文化祭 3


「おい、急にどうしたんだよ・・・・・!?」

「仮想怨霊・・・と、やらですね。」


 突然の人々の異変、そして凶暴化。これは渋谷の時と同じだ。

 もしもあの時、警視庁での事情聴取(正確には半分誘拐であるが)で陰陽師と名乗っていた者達が言っていたことが正しければ、恐らく暴徒達は仮想怨霊に乗り移られた人々である。

 しかし、こっくりさんのアプリをこんな大多数の人々が同時に使うだろうか。しかも、わざわざ文化祭のイベントをやっていた、この場で。


(いや、それよりもまずは現状の打破が先決だ。)


 いなりは目線を周囲に向ける。暴徒の数は視認できる限り数十人。低級霊にのり移られた生徒達は、目に入るものに片っ端から襲い掛かっている。

  しかし、それの正体が仮想怨霊だと理解できているのはいなり達だけだ。突然、何らかのテロリスト集団が体育館に乱入してきたのか、または既に混ざっていたのかと、その他大勢の人々は恐怖に駆られ、無我夢中で逃げ惑っている。がたがたと震えた教師陣の指示なんて、誰が冷静に従う事ができるだろうか。メガホンのスピーカー音は、ただ騒ぎを大きくするだけで、全く意味をなしていない。

 まさに、阿鼻叫喚あびきょうかんとも言うべき光景が体育館内には広がっていた。


「どうするよこれ!!」

「どうするも何も、なんとかして逃げきるしかないねー。流石にここじゃ派手に暴れられないし、殺せば逆に僕らが処罰の対象にされる。」

「同意や・・・黒羽!前!」


 黒羽が正面から突っ込んできた暴徒を横に飛んで交わし、その隙に愁がそのあたりに並んでいたパイプ椅子を盾にして暴徒を阻む。

 抑えられた暴徒が、がちがちと歯を鳴らして椅子の足にかじりつく。その様子は、とても正気とは思えない。


「こいつらは一体何なんや。話聞いてる限り、知ってるようやけど。」


 八重がパイプ椅子を蹴り上げ、飛び掛かってきた暴徒にぶつける。暴徒はちょうど後ろにいた同じく暴徒数人をまきこんで吹っ飛んだ。


「仮想怨霊です。怪談から生まれた怪物だとか。」


 いなりは背後からあらわれた暴徒の攻撃をよけ、すねを蹴って転ばせる。


「それが人に取り憑いています。」

「つまり元人間か。」

「簡単に言ってしまえばそうです。」


 この短い会話の間に随分な数の暴徒と交戦し、攻防を繰り広げた。しかし、いくらよけても、倒しても、暴徒達はすぐに立ち上がって再び襲い掛かってくる。落ち着いて話を続ける暇がない。

 やろうと思えば一掃することは簡単だ。妖術で焼き払うなりしてしまえばいい。だが、ここには人間が多すぎる。純粋な妖怪である黒羽や八重は妖怪になればその姿は人の目にうつらなくなるが、半妖怪であるいなりと愁は視認されてしまう。

 その上、暴徒も仮想怨霊に取り憑かれているだけで、元はただの一般人である。彼らは操られているだけだ。だからこそ余計攻撃しにくい。妖怪が何もしていない人間に対して手をあげることはご法度はっとだからだ。


(これはゾンビ映画よりもタチが悪い。)


いなりは舌打ちをうった。

 妖術という最大の武器を使うことができないこの状況で、どこまで暴徒の相手ができるか。固まっていたはずの四人はいつの間にかばらばらに分断され、いなりは人間の姿のままで暴徒を相手にしており、苦戦を強いられていた。

 二人、三人と増えてくる暴徒をできる限りよける。しかし、それを繰り返しているうちにいなりは後退し、壁の隅に追い詰められつつあった。


「いなり、後ろ!」


 状況に気づき、咄嗟に愁が発した言葉がいなりの耳に届いた時、いなりの背後では男子生徒が、拳を振り上げていた。

 まずい、と感じたその時、何者かがいなりの体をぐいっと引っ張り上げた。


「大丈夫か!?」


 いなりを担ぎあげたのは、白い巨大な狗にまたがった巫女―――北斗である。

 美少女(女装)巫女に小脇に抱えられるというなかなかシュールな状況ではあるが、暴徒達にとってはそんなのお構いなしだ。抱えこまれているいなりをとらえようと手を伸ばす。

