探り合い
織星が左腕をそっと上に上げる。
すると、他にいた遊女、芸妓が皆静かに立ち上がる。そして、1つ
今、座敷にいるのはいなり達五人、そして、織星と雫の二人だけである。
織星がそっと目線を雫にやると、雫は目でうなづいて移動し、琴の弦に手をかける。ゆるゆると、静かな琴の音が流れる。この場に流れる緊張感を、ほろほろと和らげるような奏で方であった。
「さて、人払いは済みました。」
織星が静かに言う。まるで、何を黒羽から求められているのか既に分かっているような口ぶりだ。
黒羽は口元に微笑をたたえている。
「単刀直入にいこうか。浅草組の組長に会わせてくんないー?」
先に声をあげたのは、織星ではなく愁であった。
「浅草組だって・・・!?」
愁は「冗談だろ」と言って、まじまじと黒羽を見る。黒羽の言い間違いではないとみると、驚愕からあきれはてたような表情に変わる。
すると、ゆっくりと、石を吐き出すかのように織星が口を開いた。
「本気でおっしゃってやすか?」
織星の表情は先ほどから変わっていない。
しかし、その声色には驚きが隠せていなかった。
「なんでや、普通の組ちゃうんか?」
八重が首を傾げると、愁がもごもごと言いにくそうに話し始めた。
「いや、まあ俺も聞いたことしかねぇんだけどな」
浅草組―――その名に関する通り、浅草をシマとする、東の地でも強豪勢力である。江戸時代から頭角を見せた比較的新しい組ではあるが、江戸以前から浅草には有力な妖怪勢力がおり、それが時代を経て組に変化しただけだ。
妖怪としての実力もさることながら、特に金融面では独自の金銭ネットワークを張って人間の世界にも積極的にくりだしており、東の地にある妖怪が営む店舗のほとんどは、その組の系列にあたるという。
「おい、まさかあの浅草寺財閥って、妖怪だったのか!?」
「ああ、そうだよ。」
北斗はぽかんと口を丸くして呆然とする。
それを聞いて、ようやくいなりも浅草組のやばさがよく分かった。
人間界で、浅草寺財閥といえば、北条グループと並ぶ日本を代表する財閥である。製造業分野を中心に多角的事業経営をする北条グループに対し、浅草寺グループは銀行などの金融部門が中心の財閥である。そのため、政界との癒着がよくテレビで取り沙汰されている。
そんな日本の財界・政界を牛耳る大物の正体が妖怪とは、この国もなかなか闇が深い。
「あくまでそれは表向きで、本当の顔は裏社会の組さ。」
組と言えば大江山組のイメージが強かったが、そんな巨大な組があったとは思わなかった。
だが、そんな勢力なら、裏八坂祭りで見たことがありそうなはずだが、どういうわけか、そんな覚えもない。
何かひっかかる。
(どこかで聞いたことがあるような気もしなくもないのだが・・・。)
しかし、思いだすことができない。いなりは記憶を探るのをあきらめて話しを聞くことに専念することにした。
「せやけど、東にある組ならお前の一声でどうにかならへんのか?」
八重が黒羽に問うと、黒羽は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「それはあくまで僕の傘下の組や派閥ならの話さ。でも、浅草組は協力関係にあるだけで、僕の配下ってわけじゃあないんだよー。それも、愁のとこのみたく仲が良いわけじゃあないからねー。」
「愁のとこの」というのは大江山組を指している。
大江山組は本当のところ四大妖怪勢力と協力関係は結べないのだが、組長である酒呑童子こと夜叉と黒羽は旧知の仲。融通はいくらでもきかせることはできる。
しかし、浅草組というのはどうもそうはいかないらしい。人間の政界とも深く関わっている面、なかなか四大妖怪が手を出しにくいようだ。
「無理に話をつけようたって、向こうはそう簡単に応じない。これをせがまれるだけだからねー。」
黒羽が親指と人差し指でわっかを作ってひらひらと見せる。
つまり、金ということだ。
「だから先手を打って待ち伏せしようと思ってさー。」
いたずらっ子のように黒羽は笑って言う。
「来る場所が分かってるんなら、後は突っ込んでいけばいいだけだからねー。でも、一応ここは僕が昔から
つまり、もう最初からここに浅草組が来ることは黒羽には分かっていたということだ。
口調からして、本当にこれはただの確認のだけのようである。そこに織星が反対する余地はない。
織星は石を吐き出すようにゆっくりと口を開く。
「確かに、浅草組は時おりこの見世にいらっしゃいます。しかし、他の組ならばともかく、浅草組の席にご案内することは・・・・・。」
あくまで丁寧な口調で、織星はNOと言う。
そもそも他の客の所へ案内することは、密会的な意味を含むこの場所にとってやってはならぬことだ。しかも、黒羽の申し出は、喧嘩を売りに行くからその手伝いをしてくれというようなものだ。協力すれば、その見世の信頼に関わること。見世の責任者でありかつ、見世の看板である花魁がこんなことを引き受けられるはずがない。
しかし、そんなことで折れるわけがないのが黒羽である。
「えー、残念だなあ。」
ちっともそうは思っていなさそうな声色で黒羽は言った。
「織星だって気になるだろ?」
顔を右手に乗せ、楽しそうに笑っている。
「横濱の競売の、本当の黒幕。」
「本当の」を強調するように、黒羽が言う。隣で愁が「は?」と声をあげた。
驚いているのは愁だけではない。それを聞くなり、織星がその大きな黒い瞳を見開いた。
「あれはもう終わったはずでは、」
その時である。
織星の声をさえぎって、ぬらりと誰かが座敷に入ってきた。
思わぬ者の侵入に、座敷にいる者全員の反応が遅れた。
それは、まるでこの場に走る緊張感の間を縫うように、その場にもともといたかのような自然な動きで入ってきたのである。空気を読んでいないのではない、読まなかったらこんなことはできない。とぼけ方というべきか、場の空気に溶け込むのが、異様にうまかった。
入ってきたのは、見るからに高級そうな着物をきた好々爺であった。暖かな縁側にいるのが似合いそうな、どこにでもいるようなごく普通の老人である。
老人は
「ほっほっほ、何やら気になる噂話が聞えてきたのですが、
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