終結 ー人妖会議ー (前編)


 十月七日午後七時から十月八日午前一時半にかけて、東京は突如として混乱の渦におとしめられた。

 江東区と墨田区を中心に行われた、理由を明かさない近隣住民の避難誘導。そして、大規模停電後にあらわとなった、変わり果てた街の姿。80年前に味わった敗戦以来、戦争とまるで無縁なはずのこの国に、再び争いによる傷跡が刻まれたのだ。

 ラヂオ、テレビをはじめとした放送業界はこれを大々的に取り上げ、軍事ジャーナリストだの政治評論家だのを招いてあることないことを議論しあう。やれ日本の平和ボケっぷりが露呈しただの、憲法をやっぱり改正しなければだの、いやいや警察と自衛隊の動きは迅速だっただのと、これに付け入った評論は一時日本の茶の間を騒がせる。

 しかし不思議なことに、この事件の首謀者については誰も一切触れない。誰も突っ込まない。まるで、その存在自体を故意に隠しているように、うまいことみな目をそらしている。

 それには裏で協力な力が絡んでいるのか。はたまた別の要因が絡んできているのか・・・・・ 

 思案にくれたところで、普段はただの一市民たるいなりが知る由もないわけだが。


 いなりはたいして役に立ちそうもないニュース解説番組に見切りをつけて電源を落とした。

 朝食はとっくに食べ終えている。空になった皿をもって台所へ行き、手早く水洗いをして食洗器に放り込む。食洗器の中は、まだずいぶん余裕があったので回すのはやめておいた。

 少し喉が渇いたので、いなりはコップを手に取る。冷蔵庫には麦茶もあるが、それを取りに行ってわざわざ注ぎに行くのは面倒くさいし、洗うのが億劫おっくうだ。いなりは適当な量の水道水をくみ、喉に流し込んだ。

 その時、ちょうどみずめが欠伸をしながら居間に入ってきた。

 薄手の寝巻からちらりと胸元が見えるあられもない姿は、健全な少年少女が見てはいけないような色香が漂っている。まほろばにいるときと異なり、今は幼い姿であるにもかかわらず、である。もはや存在自体が毒みたいなひとだ。

 対して、その娘である自分といえば、色気もへったくれもない小娘だと思うと少し滑稽に感じる。

 みずめは眼をこすりながら、いなりだと認識するときょとんと眼を丸くした。


「あら、今日は学校休みじゃないの?」 


 文化祭での騒動もあって、学校は一週間もの休校、さらには秋休みと期間がかぶり、ちょっとした長期休暇状態である。

 にもかかわらず、いなりが今着ているものは高校のセーラー服である。


「はい。ですが、少し出かけるところがありまして。」

「制服で?」


 みずめはますます目を丸くした。色違いの大きな瞳が、今にも宝石となって零れ落ちそうだ。

 いなりは服装に頓着しない方であるが、私用で出かける先にジャージを着てったり制服で済ませようと思うほどずぼらではない。

 そういう娘の性質をわかっているうえで、みずめはきっと疑問に感じたのだろう。


「一応、なので。」


 いなりは行き先を明かさず、それだけ答えた。


「そうなの。」


 みずめもまた、それ以上聞き返さなかった。

 会話はそこで途切れた。いなりは身支度、みずめは朝食の準備と、二人はそれぞれの作業にとりかかる。

 手櫛で髪を整えながら、いなりは横目でちらりとみずめを見る。みずめは食パンをかじりながら麦茶をコップに注いでいる。

 

(気になってはいない、のか。)


 昨日、いなりが帰宅したのは深夜の三時だった。

 店の手伝いをさぼって日付をまたいで帰ってきた娘のことを、みずめは何も追及してはこなかった。ただ、少し困ったような顔をして、「佐助がすごく心配していたわよ。」とだけ言った。

 佐助は少々過保護な面があるが、みずめは子育てに関しては基本的に放置主義である。助言などはするが、何をしようと最終的には娘の判断にゆだねる。妖怪らしいといえば妖怪らしい方針だ。

 そんな放牧環境で育ったいなりであるが、自分は精神が成熟するのがどうやら他の子供よりも早かったらしい。早々と、「やらかしたら自己責任」ということを悟った。そのためか、普通ならば非行少女あるいは我儘娘わがままむすめに育ちそうなところ、紙一重で良識ある一般人に育った。

