文化祭 それから
「っち、これだからあの人は・・・。もう少し部下の言うこと聞けっつーの。」
晴を捕まえそこね、虎徹が舌打ちをうって、さらに恨み言を
「いちいち
どうどうと虎徹を刀岐がなだめるが、虎徹はぎりぎりと歯ぎしりをしている。
そんなことを陰陽師二人組がしている間に、いなりは家鳴達の安否を確認しようと目を周囲にめぐらす。彼等の意識が別の方に向いてるうちに、彼等を安全な所へ逃がしておきたかった。
すると、その様子に気が付いた八重がすぐにいなりに耳うちをしてきた。
「安心しい。横を見なはれ。」
言われて右の隅を向くと、愁が家鳴達を胸に抱える恰好で身構えていた。そばには、陽光と影月を従えた北斗の姿もある。
無事で良かったと、いなりは胸をなでおろした。
「さてと、まあこういうわけだからさー、今日のとこは見逃してくんないー?僕の方からもあの子達にはよくよく注意をしておくよー。」
黒羽がくるりと振り返り、虎徹の方へ向き直る。
両者の間を張り詰めた空気が流れた。しかし、いぜん黒羽は
「それでも君が強行するというのなら、僕も少し考えないといけないかなー。」
虎徹は銃を手にしたままだ。
黒羽のことをじっと見据え、出方を
しばしのにらみ合い。
しかし、虎徹は黒羽の心中を推し量りかねたのか、やがて銃をホルダーにおさめた。
「今回は晴さんに免じて引き下がってやる。」
虎徹から漏れ出ていた霊力が徐々におさまる。口だけでなく、確かに戦闘の意思はもうないようだ。
それを目認して安心したのか、愁はほっと息をつき、ずるずると体育館の壁にもたれかかる。また、虎徹の脇ではなぜか刀岐まで安堵の息を
「だが、次はねえぞ。」
しかし、続く虎徹の鋭い戒めの言葉に家鳴達が愁の腕の中で肩をすくめた。そして、こくこくと赤べコよろしく首を上下に振っている。
「はいはい、そのへんにしてやって。家鳴だって反省してるだろ。」
刀岐にたしなめられ、虎徹は不満そうに彼のことを見上げる。刀岐はそんなことをとくに気にも止めず、胸ポケットから煙草を取り出し、口に一本加えた。
「刀岐さん、あなたは甘いんです。ちゃんと釘刺しておかねえと、こういう危なっかしい連中がまたやらかすかもしれないんすよ。」
「その時は今度こそ、お前が煮るなり焼くなり撃つなり好きにすればいいだろ。今日はこれで
「分かってるっすけど・・・」
刀岐にたしなめられ、それ以上虎徹は何も言わなかった。
「だー!わかりましたよ!」
はんば吐き捨てるように言い放ち、虎徹は懐から何かを取り出した。新しい
虎徹は機関拳銃の
「じゃあ、俺は先に次の現場行きます。刀岐さんもすぐに行ってくださいよ。」
「へいへい、一服してから行くって。」
刀岐が、ひらひらと手を振るのを見て、虎徹は引き金をひく。発射音がすると同時に、床にぼんやりとした青白い光を放つ幾何学文様が浮かび上がった。つい先日、いなり達を陰陽寮に導いた、あの転送術である。そういえば、あの時も彼は銃によって術式を展開していた。
虎徹がその紋様に足を踏み入れると、紋様が強く、発光し始める。その光に飲まれるように虎徹の姿は消えてしまった。
それを見届けてから、刀岐が申し訳なさそうに頭をかきながら煙草を手に取った。
「無駄に怖がらせちまって悪いねえ。テツだって別に悪い奴じゃねえんだよ。」
しかし、刀岐には悪いがそれには理解しかねる。以前や先程までの態度からして、虎徹からは決して、いい奴の印象は受けない。どちらかというと、彼は相当、いや、かなりの妖怪嫌いのようである。
いなりの考えていることを見越してか、刀岐は苦々し気に口元をゆがめた。
「そう思っちまうのも分からんくはねえよ。ちっとばかし、
「だからって銃をいきなり向けるかよ・・・。」と愁が独りごちる。それに同意して、家鳴達がうんうんと、仲良くうなづいている。
その声は刀岐の耳にも届いていたようで、何も言わずに、困った表情を浮かべていた。ただ、その様子は、責められて困惑しているのではなく、言うか言うまいか迷っている、というかんじであり、何か
「ま、そんなわけだ。」
刀岐が咥えている煙草は、まだ半分以上残っている。にもかかわらず、彼はそれを床に放り捨てて、踏み消す。煙草の残っている部分がひしゃげ、中のくすんだ
