妖魔抗争 2
陽気な声とともに炎の中から飛び出してきたのは、カボチャ頭をした男だった。
ハロウィンの仮装のような姿をしたその男は踊るようにステップを踏み、そのたびに紫の炎がぼっぼっと爆ぜる。
「楽しいパーティーの時間だぜ。」
筑後組の妖怪ではなさそうだ。
いなりと影月は後ろに飛んで距離をとり、相手の出方をうかがう。
「何者ですか。」
「俺の名はジャック・オ・ランタン。麗しい狐のお嬢さん、修羅童子という鬼を知らないか?」
「なぜここで羅刹様の名前が・・・」
パチンとジャック・オ・ランタンが指をはじくと、紫炎が左右に分かれる。すると炎が消失し、代わりにずらりと並んだ見たこともない怪物達が現れた。
『いなり殿、下がれ!』
肌を刺すような殺気を感じ、いなりは反射的に炎刀を生み出した。
瞬間。
炎刀が割れ、体が後方に飛ばされた。
『いなり殿!』
いなりは宙で一回転し、地面に着地する。もし防御していなかったら、気絶していたところだった。
影月が駆け寄ってくるが、いなりは目線で無事を伝える。実際、少し腕がしびれた程度は体はぴんぴんしている。
影月はいなりの平気そうな様子を見て安心した様子だったが、すぐに視線を正面に据え、うなり声をあげて相手を威嚇する。
「その名前を知ってるってことは、お前もあの鬼の配下だってことだな。」
(彼がこの集団の頭か。)
海外妖怪の集団の中心で、一際存在感を放つ少年。まだ小学生くらいの見た目をしているが、その妖気は周りに比べてひときわ強い。彼が、自分を吹き飛ばしてくれた張本人である。
少年がかぶっていたフードを脱ぐと、三角の耳が現れる。よく見れば、腰にも耳と同じ色をした尾が生えている。
妖狐、ではない。
「人狼・・・ですか。」
「少しは知識があるようじゃないか。まあいい。さっさと修羅童子・羅刹を出せ。」
そう言うなり、少年の体が突然ぼきぼきと音を立てて変化し始めた。
骨が歪んで骨格が変わり、体が膨れ上がって黒銀色の毛並みに覆われる。さらに鼻が前に突き出し、牙が現れ、少年の顔は獣のものへと変わっていく。
空に向かって遠吠えをする姿は、まさに御伽噺の狼男だ。
おおんと一声うなると、人狼はいなりめがけて突進してくる。
(話を聞いてくれそうにはないな。)
いなりは攻撃を受け止めようと再び炎刀を手にする。肉弾戦で勝てるような相手ではなさそうだが、なんとか持ちこたえるしかない。
「影月、援護をお願いします。」
『承知。』
しかし、直後である。
人狼といなりの間に何者かが滑り込んできた。
「ようやく出てきたな、レジスタンス・・・!」
「九千坊!?」
応戦しようとしたいなりの前に突然現れたのは、九千坊だった。九千坊は代わりに人狼の攻撃を受け止める。
しかし、それは決していなりを守ったわけではなかったようである。九千坊の目には、いなりのことなど写っていなかった。
「手前らだな!!うちの構成員を殺した奴らは!!!」
人狼と取っ組み合ったまま、九千坊は声を荒げて叫んだ。
相手が突如妖狐から河童にすり替わったことにさすがに人狼は驚いたようである。その隙をついて九千坊は人狼を投げ飛ばす。さらに九千坊が腕を振るうと、周囲にそびえていた水柱が蛇に姿を変え、地面に投げ出された人狼めがけて襲いかかる。
しかし、人狼は素早く身を翻して水蛇による攻撃をすべてよける。
「いなり、無事か!」
ぽかんと立ちすくんでいたいなりのもとに、八重が駆け寄ってきた。
八重は九千坊と戦っていたはずであるが、その九千坊はいなりと相対していたはずの人狼と戦っている。
「九千坊のおっさん、急に血相変えてそっちの方にいったさかい・・・って、海外妖怪までおるし!?」
「心配していただいてありがたいのですが、私は全く無傷です。」
それどころか、いなりはどういうわけか戦場から放り出された状態である。
「こらどういうこっちゃ?」
「さっぱり分かりません。」
先ほどまでいなりや八重を相手にしていた時とは比べ物にならない勢いで猛攻している。その様子から、九千坊がいなり達に対してかなりの手加減をしていたということがわかる。