 だからこそ、いなりが火遊びレベルの時間帯に帰宅することはあまりにも珍しい事態なのだ。さすがに何か聞いてくるかと思っていたが、考えすぎだったようである。

 いなりがもう出発しようと居間から出ようとしたときである。


「いなり」


 みずめがいなりを呼び止めた。 

 少しどきりとして、いなりは振り返った。


よろしく言っておいて頂戴。」


 そう言って、みずめは微笑をたたえながら人差し指を口元にあてた。


(はてさて・・・) 


 みずめは一体どこまで知っているのだろう。

 いなりは「分かりました。」と答えるほかなかった。




◆◇◆




 電車を乗り継いで目的地を目指すこと小一時間。到着したのは、名だたる大企業が立ち並ぶオフィス街に加えて、国会議事堂、霞が関官庁街などの国家中枢が出揃う東京の中心部・千代田区。

 そして、いなりの目の前には日本のドラマやアニメではおなじみの地上18階建てのビルがある。そう、警視庁である―――。


「もう二度と来ねえと思ってたはずなんだけどなぁ。」


 愁は苦々し気にその鉄のはこを見上げる。隣にいるいなりとて、同じ気分だった。


「ほう、えらいでかい建物やな。」

「改めて見るとな・・・。」

「そういえば、お二人はあの時はいらっしゃいませんでしたね。」

「期待しねえほうがいいぞー。ただ精神が削られるだけだから。」


 警視庁の前にいるのは、いなりだけではない。愁と八重、北斗もいる。三人ともいなりと同様、制服姿である。

 ここにこの面子めんつが集まったのは、もう言うまでもない。

  


 昨夜の事件の、後始末である。



「ほんじゃ、行くとしますか。」


 ロビーに入るなり、四人は見慣れた小柄な男に捕まった。虎徹である。

 待ち受けていたようで、素早く彼は四人にICカードを渡した。どうやら、一般来場者と関係者を区別するためのものであるらしい。いなりは陰陽寮が日本警察に所属していることを再認識した。

 実態が隠されているとはいえ、陰陽寮は純然たる警察の一組織。前回は転移術によって、学校から陰陽寮の入っている場所までドア・トゥー・ドアだったわけであるが、本来ならば建物に入るのにも正式な手続きを踏まなければならない。陰陽師だの妖怪だのと非日常的な存在たる自分たちが、人間の日常の世界に組み込まれていることを、改めていなりはしみじみと思うのであった。

 四人は、いなりたちが前に来たときとは別の部屋に通された。大きな円卓と椅子、そして部屋の奥にスクリーンが用意されているだけの非常にシンプルな部屋である。

 すでに部屋には先客たちが待ち受けていた。入口からみて右側に黒羽が、そして二つ席を空けて蔵之介が座っている。蔵之介の後ろには護衛なのだろう、三吉の姿があった。そして、一番奥には、あの陰陽師―――土御門晴の姿があった。晴の後ろには刀岐が立っている。空いた左側には初めてみる者たちが数名座っている。彼らはみな人間であることからして、彼らも刀岐や虎徹と同様、陰陽師なのだろう。今にも何か重大な会議が始まりそうなほど、部屋は緊張感をはらんでいた。

 ・・・というのは、見た目だけだ。黒羽は四人をみつけるなり、こちらに向かってひらひらと手を振ってくる。それに気が付いたのか、蔵之介が少し遅れてぺこりと頭を下げる。三吉も気づき、顔を合わせるなりにかっと笑ってくれた。

 さすが年代物の大妖怪達というべきか、敵の懐だろうとなんだろうと自然体である。通常運転すぎて逆に薄気味悪い。

 しかし、この緊張感をはらんだ空間で、「やっほー」と手を振り返せるような肝っ玉は、若輩者の自分はあいにく持ち合わせていない。いなりは蔵之介には頭を下げ返し、黒羽はとりあえず無視をした。

 虎徹は部屋に入るなり、さっさと晴の後ろに行ってしまった。ということは、好きな席に座れということなのだろう。それに甘えて、いなりは晴の正面を避けて黒羽の隣へ向かう。それに従って、愁、北斗、八重がそれぞれ順番に着席した。

 円卓といえばアーサー王物語であるが、こんないびつな形で卓を囲んでいたら対等もへったくれもない。たいして意味があるわけではないが、いなりはふとそんなことを思った。

 席に座ってから、いなりはちらりと黒羽の後ろを見る。

 彼の後ろには、いなりとは面識のない、ふたりの妖怪が立っている。おそらく、よく黒羽が言っている“部下”なのだろう。こうして如何にも従者らしき者を連れているところを見ると、黒羽が本当に四大妖怪であるということがようやく実感できる。