「俺もうそろそろ次のとこ行かねえとな。」
「次?っつーことは、もしかして他の場所でも
刀岐の言葉にピクリと反応し、八重が鋭く切り返す。それに、ぎくりと刀岐の動きがわずかに止まった。それは本当にわずかな挙動であったが、
「さっきからあんたらの会話が引っかかってしゃあなかったんよ。情報開示なんちゃら権やっけか?そんな権利が確かあったでなあ、お
額に汗を浮かべた刀岐は、慌ててスーツに手を突っ込む。恐らく、虎徹が先ほど使用した術式と同じ、転送術を使うつもりだ。
しかし、それをさせまいと、いなりの後ろから八重が飛び出す。それからはあっという間だった。一瞬にして槍を器用にさばき、刀岐の手の中の拳銃を絡めとる。宙に飛んだ拳銃は、八重の手の中にすっぽりと収まった。
「勿論、教えてくれるんやろうな?」
極上の笑みを浮かべて、八重が刀岐の顔を覗き込む。美女に真正面から迫られて赤面しない男はいないはずだが、反対に、刀岐の顔は青ざめていた。「やっべ」と言う声には狼狽の色を隠せない。が、後の祭りである。
刀岐はこれ以上悪あがきができないのを悟ると、がしがしと乱暴に髪をかいて、はーっと大きくため息を吐いた。
「今日の午後十二時。東京23区内の高校という高校でいっせいにこの騒ぎが起きたんだよ。」
その驚くべき内容に、いなりは
勿論驚いたのはいなりだけでない。八重、愁、北斗の三人は、それぞれの
「これ以上は口が裂けても言えねえからな!!そういうわけだから、俺はもう行くかんな!」
刀岐は八重の手から拳銃を素早く奪い取る。
八重もそれ以上は刀岐を引き止めようとはしなかった。しかし、刀岐が引き金をひくその直前に、「待て」と誰かが制した。
「最後に一ついいか。」
その声の主は、北斗だった。
「ここから消えた生徒や教員は無事なのか?」
不安げな顔で、そう尋ねる北斗を刀岐は見て、驚いたように目を見張った。そして、ふっと口元を緩める。
「それなら心配する必要ねーよ。記憶を消されて校舎の中にでも転送されてるはずだぜ?それに、ここらに転がっている
「ついでに、結界も消しとくぜ。」と言って、刀岐が拳銃を一発天井に向けて放つ。
すると、パキンと、薄氷が割れたような音がして、全身に付けられていた重りがなくなったように体が軽くなる。妖力が再び使えるようになったのだ。その証拠に、いなり以外の三人の姿が人間のものに戻っている。
刀岐は拳銃を再び床に向けた。
「人間の事を心配するなんて、お前は随分
「いや、俺は」
しかし、北斗が言い終える前に、刀岐は術によって既に空間をとびこえてしまっていた。
◇◆◇
「言われてみれば、さっきまで張ってあった結界って、人間以外を外に出す結界だよな?なんで北斗がここにいることができるんだ?」
「狛犬と一緒にいるけど、お前自体は妖怪じゃねえだろ。」と、愁が不思議そうに北斗を見る。
しかし、言われた北斗だって分からない。困惑して固まっている。陽光と影月が『主は妖怪ではありません!』とかなんとか声をかけているが、フォローになっていない。
「そういやお前たしか神巫だっけか?神巫って要するに半分神獣みたいなもんやん。人間以外をはじき出すんなら、そら神巫もはじかれるはずやで。」
なるほど、と愁がぽんと手を打つ。
一方の北斗は複雑そうな顔をしている。そりゃそうである。半分人間じゃないと言われて嬉しくなるような人はいないだろう。
「ただ、さっきの陰陽師は神獣の霊力があいつらには妖力みとう感じたんちゃうんか?実際全然ちゃうけど、人間からしてみたらどっちも同じようなもんやし。」
「そんな陰陽師って適当なのか?」
「そんなもんやろ。うちらだって、視える人間と視えない人間の区別がでけへんやん?」
八重の意見はもっともだった。
確かにそう考えると、神獣の霊力を妖力だと刀岐だけでなく、虎徹も同じ勘違いをしていても不思議ではない。なにしろ、今の北斗は麒麟の霊力が垂れ流しになっている状態だ。下手すればいなりや愁よりも強い
(それにしても、だ・・・。)
北斗がどうのこうのというのはさておき。いなりの頭は刀岐が言い残していった
理性を失った人間が、同じ人間に襲い掛かっている光景には戦慄した。妖怪同士の争いと、これは全く似て非なるものだ。餓鬼道で食物を求めて、這いずりまわる餓鬼のようで、まるで、飢えた獣を野に放ったようであった。
