文化祭 5

 かつて、陰陽師は札や祝詞のりと言霊ことだまいんなどを利用して、陰陽術と呼ばれる術式を用いて妖怪に対抗し、討伐してきた。しかし、時代をるに従い、術の道具は多様化。それによって、高度かつ、術の構築速度の速いものが重視されるようになった。

虎徹の所持する愛銃・小型短機関銃マシンピストルおよびロケット弾発射器には、彼の術を構築するための言霊ことだまが直接刻み込まれている。そのため、銃弾に彼の陰陽術をのせて射出と同時に発動することができる。


「オラオラァ!とっととくたばれ仮想怨霊共!」


 そして、その当の本人はというと、耳を塞いでいても分かるほどの連続発砲音を響かせながら、体育館内を駆けまわっていた。


「あのチビ陰陽師やったのか!?なんちゅう滅茶苦茶な祓い方しやがる・・・!」

「おい誰だ今チビっつった奴!!まとめて除霊すっぞ!!」


 ドォンという音がしてロケット弾が放たれ、爆風が空間内で暴れまわる。その間も虎徹は足を止めない。

 耳を抑えながらいなりは顔を少しだけ出し、虎徹の動きを注意深く観察した。

 虎徹はロケット弾発射器を投げ捨てると、背中に手をやって、もう一丁の、型の異なる小型短機関銃を手にする。そして、巻き上げられた暴徒を次々と正確に打ち落としていく。そのたびに黒い霧のような物体が暴徒の体からむわりと浮かび上がった。虎徹は容赦なくその霧にも弾丸を打ち込んでいく。撃ち抜かれた暴徒は次々と床に伏し、動かなくなった。


「おい大丈夫かよあいつ!?仮想怨霊討伐しに来たんじゃなくて学校破壊しに来たの間違いじゃねーのか!!?」 

「おーおー、派手にやってんねえ、テツ。」


 愁の悲鳴まがいの叫びにこたえるかのように、もう一人の影が爆煙の中から姿を現した。


「心配いらねえよ。俺らの使う金属は特殊な加工がしてあってな、妖怪や仮想怨霊の本体にしか弾は当たらねえし、人間に対しちゃ殺傷能力を持たねえ。」


とくに、あいつの術式は便利なもんでね。

 そう言って、ポケットに手を突っ込みながら現れたのは、虎徹とともに居た男。たしか、刀岐恭介とか名乗っていたか。


「よお。少年少女共よ、息災そくさいかぁ?」

 

 戦場とも言えるようなこの場にそぐわない軽い調子で挨拶を交わす刀岐。手には布に包まれた細長い棒のようなものを携えていた。

 煙草を空いている方のもう一方の手に取ると、刀岐はうっそりとした笑みを浮かべる。


「ま、逆に言えばお前さん達は当たったらお陀仏だぶつってわけさ。死にたくなかったらそのまま大人しく陰で待機してることをおすすめするよ。」


 そういって、刀岐は煙草を地面に放り捨て、くすぶるる火を踏み消した。


「ひいふうみい・・・・・どんだけ大量発生してんだよ。これじゃあ俺まで働かなきゃダメじゃねーか。」


 刀岐は携えていた棒にかかっていた布を取り去る。

 細袋の中から現れたのは、一振りの日本刀だ。しかし、愁の護身刀とは見た目が異なり、細身で、黒い刀身をしている。


「ったく、俺はテツみたく器用に出来ねえからな、多少は我慢してくれよ。」


 刀岐はさやをその場に投げ捨て、無造作にそれを振るった。

 その瞬間、彼に襲いかかろうとしていた暴徒達が、いっせいに崩れ落ちる。血しぶきはあがらず、その変わりに黒い霧のようなものが倒れた暴徒達から霧散した。

 

「刀岐さん、遅いじゃないっすか。」


 虎徹が顔の周りを浮かぶ埃を払いながら、刀岐の後ろからやってきた。

 刀岐は布を拾い上げ、刀を振るって鞘にしまいながら顔をしかめる。


「勘弁してくれよ、俺これでも三校目なんだぜ?」

「俺は五校目っす。」

「おっと、そりゃ悪かった。」

 

 彼の手にはもう銃は握られておらず、それらはホルダーに大人しく収まっている。刀岐もまた、刀身を腰に下げた。

 いなりはそれを見計らい、北斗と共に司会台の裏から出てくる。影月と陽光は二体とも北斗の影の中に隠れる。後ろを見てみると、黒羽達も無事そうなのが確認できた。しかし、慎重に陰陽師達の動向を様子見している。

 いなりは目線を体育館内全体に向けた。

 床には多くの人々が気を失って倒れている。遠目から見た限りはっきりとは分からないが、外傷はなさそうだ。陰陽師である二人が使っていた得物えものは、いかにもテロリストの持つようなものであるが、本当に人間に対しては無効力のようである。


(これが、妖怪を討伐することを生業なりわいとする者達か。)

 

