密談 ー暗躍ー

 ―――いなり達が到着する、およそ五分前。そして、浅草組到着の三十分前のこと


 若い衆は襖を開けた。

 月明りの入ってこない、行燈が一つだけ部屋の隅に灯された、薄暗い部屋である。初回客しょかいきゃくを通す部屋なので、それほど大きくはない。だけれど、部屋をとっぷりと埋める闇のせいで広く感じる。

 その向こうにいるのは、二人の男。一人は深編笠を被った小柄な男。黒の小袖に袈裟をかけている、一見虚無僧のような男だ。もう一人は、全身が真っ白な男。白スーツに白シャツ、白い外装の時計、身に着けているもの全てが紙面のように白い。顔には白い面をつけている。真顔のはずなのに、笑っているようにも、怒っているようにも、泣いているようにも、どのようにも見える面だ。

 二人は、机を挟んで座っている。机上には水の入ったグラス以外何も置かれていない。

 見世に通してからかれこれ十数分は経っているが、遊女はまだ一人もつけられていない。

 誰も、指名されていないのだ。

 暗い座敷の中で、両者無言。

 その異様な空気感に、若い衆は窒息するような感覚を覚える。

 しかし、ここで逃げ戻るわけにはいかない。若い衆はごくりと唾を飲み込み、座敷に踏み入った。


「さ、ささでございます。」

 

 若い衆は机の上に猪口と徳利、酒瓶を置き、速やかに外に出ていった。

 ここにずっといてはいけないと、本能で察したのである。



 この若い衆の判断は正しい。

 しかし、結果からいえば、この若い衆はこの場にいるべきであった。

 絶対に、この場から目を離してはいけなかった。

 だが、それは後の祭りである。



「・・・・・首尾は?」


 襖が閉じられてから暫くして。

 白スーツの男が口を開いた。

 感情の読めない声である。ハーフリムの眼鏡の奥で目が鈍く光るように見えたのは、錯覚だろうか。


「失敗いたしました。陰陽師の乱入が想定していたよりも早うございます。」


 深編笠の奥からくぐもった声する。甲高い老人の声だ。 


「ちっ、弱小国家の飼い犬めが。とうの昔なくたばったかと、思っていたが、まだ残っていたのか。」

 

 びしりと、ひとりでにグラスにひびが入る。

 僧形の男は身じろぎ一つしない。ただ、静かにそこに座しているだけだ。

まるで、スーツの男の怒りを微塵も怖がっていないようである。


渾沌こんとん様、」

神巫かんなぎは必ず見つけ出せ。」 

 

 白スーツの男の声が僧形の男の声にかぶさる。

 その声は、どこまでもややかなものだった。


「では、如何様いかように。」

「“かい”をばらまく範囲を広げるとしよう。どうせお前のことだ。もう用意は出来ているのだろう?」


 感情のない面が、笑ったように見えたようだった。


「はっ!」


 僧形の男はその場に額をこすりつけた。


「では、今後の方針を決めていこうか。我らがカミのために。」

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