都内23区だけで、高校はたしか300校近くあったはずだ。仮想怨霊騒動が、300か所以上で同時に起きたというのか。想像しただけでも、背筋が凍る。
「急に激化しましたよね。」
いなりは黒羽に話しかける。すると、それに同調するように黒羽がうなづいた。
「そうだねー。いずれこうなるだろうとは思っていたけど、どうも展開が早い気がする。」
連続的に発生していた暴漢事件の裏には、誰かしらの手引きがある可能性が高いという。だが、ここまでくると、もはや一種のテロ行為だ。ただのオカルトマニアの愉快犯なんかの犯行ではない。むしろ、もっと大きな悪意が潜んでいるような気がしてならない。
「僕もあれ以来、色々警戒はしてきたつもりだけど、これは完全に後手に回っちゃったぽいねー。まあ、それは陰陽寮の連中も同じで、だからあの男もこっちに顔出しに来たんだろうけど・・・」
黒羽が口元に手をやって腕を組む。
その様子を見て、愁がはっとして黒羽の方を見る。
「そういや黒羽、あの男ってのは一体何者なんだ。」
「うん?気になるかい?」
くるりとこちらを振り向いた黒羽は、真考え込んでいたのから一転、いつもと変わらぬ笑みを浮かべた表情で愁の方を向く。
「そりゃそうだろ。なんかお前、おかしいし。」
「おかしい?」
「おう。」
愁に真面目な顔で断言され、黒羽はきょとんとする。それは、彼が何重にも重ねていた仮面が、思わぬ相手に全て剥ぎ取られてしまったことを驚くようだった。
いなりにも、黒羽の様子がいつもと違うことは分かった。
いや、確かに黒羽はいつもしらじらしい。何を考えているのか腹の底が全く読めないし、大抵はとぼけて本音など話さない。そして、普段の黒羽なら、その本音を隠していることすら人に悟らせない。だから、いなりは彼が巡らす謀についてこれっぽちも知ることができない。
しかし、今の黒羽は違う。隠しているということが、ばればれなのだ。何重にも重ねた仮面を、一つ二つ忘れてしまったような、普段の彼なら絶対にしないミスである。
「晴だっけか?お前の昔の知り合いなの?」
愁はじっと、黒羽の顔を見つめている。
「まあね。」
黒羽は、そんな自分自身に呆れたとでも言うように、肩を
「土御門晴は、安倍晴明の転生者さ。」
「転生者やと?そないなこと、ほんまに現実で起こるんか?」
「信じられへん」と、思わず声に出してしまったようで、八重は驚愕で目を見開く。
「ああ。輪廻転生って言ってね、人間の中にもごく稀に、1回死んだくらいじゃ終わらないしぶとい奴はいるものさ。」
「あの男のようにね。」という黒羽の声には、呆れの他に、憎しみも混じった複雑な感情がこもっている。
「そうか。」
しかし、黒羽の話を熱心に聞いていると思いきや、相槌をひとつうつと、愁は黒羽から目を放した。
驚いたのは黒羽の方である。
「え、それだけかい?」
あまりにもあっさりとした愁の返しに、黒羽が尋ね返す。
「もっと詳しく聞いてくるかと思っていたから愁にわかりやすく説明するために色々と考えていたんだけどなー」と、口ではからかってはいるが、明らかにその声音には愁の予想外の態度に対しての驚きを隠しきれていない。これには、いなりも驚いた。
「なんだよ。別にあいつとお前がどんな関係だったか俺は知らねえし、知ったとこでよく分かんねえからさ。これ以上聞いたって無駄だろ?それに、黒羽だってあんま話したくなさそうだしな。誰だって、踏み込まれたくないことの一つや二つくらいあるだろ。」
しかし、逆に何か変なのかとでも言いたげな様子で、愁は首を傾げている。
そういえば、愁は鈍いようでいて、意外と他人の感情に対して聡い。不器用な気遣いではあるが、妙に核心をついてくるのである。
いなりは以前、北斗の家で勉強会を開いた時、彼の家庭事情に愁が思わず足を踏み込んでしまい、お通夜状態になったことを思い出した。あの時北斗は口では気にしてはいないと言っていたが、それでも心のどこかでは思う所があったはずである。北斗自身でも気が付いていない彼の心理に、愁は気が付いていたのだ。
「晴ってやつと何が昔あったのかは、お前が話したくなってからでもいいんじゃね?」