 自分の手が小さく震えていることに、いなりはこの時になるまで気が付かなかった。

 一方で、そんなふうに思われているとは露知らず、虎徹と刀岐は会話を続けている。


「あとそれから、も処理しときますね。」

 

 虎徹が不意に、ホルダーから拳銃を取り出した。彼の目先は、体育館の隅。そこには小さな子鬼達が肩をよせあいながら震えていた。家鳴達である。

 いなりは素早く、家鳴をかばうように前に出た。


「おい、何の真似だ。」

「彼らは被害者です。勝手に彼等の領域テリトリーに侵入してきた仮想怨霊のせいで、パニックにおちいってしまっただけでしょう。」

「人間に害をなした妖怪を見逃せってか?」

「はい。」

 

 虎徹のまと霊力オーラが、大きく乱れる。


「理由なんてどうでもいい。とにかく、その妖怪共は人間を殺そうとした。ただそれだけだ。半妖狐はんようこ、死にたくなかったら退け。」

「お断りします。」


 虎徹の声に怒気がこもる。

 しかし、いなりは譲らない。


彼等ようかい側の言い分も聞かずに殺そうとするとは、いささか理不尽過ぎますよ。」

「つまらねえ偽善者ぶってんならさっさと退け!!!」


 銃口が、額に押し付けられる。だが、いなりはそれでも虎徹から目をそらさなかった。

 いなりは半妖怪であり、自分が妖怪でも、人間でもない中途半端なことはよく理解している。ここで妖怪の肩を持つ必要なんて正直全くない。むしろ、妖怪を守ることは四大妖怪である黒羽や八重の仕事であろう。人間を守ることが役目である陰陽師からしたら、いなりのやっていることはようするに営業妨害である。

 しかし、いなりにだって譲れない一線がある。

 いなりは、ずっと、九尾の狐の娘などという、大きすぎる肩書ネームバリューに悩まされてきた。また、これまでの人生で、幾度いくどとなく自分が人間でないことを実感した。死に対して恐れを感じないし、他人の命に手をかけることすら躊躇ちゅうちょしない。これが、妖怪の感覚というヤツである。幼い頃から他のと自分が違うことに直面してきた。

 だが、いなりがみずめの娘であることを悔いたためしは一度たりとてない。また、妖怪であることを恨んだことはない。それどころか、二人が自分の親であることに対して感謝を感じている。

 いなりは今のみずめが佐助とともに余生を過ごしているように、自分もまた人間のように暮らしたいと思っている。それができると、みずめと佐助が示してくれたからだ。

 妖怪でも、人間でも、普通の穏やかな生活を願うことは当たり前だ。妖怪であることを理由に、人間のような生活を送れない、そんな制約なんて存在しない。平穏を望む気持ちは、どちらも同じなのだ。

 自分が妖怪と人間の間に生まれた、半妖怪という、中途半端な存在であるという境遇は変えられない。だからこそ、いなりはこの境遇から逃げないことを決めた。逃げないために、半端者なりのうすっぺらい信念を軸にこれまで生きてきた。自分の守りたいものを守る。ただ、それだけだ。独善的であるのは百も承知である。実際、これに関して他人の気持ちどうこうは一切考慮していない。いなりの自分勝手な人助け、ないしは妖怪助けである。

 だが、妖怪でも、人間でもないいなりにとって、自分を自分たらしめているのは、その信念である。だから、いなりはその信念をがんとしてまげない。妖怪だろうと、人間だろうと、守るべきだと考えたものは、必ず守る。

 いなりは虎徹を睨み上げる。そして、鼻で嘲笑あざわらう。


「偽善者で結構。撃つならどうぞ。」


 そういえば、愁はたしかこんな自分のことを何と言っていたか。


(向こう見ず、とかだったか。)


 こればっかりは、なおすことのできない悪い性分である。


「いなり、下がれ!!」

「テツ、やめろ!!そいつの母親を忘れたのか!!!」


 虎徹の指が、引き金に掛けられる。

 指に力がこもるのが見るだけでわかった。


「こらこら。ダメじゃないか、テツ。」


 虎徹がまさに引き金をひこうとしたその時、この場にいない、誰かの声がいなりの背後からした。その何者かに肩を叩かれて、いなりは額に当てられていた銃のことなど忘れて、ばっと後ろを振り向く。

 虎徹もまた驚愕の表情をしており、銃をいなりの額からずらしていた。

 

「女の子には優しくしなきゃモテないよ〜。」


 そこには、一人の男がいた。見た目は二十代後半くらいの、若い男である。癖っ毛の、派手な金髪をしている。

 そんなチャラい見た目に反して、いなりはその男が只者ただものではないとすぐに悟った。

 

(この男は、まずい。)

 