「なんのつもりだ。俺らはお前に用はない。」
「とぼけるな!!」
今や九千坊は額に血筋が浮かべている。
吠えるように叫ぶと、九千坊は人狼めがけて突進する。
その前に女が立ちはだかり、九千坊の顔を目掛けて足を振るった。九千坊はそれを片手で受け止めようとするが、直前でひらりと身をかわしてよける。
「気安く近づくと蹴とばすわよ。」
女がガツンと足を踏み鳴らすと、地面がひび割れる。ふわりと揺れたスカートの下から、ロバの右足と青銅の左足があらわになった。
確かに、これを素手で受けていたら確実に腕が折れてたに違いない。
「物騒な足をした女だな。へし折ってやる。」
九千坊が腕を振るうと、水の柱が女を飲み込もうとする。
しかし、女は宙に跳んでそれを避ける。
彼女の背中には蝙蝠の翼が生えていた。
「ふん、日本の半魚人は川遊びしかできないのだったわね。」
「知らねえのか。河童ってのは渡るんだぜ?」
にやりと九千坊が笑みを浮かべる。
女がはっとして上を見たときには遅かった。
宙を飛翔するヒョウスべたちの集団によって、女は悲鳴を上げて飲み込まれてしまう。
「エムプーサ!」
「どういう因縁をつけてくれたか知らねえが、そっちがその気ならこっちも応えてやろうじゃないか。」
「お前ら、予定変更だ!!ぶん殴らなきゃいけねぇ相手がのこのこと自分たち出やってきてくれたぞぉ!!!」
九千坊が声を張り上げると、河童たちが雄たけびをあげてレジスタンスにぶつかっていく。
「これ、いろいろまずいんじゃないか?」
もはやいなり達を無視して、レジスタンスと筑後組がぶつかりあっている。確かにあまり関係のよろしくない組織同士だが、ここまであからさまに衝突する原因があっただろうか。
それに、お互いの会話からして、何か嚙み合っていないような感じである。
「とにかく両者を止めましょう。」
その時である。
「両者そこまでだ!!」
筑後組とレジスタンスが衝突する直前。
九千坊と人狼との間に上空から戦斧が振り下ろされた。
「喧嘩はようなかよお。かわい子ちゃんたちの顔に傷でもついたらどうするったい。」
土煙がもうもうと上がり、そこに蓮司と数弥の姿が現れる。
「蓮司さんと数弥さん!」
空を見上げると、黒羽が降りてきた。ぎりぎりのところで間に合ったようである。
黒羽は周りを見渡し、「ははあ」とうなる。百聞は一見に如かずという言葉があるが、彼の場合はこちらから伝えるよりも自分の一見で状況の十や二十を把握していることだろう。
「いやー、なんか随分面白いことになってるねー。」
「こっちはそれどころじゃないわ!」
蓮司や数弥が来てくれたのはいいがしかし、肝心の羅刹の姿は見えない。
「あの、羅刹様は?」
「申し訳ありません。羅刹様なんですが、どういうわけか私共とも今連絡が途絶えておりまして。」
「いや、来てくれただけで助かったで。こっちは下手に戦えんしな。」
「あとは任せてください。」数弥はそう言って、いなり達から九千坊の方へ向き直る。
「おい九千坊!どういう理由かは知りませんが、この旅館に襲撃する意味を分かっての事なのですか!」
「そのことなんだがなあ、」
数弥が語りかけるが、九千坊の目はその向こうの、レジスタスをとらえたままだった。まるで数弥や蓮司のことが眼中にない。
「もう旅館と魔女なんざ今更どうでもよくなった・・・。とにかくそこをどいてくれねえか?算盤小僧よ、俺らの獲物は
「レジスタンスだと・・・?旅館を襲撃してきたのは筑後組だけじゃなかったんですか!?」
「途中からこいつらまで出て来てん!」
「ようやく出てきたな、四大妖怪の犬どもめ!!」
八重の言葉を遮って、カボチャ頭の人外―――ジャック・オ・ランタンがステッキをふるって蓮司に飛びかかる。蓮司はすぐにそれをよけるが、ジャック・オ・ランタンの攻撃は止まらない。
九千坊たちを相手にしていたときは、軽くあしらうような様子であったのに、今や本気で殺しにかかっている。