向かって右にいるのが、 背の高い初老の男。見た目といい雰囲気といい、執事という肩書きが擬人化したような男である。そして反対の左にいるのが、いなりたちとそう年齢の変わらなそうな見た目の少女である。だが、温かみを一切削ぎ落としたような瞳が、彼女を格のある妖怪たらしめていた。恰好はといえば、薄紫色の髪を横で結い上げ、スカートの丈が膝下のメイド服を着ている。いなりはつい昨日の黒歴史を思い出しかけたが、彼女はその衣装を、まるでそうあることが必然であるかのように違和感なく着こなしている。

ふたりとも、置物のように微動だにせず立っている。三吉ですらずいぶん砕けた様子でいるのに、この妖怪たちは息をしている気配すらない。黒羽が部下として抱え込むだけの実力の持主・・・ということなのだろう。

 部屋に集った者の顔をひとしきり見てから、いなりはようやく椅子に深く腰をつけた。


「さてと。関係者の顔もそろったわけだし、とりあえず現段階の状況説明から始めてもらおうか。」

 

 おもむろに黒羽が陰陽師たち―――晴の方を向きながら口を開いた。

 

「じゃ、後はよろしくテツ。」

「え、俺っすか!?」

 

 急に説明役をふられて思考が追いつかなかったらしい。しばしの沈黙ののち、虎徹は仰天して晴を見る。

 すると、晴はいかにもいやそうに眉間にしわをよせていた。


「だってー、私状況説明なんて面倒くさいことやりたくないし。」


 ぬけぬけとそんなことをいう最高責任者。

 こんなのが上に立っていていいのか、陰陽寮と突っ込みたくなる。

 本当にこんな男に対して自分はあんなに拒否感を抱いたのかと、いなりは自分の警戒心を疑わざるをえない。


「はあ・・・分かりましたよ。」


 虎徹は抗議することを早々とあきらめたようだ。

 椅子にみたれかかっている晴にジト目を送りながら、虎徹は手元の資料をめくり始めた。


「・・・では、陰陽頭おんみょうのかみ・土御門晴に変わって俺の方から説明をさせていただきます。言わずともすでにお分かりでしょうが、本日皆様にお集まりいただいたのは、東京を中心として起こった一連の仮想怨霊騒動についての事後報告および情報共有のためです。何かあれば、遠慮なくこの場で発言してください。」


 虎徹が卓の上にあったリモコンのようなものを操作すると、スクリーンに数枚の画像が映し出される。

 

「昨夜の十月七日午後七時、自治地域・吉原で爆発が起きました。その後、スカイツリーを中心とした半径二キロにかけて仮想怨霊が出現。この仮想怨霊は従来の暴徒事件のものとは異なり、 そして、十月八日午前一時半に元凶たる渾沌の消滅を確認。以上が、今回の一連の事件の騒動のあらましです。人間界では通称・<不知火しらぬい事件>と呼ばれています。」


 どうやらあの事件の炎はしっかりと人間の目に残滓として映ってしまったらしく、怪奇事件となってしまった。

 不知火とは、本来は九州の沿岸地域でみられる光の異常屈折現象のことを指す。今回の騒動がこの名前を関するのは、不審火による爆発という意味をこめての、“不知火知られざる火”なのだろう。


「警察の方では落雷の影響による発電所の爆発と表向き処理をしていますが、いずれ原因不明の怪奇現象あたりになって収まると予想されます。」


 いなりはちらりと黒羽を見やる。

 いなりと戦闘していた時点で、渾沌はすでにスカイツリーの電波送信システムの乗っ取りをすませていた。しかし、それでも仮想怨霊がばらまかれなかったのは、黒羽が電力供給を(力づくで)阻止したおかげであったのだと、いなりは後に八重から聞いた。

 おそらく、最初から黒羽は間に合わないと分かっていた。そのため、仮想怨霊の討伐ではなく、真っ先に電力を止めに行ったのだろう。そのうえ、発電所を爆破させたおかげで表向きの言い訳の証拠づくりにも一役買っていることとなる。

 

(一体どこまで狙ってやったことなのやら。)


 話がひと段落ついたところで、誰かの手が挙がった。

 蔵之介である。


「よいですかな?」

「どうぞ。」

「今回の集まり、地獄太夫の姿を見ないのですが、どうされたのでしょうかな。」

 

