりと動く。その下の黒い瞳が、ぎろりと黒羽を睨む。
黒羽は変わらず、飄々とした笑みを浮かべている。
蔵之介は、黒羽を推し量っているようだった。
「なるほど・・・だから我々に情報を横流ししたのですな。」
「横流し?おい黒羽、どういうことだ。」
愁が問う。
「八菊組を潰した後、残った資産とシマを浅草組に僕が譲ったんだよー。この食えない爺さんのことなら、それだけで勝手に何かと調べてくれそうだからねー。」
「ご丁寧に、拠点の場所までリークしてくれましたよ。」
「でも、なんでそれが黒羽の利益になるんだ?」
「僕は表社会の妖怪や、秩序を破って人間に手を出した妖怪ならどんなに影響力の強い組だろうと潰せる。」
愁はぎょっとして、黒羽を二度見した。
まるでゴミを捨てるような言い方だ。黒羽の言葉に、何かしらの躊躇いの感情はない。
その冷徹な言いぶりに、思わず北斗はごくりと息を飲んだ。
「でも、いくら怪しかろうと何も証拠がない塵灰組を潰すことはできない。僕の信用に関わるからねー。」
「それで、この御仁は儂らと塵灰組をぶつけようとしたのですよ。」
「おっそろしいお人ですわい。」と蔵之介は震えてみせる。骨にしわくちゃな皮がついているだけの細い肩が、ふるりと見ていて明らかなほど揺れた。
蔵之介と黒羽はにこにこと笑っている。だが、どちらの笑い声もかわいている。
これはかなり神経を削がれる。
この空間にずっといたら、自分は心労で死ぬんじゃないかと北斗は思った。
「おいおい・・・。お前、割とクズの分類だと思ってたけど相当頭イカれてんな。」
「あはは、それは誉め言葉として受け取っておくよ。」
「いや、褒めてねーから。感覚大丈夫かよ。」
「僕は至って純情少年さー。」
「どこがだよ。腹黒爺の間違いじゃねえのか?」
愁と黒羽のやりとりを見て、三吉は目をぱちくりとさせる。
「すげえな、愁坊は。あの鞍馬殿とこんなに砕けて話してる奴見たのは一体何十年ぶりよ。」
「
愁は人の懐に入るのがうまい。
なんというか、すっと気が許せてしまうのだ。これがなせるのは、愁の裏表のない性格だからこそなせることだ。
「ま、そこんとこはさすがの
黒羽は愁との会話を切り上げ、話を戻す。
「だから、直接話をつけようとしに来たってわけさ。」
「
蔵之介が一旦言葉をきる。
そして、杯に手を伸ばした。すかさず、織星が酒を注ぐ。
蔵之介はありがたく杯をかかげ、
「ま、たしかにあの組は鞍馬殿が睨んでいる通り、近頃妙なとことつるんでおりましたぞ。」
そして、ぐっと、身を乗り出した。
しわの浮かんだ顔が、ぐっとこちらに近づいてくる。
まるで、翁の面と向かい合ったようだった。
「しかも、それが人間の宗教団体でしてな。」
囁くように蔵之介が言った。
「それは?」
黒羽は唇に弧を浮かべる。
「名は、
「ふうん、聞いてる限り普通の新興宗教っぽいけど、どんくらいの規模なのー?」
「それなりに信者を増やしているようでしてね。ま、ざっと見積もって信者は50万人程度。東京に本部があるので、そこに部下を忍び込ませたのですが・・・」
蔵之介の顔色が曇る。
「消されたか。」
黒羽は言葉を飾らずにあっさりと言い放った。
蔵之介は眉を寄せたが、それだけだった。
「妖怪を消せるということは、確実に妖怪が裏に着いております。例外でもいない限り、ですがな。」
蔵之介が北斗を見た。
確かに、自分のような人間が他にいない、という保証はない。
「しかし、塵灰組の名がこの場にあがっている以上、奴らが絡んでいると考えた方が良いでしょうな。」
「蔵之介が言うんなら、ほぼ黒じゃないかなー。」
「おい、そんな簡単に言っていいのかよ。」
「うん。ていうか、愁、自分でも言ってたじゃないか。浅草組は人間界にも通じてるんだよー?」
黒羽は妖怪界では最高の権力者であるが、人間社会ではほかの妖怪と同様、社会から外れた存在である。力の行使するにも限界がある。
一方、浅草組の方は人間界にも太いパイプが通じている。人間社会にある宗教団体については、浅草組の方がよく知っているというわけだ。
「それに、ずっと分からなかったんだよねー、塵灰組の資金源。
「つまり、人間もグルってことか?」
「たぶん、今回も利用されているだけだよ。カルト宗教って、要するに信者=ATMだからさー。」
「・・・タチ
「金は信心を表す最も説得力のあるものだからねー。」
愁は心底腹ただしそうに、顔をしかめた。
「そう怒るなってー、せっかくの男前が台無しだよー。」
黒羽にどうどうとなだまられ、愁は不満そうに口を窄める。蔵之介や三吉の前で
愁は場を濁すように、わざとらしく「あー。」と声を大きくする。
「つうか、いなり達遅くね?もう結構時間経ってんだろ。」
初めこそ、話を変えるために思いついた言葉だったのだろう。
しかし、徐々に愁の顔が深刻なものになる。
本当に、かなりの長時間いなり達が戻ってきていないのだ。
「たしかに。」
「雫殿もおりましたし、迷子になっているわけではなさそうですが」
その瞬間だった。
物凄い音を立てて、四角い物体と共に灰色の波が襖を押し倒して、倒れ込んできた。
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