言われて、黒羽は呆然とする。
愁に「なあ?」と聞かれ、いなりと北斗もうなづいた。これには、うなづくしかない。確かに気になることではあるが、せっかくの愁の気遣いをここで無下にはしたくないのだ。八重は不満そうであるが、空気を読んで、何も言わないでくれている。
それを見て、黒羽はふっと声をあげて噴き出した。
「あははっ!君も随分上から言うようになったねー。僕って、これでも四大妖怪のひとりだよー?その僕に物申すとは、なかなか度胸があるじゃないか。」
「お前何今更自分の権力持ち出してんだ!」
焦って愁が身構えるが、黒羽はその肩をばしんと叩く。
「冗談さー。別に今更僕のことを崇めたてまつれなんて言わないしねー。」
「ほんとだよ。んなこと言いだしたら俺らまとめてあの世に送られてるわ。」
「あはは、言えてるー。」
そんなことをいいあいながら、愁と黒羽は仔犬のようにじゃれあっていた。いなりはそんな二人の様子を微笑ましく眺める。
血は争えないというべきか、その様子はまるで、裏八坂祭りで見た夜叉と黒羽が会話している光景とよく似ている。愁のことをよく黒羽はからかうが、なんだかんだ言って、あの二人はよく気が合うのである。
今の黒羽は憑き物が落ちたように、すっきりとした顔をしている。愁はいい意味でも悪い意味でも、清涼剤なのだ。
「まあ、それはいいとして・・・・・僕も約束した身だからねー。」
そう言うなり、突然会話を切り上げ、ずんずんと黒羽がいなりめがけて近づいてくる。
しかも、何か妙な圧を感じる。笑顔のままなので、より一層だ。
(もしや怒っているのか?)
助けを求めようと周りを見るが、誰も手を差し伸べてくれない。北斗は手をあわせており、頼みの綱である八重ですら、しらーっと事の成り行きを見ている。ダメ元で愁の方をみるが、あわあわと口を抑えているだけで全く役に立ちそうにない。
これは、結構まずいのではないか?
気が付くと、既に黒羽は目の前である。
変な影が彼の顔にさしており、何か効果音でもついてきそうな勢いだ。
いなりの顔の真ん前に来ると、黒羽は手を伸ばす。
反射的に、いなりは身構えてぐっと、目をつむった。
同時に、ビシッという音がして額の中央に鋭い、だがそこまででもない痛みが走った。
どうやら、額を指で弾かれたようである。お灸をすえるには随分やさしいものではないか。
いなりが額を抑えて呆然としていると、黒羽はふっと、口元を緩めた。
「いなり、君は自分の立場をもう少し意識した方がいい。」
そういわれ、いなりは頭に冷水をかけられたような気がした。
自分が家鳴を守ろうとしたことが絶対に正しいとは思わない。それでも、やはり半妖怪であることを言い訳に自分の行為を指摘されるのは辛いのだ。
だが、押し黙るいなりを見て、黒羽は「違う違う」と笑った。
「それは半妖怪とかどうのじゃなくて、君は自分が思っている以上に、周りのひとから必要とされているっていう意味でね。」
「ほら。」と言われ黒羽がいなりの後ろを指さす。いなりが後ろを振り返ろうとすると、その前に何かが覆いかぶさってきた。八重である。
「ほんまやでー!!もう少し自分の身を大切にした方がええで!?これでいなりになんかあったら、うちは容赦のうあいつ等ぶっ殺しとったで!?」
八重はいなりをぎゅうぎゅう抱きしめながら、良かったーと何度も、何度も言う。その言葉は、心の底からの八重の思いのように感じた。
「ほら、こういうひとがいるからね?」
確かに、黒羽の言う通りである。八重のぶっ殺すというのは、本当にシャレにならない。自惚れるわけではないが、もし自分が殺されたら最低でも日本沈没を試みようとする妖怪は八重の他に、あと一柱知っている。それも、過去に“未遂”をした者だ。
「それに、結果的にあの男に借りを作ったはめになったし。全く、最悪だよ。」
八重の少々力のこもりすぎている
「さて、お仕置きはこれでいいとして。」
一拍おいて、黒羽が目を弓なりに細める。
それは、いつもと同じ、何か企んでいる時の彼の顔である。
「文化祭もこんなんなっちゃったし、ちょっとこれから遊びに行こうか?」
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