「よくも俺らの仲間を殺してくれたな!!」
「はあ?!」
また別の海外妖怪の誰かが、そう叫んだ。
しかし、蓮司と数弥の表情は変わらない。それどころか、「何を言っているんだこいつ。」という様子である。
「修羅童子を出しやがれ!彼奴のせいで俺らの仲間たちは死んだんだ!!」
「待たんかい、一体どういうこっちゃ?」
蓮司はどうどうというそぶりをしてレジスタンス側に問いかける。しかし、レジスタンス側は問答無用で攻撃をしかけてくるばかりである。蓮司はひょいひょいとかわしているが、攻撃の手が止まる様子はない。
「おい・・・逆に悪化しとらんか?」
「確かにー。」
これではまるで、先ほど九千坊に責められたときのレジスタンスと同じような反応ではないか。
筑後組はレジスタンスの黒幕だとしてノイマンを襲いに旅館へ来た。一方で、レジスタンス側は四大妖怪勢力を狙って旅館にやってきた。
まるで、誰かに差し向けられたかのように絶妙なタイミングで三者が揃っている。一体、何が起こっているのだ。
数弥は頭を抱え、はあとため息をつく。
「とにかく、どういうわけで羅刹様を狙っているのか存じませんが、あなた方の相手をさせるわけにはいきません。とにかく、ここは公共の場ですからいったん頭を冷やしてください。」
数弥の言葉に、今度はレジスタンス側が殺気立つ。レジスタンス側は数弥や蓮司に飛びかかろうとした。しかし、そこで向かって水鉄砲が打ち出され、それを阻んだ。
水鉄砲というと可愛らしい響きだが、あくまでそれは比喩であり、実際は砲弾のような勢いで水が噴射されている。
無論、それを放ったのは河童たちである。
「手前らの相手は俺らだろうが。」
「だから邪魔だっつてんだろ。どいてろ半魚人!!」
再び激突する筑後組とレジスタンス。
しかし、その中心である九千坊と狼男の間に何かが飛んでいった。ふたりはすぐにその物体に気づいて避ける。
物体はそのまま直進して傍に生えていた樹木にぶつかり、突き刺さる。
赤、白、黄、青に塗り分けられた小さな正方形状をしたそれ―――確か、
「河童といい海外妖怪といい、ごちゃごちゃうるせえんだよ。有明海に沈めるぞゴラ。」
逆光のせいで数弥の眼鏡の奥が見えないため、どんな表情をしているのかはわからない。
だがしかし、何かどす黒い
レジスタンスと筑後組の間に分け入りながら、数弥は背中にある荷をとく。じゃらりと音を鳴らして、巨大算盤が現れた。数弥はそれを片手で持ち上げると、ぶんと勢いよく振るう。
「な、なんなんだこいつは!?」
「いきなり算盤振り回してきやがったぞ!」
いくら算盤とはいえ、数弥の体とほぼ同じくらいの大きさのものだ。鈍器に等しい攻撃力を持っている。
さらに、数弥は巨大算盤を振り回しながら、もう片方の手で別の珠を弾き飛ばしている。先ほど人狼と九千坊に向かって飛ばしたものと同じものだ。
「あっちゃー・・・カズ君がキレたばい。」
「えっと・・・いろんな意味で大丈夫ですか?」
「うんだめだね。死んだなあ、彼奴らが。」
蓮司が言う割に、ぶちギレた数弥が特に目立った動きをしているというわけではない。ただ、その動き方は異様なものだった。
左から拳がくるのを予見したかのように、右に首を傾げ、かと思ったら計ったかのように五歩左に動くと右からきた剣をかわしている。
無駄がないといえば無駄がないのだが、まるで攻撃をよけるのではなく、そこに攻撃がくるのを分かって動いている。
「俺らの攻撃が読まれているのか・・・!?」
「読んでるんじゃねえよ。」
パチリと、数弥が算盤の珠をはじく。珠は一直線に筑後組の者の額にあたった。
「願いましては―――」
銃弾でも弓矢でもない、ただの算盤の珠である。
しかし、珠は運動法則を無視するような形で次々と組員やレジスタンスたちの頭部に命中する。しかも、ピンポイントで脳震盪を起こさせているのか、珠が当たった者はそのまま地に倒れる。
「お前らみたいな乱数の少ない単純な動きは計算しやすくて助かる。」