 背筋に悪寒が走るのを感じた。声がするまで、いなりは男の気配に全く気が付けなかったのだ。

 心臓が波打ち、自分の心音が耳鳴りのように激しく鼓膜をゆすぶる。

 この男に見覚えなんてない。しかし、なぜか激しい嫌悪を感じた。まるで、自分の本能がこの男を遠ざけようとしているようだ。

 男の透き通るような黄金の瞳が、いなりをじぃっと見つめる。

 吸い込まれるようなその黄金こがね色の瞳に、体の内部まで見透かされるような気がして、いなりは後ろに後ずさる。


「へー、君があの九尾の。」


 九尾。

 確かにそう言った。

 この男は、みずめを知っているのか。

 思わず何か言いかけようとしたが、いなりはその言葉を飲み込んだ。答えてはいけないと、直感が告げたのだ。

 ごくりといなりは息を飲む。そして、もう半歩、男から距離をとる。できることならば、今すぐにでもこの男から離れたい。

 しかし、それを許すまいとでもいうかのように、男はずいっと、さらに身を乗り出してきた。


「本当にそっくりだね。けど、なんか違うんだよなあ、雰囲気っていうの?」

 

 男がいなりに手を伸ばそうとするが、その手は宙をかく。

 いなりの体がぐんと首筋を引っ張られ、頭ごと抱え込まれる。いなりを抱え込んだ者はそのまま後ろに飛び退り、壁に背をつく。

 荒い息づかいとから、その者が八重のものだと気が付き、ほっと息をつくも束の間、いなりは肺から何かが押し上がってくるのを感じた。


「げほっ、げほっ。」


 この時まで、いなりは息をしていなかったのである。

 自分と八重の横を通り過ぎて、ぬっと黒い影がその男の前に出るのが視界の端に映った。ひとしきりむせた後、涙目になりながらその影を追った。 


「久しぶりだね、面倒くさがりの性格は相変わらずかいー?」


 その影は、黒羽であった。


安倍清明あべのせいめい。」

「ありゃりゃ、やっぱ気づいちゃったか。」


(安倍晴明だと・・・?)

 

 安倍晴明は、平安時代の陰陽師である。卓越した知識と人間離れした強大な霊力を持って、数多くの妖怪を葬り、都を守ったという。そのため、当時の朝廷や貴族たちの信頼を受け、その事跡は神秘化されて数多くの伝説的逸話を生み、後世に残した。

 しかし、それはもうすでにこの世にいない人の名だ。

 いなりは思わず目を見張る。それは、八重とて同じ反応をしていた。


「気づかないとでも思ってた?お前を僕が忘れるはずがないだろう。」

「だっよねー。私も君みたいな大物に覚えていてもらえたことを嬉しく思うよ。」

「何百年たったって忘れないさ。お前が僕らの故郷を滅ぼしたことをね。」


 黒羽は決して笑顔を崩さない。男の方も、へらへらとしたままだ。

 穏やかなはずなのに、しかしそこには並々ならぬ圧が渦巻いているのが目に見える。虎徹と刀岐でさえ、わざわざ二人の間に割って入ろうとしない。

 

「本当に執念深いなあ。でもさ、私が来たことに気が付いてなかったよね?」


 安倍晴明と呼ばれたその男は、にやりと笑って黒羽の顔を覗き込む。


「もしかして君、昔よりも腑抜ふぬけたんじゃない?」


 黒羽が笑うことをやめた。

 しかし、男はまったくそれを気にしていないようだ。むしろ、彼の不機嫌そうな顔を見て愉快そうですらある。


「あはは、面白いことを言うなあ。今すぐにお前の胴と頭に別れを告げさせてやってもいいんだよー。」

「おっと、それは勘弁。私にはまだやらなきゃいけないことがあるのでね。そっちこそ、この機会に寺に戻って隠居でもしたら?」 

「寺ねぇ。悪いけど、もう間に合ってるよ。」


 ちぐはぐとした途中からの会話内容に、いなりは不信感を抱いた。一体彼らは何を話しているのだろう。

 呆然とするいなり達をおきざりにして、二人の会話は続く。黒羽と男は、彼等だけの世界にいるようだった。


「そうかい。残念だなあ。骨折り損しただけか。今回はこの辺でおさらばするよ。」

「ほんと、さっさと消えてくんないー?お前の顔を見ていると吐き気がする。」

「うわあ、ひっどい。こんな色男の顔を見て吐き気を催すのとか君だけだよ。」

 

 頬をふくらませていじけるようなそぶりを男は見せるが、黒羽の目は完全に冷めきっていた。


「あとそれから、一つだけ言っておくよ。今の私の名前はそうじゃない。」


 黒羽の眉が、微かに動く。

 

土御門つちみかど はる。それが今世こんせでの私の名前だ。」


男はにいっと、口角をあげた。

 反対に、黒羽はいっそう顔をしかめた。まるで、ゴキブリでも見つけてしまったかのような顔である。


「じゃーねー。また今度会おうか、いなりちゃん。」

「晴さん!また勝手に・・・!」


 思いだしたかのように男、晴をひき止めようと虎徹が手を伸ばすが、ひらりと手を返して、晴はふっと風にまかれて消えてしまった。







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