 「そういえば」と愁がこぼす。

 確かに、この場にはあの麗しの花魁の姿はない。


「被害にあった吉原は現在復旧活動中で手が離せないらしく、代表者として女郎蜘蛛・織星を今回の会議に呼ぶことはできませんでした。なお、確認できる限り復旧活動は順調に進んでいるようでして、結界の方も修復済みです。もう数週間もすれば営業も再開できると見込まれます。」


 それを聞いて、いなりは胸をなでおろした。

 吉原はみずめによって造られた街だ。それはずっと昔の話であって、何か関係があるのかと言われれば、全くもってない。それでも、ほんの短い間の交流ではあったが、かつてみずめと交流のあった者たちと出会って、どこか思うところはある。

 みずめからの言伝を伝えるためにも、この会議が終わった後に顔を見せにいくのもいいかもしれないと、いなりは考えた。


「浅草寺殿、よろしいでしょうか。」

「ええ、ありがとうございます。」 

 

 蔵之介は満足そうにうなづいた。

 

「じゃあ、こっからは本題に入る。」


 それまで淡々と説明をしていた虎徹の顔色がはっきりと変わった。

 丁寧だった口調は常に聞くようなぶっきらぼうなものになり、目つきが鋭くなる。


「もうここにいる連中はわかってると思うが―――主犯はこの男。」


 モニターに一枚の写真が写される。画像の粗さからして、監視カメラの映像のワンカットであるようだ。

 映像が現れるなり、緊張感が空間をさらに引き締める。


「渾沌だ。」


 白ずくめのスーツを着た、ひとりの男。その顔には仮面がはめられているが、いなりはその下に隠されているおぞましい顔を思い浮かべ、思わず拳を握りしめた。

 

「ちょっと、いいか?」


 そんな時である。虎徹を遮って愁が声を挙げた。


「あ?どうした。」

「さっきから渾沌とか四凶とかほいほい名前出てくるんだけどよ、いまいちピンとこねーんだが・・・。何なのそいつら?」


 愁が言い終えるなり、黒羽が噴き出した。

 黒羽だけではない。八重は机の上に突っ伏して必死に笑うのをこらえており、北斗は遠い目をしている。

 

「はあ?知らねえのか?」


 虎徹は何か見てはいけないものを見てしまったような顔をして、愁に問う。


「知らねえよ。そもそも逆にそれ常識なのか?」

「いや、お前・・・妖怪だろ。」

「おう。」

「同類じゃねえか。」

「じゃあ人間サマは歴代アメリカ大統領全員言えるのかよ。妖怪ならバケモノの名前全部知ってるって思ってんじゃねえぞコラ。」

 

 黒羽は今にももだえ死にしそうである。

 逆にキレてたとえにもならないことを口走る愁を、いなりはいったん頭をはたいて黙らせる。

 蔵之介といい三吉といい、頼むから憐れむような眼を向けないでほしい。


「あっはっはっはっは!!」


 愁による爆弾発言の投下から時間差で、晴が突然弾けるように笑いだした。

 その大爆笑っぷりに、愁に向けられていた視線が一斉に晴の方へ移る。


「はー、笑った笑った。その発想はなかったなぁ。虎徹、確かにこの子の言う通りだよ。」


 「君、面白いね。」と言って、晴は机に身を乗り出す。

 さっきまでの無気力な態度とは打って変わり、まるで面白い玩具おもちゃを見つけた子供のような表情をしている。たいして愁はうへぇと顔をしかめる。男に興味を持たれたところで

 

「中国の伝説にはね、四凶しきょうっていう四柱の悪神がいるんだ。その四柱は古代中国の舜帝しゅんていに、中原の四方に流された。彼らは追放されるまで、破壊の限りを尽くしたと伝えられている。そして、その四柱のうち二柱が今回問題になっている混沌カオスと怠惰を司る渾沌、貪食と貪欲を司る饕餮だ。」


 晴の説明を聞きながら、愁はほうほうと頭を上下させる。


「ってことは、渾沌と饕餮はそもそも仲間だったってことか?」

「んー、仲間かって言われるとちょっと違うかな。」


 晴はくんだ手の上に顎をのせながら愁と目を合わせる。


「渾沌の目的は、おそらく神巫の確保だよ。」

「仮想怨霊をばらまくことじゃなくてか?」


(そういえば、“あぶり出し”と言っていたか・・・。)


 いなりは、渾沌が語っていたことを思い出した。

 