「カズ君の妖術はそこまで攻撃向きんもんやなか。ばってんね、別に狙わなくても当たるっちゃん。」
珠算術―――確率操作
「たとえ確率がゼロに近うとも、ゼロでなか限りりその可能性を選択して実現させる。それがカズ君の妖術ばい。」
「そんでもって、キレたカズ君は容赦なか。」そう言って、蓮司は静かに手を合わせた。
数弥は普通サイズの算盤の珠を弾き飛ばしつつ、巨大算盤を振り回しながらレジスタンスも筑後組もお構いなしになぎ倒していく。
さすがは四大妖怪の側近というべきか。その実力はやはり折り紙つきのようである。
「よそ見をしていていいのか?」
ぞくりと、背筋があわだった。
瞬間、いなりは横に突き飛ばされていた。蓮司である。
人狼の鋭い爪がいなりの目の前をかすり、代わりに顔の横を何かが飛び跳ねて地面に転がった。
「蓮司さん!!」
ごろりと地面に転がった
「日本妖怪も大したことねえな。」
「狼男・・・!!」
ぶわりと、自分の妖気が高まるのを感じる。
急激に温度が上昇した炎は紅から蒼へ色を変え、膨れ上がっていく。
―――怒りで我を忘れてはいけない。
だめだ。
ここで暴走してはだめだ。渾沌の時の二の舞になってはいけない。
(あの時と、同じことになる。)
だが、そう自分を押しとどめる理性すら、また怒りに飲まれようとしていた。
「いなりちゃん、大丈夫だばい。」
その声は、自分と会話していた人物とまったく同じ声だった。
怒りで染まっていた頭が驚愕に塗り替えられ、思考回路が停止する。
いなりは声が聞こえるまま、首を下に向けた。そこには、人狼に落とされた蓮司の首が転がっている。
そう、首だけが地面にある。
(体はどこだ・・・?)
いなりははっとして周囲に目を向けた。意識が覚醒し、遠ざかっていた周囲の音が耳に戻って聞こえるようになる。相変わらず悲鳴や叫び声が飛び交っているが、そこに混ざって、何かを恐れるような悲鳴のような声が聞こえてきた。
「な、なんなんだこいつは!!?」
「体だけで動いてやがる!」
そこには、蓮司の体が立っていた。
「え。」
首を失ってもなお体は動き、戦斧を旋回させて向かってくる河童や海外妖怪に切りかかっている。
「蓮司さん、生きてるんですか!?」
「生きとー生きとー。そりゃもうピンピンばい。」
体が奮戦している傍らで、地面に落ちている首が生きているときと変わらない様子で(いや、そもそも死んでもないようだが)、
何かのトリックとかではない。そもそも、人体マジックができるような状況ではない。一体どうなっているのだ。
「お前、鬼だよな?」
八重が半信半疑で尋ねる。
妖怪の中には首を持たない妖怪もいる。しかし、蓮司は、自分のことを温羅童子だと言っていたはずだ。“童子”の名は鬼が人間によって名付けられる一種の異名であり、その名を持っているということは蓮司は少なくとも首無しではない。
「うん、間違いやなかね。こん国じゃあ“鬼”って呼ばれとるばい。まあ、俺の昔ん故郷じゃあ別ん呼ばれ方ばしとったけど。」
そう言っている首を、蓮司の体が持ち上げた。
首を小脇に抱え、空いた手で戦斧をかざすその姿はまるで―――。
「デュラハン、とかね。」
デュラハン―――アイルランドに伝わる首のない妖精で、首無し騎士とも呼ばれる。首無し馬の引く馬車に乗っており、片手で手綱を持ち、もう片方の手には自分の首を持つ。死を予言する存在ともいわれ、近いうちに死人の出る家を訪れて、家の者が現れると顔にたらいいっぱいの血を浴びせる。そして、その姿を見たものは、目を潰される。
首無し馬こそ連れていないが、今の蓮司の姿は紛れもなく、その人外に当てはまる。
「なぜ海外妖怪が四大妖怪の配下にいるんだ・・・!!」
人狼が怒りをあらわにして叫ぶ。
しかし、蓮司はたいして気にとめた様子もない。
「ちょっとした昔話ばしようか。なぁに、どこにでんようある、昔のお話ばい。」
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