「神巫の所在だけは把握していたけれど、情報が不十分だったから、その特定に仮想怨霊を利用したんだ。やり方は単純。まずは仮想怨霊をばらまく。そうすると、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる理論でいつか神巫に仮想怨霊が取りつくんだ。仮想怨霊は渾沌の生み出した術なわけだから、たぶんある程度の意思操作はできたはずだよ。そうすると、神巫の操り人形の一丁上がりというわけだ。」


 渾沌が話していた“あぶり出し”というのは、こういうことだったのだ。

 そうすると、都内の全高校に仮想怨霊がばらまかれた理由がうなづける。渾沌はおそらく、〈東京都の高校生〉というところまで情報をつかんでいたのだろう。しかし、その試みは失敗。今回の吉原爆破ならびにスカイツリー電波乗っ取りにまで発展したというわけだ。


「ちょっと待て、そもそもどうやってヤツは北斗の居場所をつかんだんだよ?」

「それが饕酔会やったんやあらへんのか。」


 愁の疑問に答えたのは八重だった。


「そう。ここでつながるのが横濱の妖怪売買オークションだ。」


 晴は八重の言葉にうなづいた。


「ただ、厄介なのは饕酔会はあくまで妖怪を海外で密売すること目的のマフィアで、神巫自体はただの商品金になるものとしてしか見ていなかったってことだ。」

「つまり、神巫はたまたま捕まえたSSR級の商品やったわけで、神獣自体を利用しようとは全く思てへんかったってことか。」

「そういうこと。」


 八重の隣で北斗が気まずそうな顔をする。さっきから商品だのSSRだの言われ、いい気がするはずがない。

 北斗の背後から、若干威圧する妖気オーラが漏れ出している。カンのいい八重はすぐにそれに気が付いた。「すまんすまん。」と笑いながら彼の影の中の狛狗たちに謝罪している。


「だから、饕酔会と渾沌のつながりは全くない。どちらかというと渾沌が饕酔会を利用したっていうといいかな。ただし、厄介なことにつながり自体はあったって考えるのが妥当かな。」

「は?」


 いよいよ混乱してきたのか愁の頭上の?マークが次から次へと浮かぶ。


「おーい黒羽くん、そーでしょ?」


 晴は黒羽に呼びかける。

 すると、「ちっ」と舌打ちをする声が聞こえた。虎徹が黒羽をにらみつけるが、黒羽はまったく悪びれない。晴に対して、いっそ清々しいまでの嫌悪感を示しながら黒羽は口を開いた。


「ご明察の通り、饕酔会の顧客リストや配下の身辺調査リストとかざっと目を通したけど、渾沌や、彼が設立した宗教団体・隠神の会に関わる情報は一切なかったよー。」


 裏八坂祭の後に黒羽から、饕酔会を潰したと、蚊を潰したのと同じようなノリで言われたのを思い出した。ちょうどその時の組織内部の機密情報を確保していたのだろう。


「ただし、両者にかかわっていて、二つの組織を間接的に結びつけているのが塵灰組だ。塵灰組は饕酔会を日本に招きこんだ直接的な要因だし、その上、渾沌とつるんで宗教団体の金を吸い上げてる。このあたりは浅草組が確認を取ってある。だよね?蔵之介。」

「おっしゃりとおりですぞ。」

「だからね、別に饕餮が意識的に渾沌に流したわけじゃないんだ。狂った鼠がおどった結果さー。」


 黒羽がやれやれと首をふり、ふうむと蔵之介がうなる。


「で、饕餮と渾沌がどうつながってるのかというと・・・ここからは僕の推測になっちゃうから、はっきりとは言えないな。ねえいなり、どう思う?」

「え、私ですか?」


 急に黒羽に話を振られ、いなりは思わず聞き返す。

 

「いなりは渾沌と実際に対面して話をしてるからねー。ちゃんと確認をとっていない僕よりも、情報を持っているひとから話を聞いた方が確実だからさー。」


 確かに、自分は渾沌と会話をしているため、仮想怨霊があぶり出しであったことはすでにその時に本人の口からきいていた。

 しかし、饕餮と渾沌の関係については正直わからない。その場にいたのが自分ではなく、黒羽であればもっと多くの情報を引き出せていたかもしれないが、後悔しても無駄である。


(なら、自分は聞いたことに基づいて客観的に述べるしかない。)


「渾沌は、自分の目的が“神”の復活であると言っていました。両者に何かしらの関係があるとすれば、この“神”という存在だと思われます。」


 そして、それが意味することは―――


 黒羽は、いなりの言葉を聞くなり十分だとばかりにうなづいた。


「渾沌よりもさらに上の存在・・・つまり、それを操っているさらなる元凶がいるってことだね。」

 



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