 だが、陽光は壁や人の頭上を上手いこと使って体育館のギャラリーへと飛び移った。暴徒とはいえ、流石に翼までは生えていないので、かろうじてここが安全圏になっているようだ。


「すみません、ありがとうございます。」

「いや、無事で良かった。」


北斗は自分の今の格好が女装であることに気がついたのか、気まずそうに目をそらした。


「愁は?」

「影月に回収に行かせた。」


 いなりを下ろすと、北斗はかつらを放り捨て、袖で顔に塗りつけられた化粧をぬぐい落す。舞台上で上品な仕草をしていた美少女の面影おもかげはどこへやら、いつもの真面目そうな青年の顔が現れた。

少々もったいない気がしなくもないが、それを言うのも彼の機嫌をそこねかねない。いなりは黙っていることにした。


「くそっ、また妖怪騒ぎか。」

『主、あやつらは我らとは違う気配を感じます。』

「どういうことだ?」


 陽光に言われて、北斗が怪訝けげんそうに目を細める。その目は、裏八坂祭りと同じ連中なのかと問うているように見えた。

 

「あれは妖怪じゃあないよー。」

「黒羽!」


 疑問に答えたのは、黒羽だった。どうやってここまで上がって来たのかと思ったが、黒羽の背中の羽を見て、その疑問は吹き飛んだ。


「俺もいるんだけどね。」


 黒羽の腕には、いつぞやのように抱え込まれた愁がいた。さらに、そばには八重を背中にのせた影月の姿もある。 


「仮想怨霊とかいう、人々の恐怖から生まれたものらしいね。」

「つまり?」

「もっと厄介。」


 北斗の喉から、ごくりと息をのむ音がした。


「裏八坂の時と同じ連中なのか?」

「いや、別物のはずだよ。だって、あれは僕が壊滅させたからさー。」

 

 のほほんと答える黒羽に、「は?」と北斗と愁の声が見事に同時に揃った。


「壊滅させたって、お前いつの間に・・・。」

「元々変な連中が横濱にちょっかいかけている様子はあったんだけど、なかなか尻尾がつかめなくてね。校外学習の時に少し痛めつけてやったら案の定、大勢でやり返しにきてくれたからさ、奴らの部下の一人を烏に追わせて本拠地を割り出して組織丸ごと殲滅させたんだよ。」


 黒羽は涼しい顔でぶっそうなことをさらっと流す。「あれ?そういえばまだ言っていなかったけ?」とでも言いたげな目がいっそ潔いというべきか。


「いや・・・・・やっぱお前四大妖怪だよ。」

「同感です。」


 先程まで黒羽もまた、八重と同じくらい普通の高校生のように見えると話していたが、撤回しよう。どこの高校にマフィア組織を壊滅させる奴がいるのだ。いや、いたらたまったものではない。

 黒羽の感覚は少しズレているところがあるとは薄々感じてはいたが、どうやら彼は根っからののようである。自分に対して害をなす人間や妖怪に対して、まるで容赦がない。


「八重、空間断絶でこの体育館ごと隔離できない?」

「そらできるけど、このごった返した状態じゃ一般人までまとめて隔離してまうで。」


 そうなれば本当に袋の鼠だ。皆仲良く暴徒の餌食になってしまう。しかし、このまま手をこまねいていては暴徒が外に出る。そうすると、被害は学校外にまで及んでしまう。

 押すことも引くこともできない状況に、いなりは唇をかんだ。

 そんな時、背後でパリンという、微かな破裂音がした。窓ガラスが、割れたのだ。


「あかん、飛べぇ!!」


 八重が叫ぶとほぼ同時に,体育館のギャラリーの窓ガラスが次々と勢いよく弾け飛ぶ。誰かに割られたのでもなく、ひとりでに、だ。

 いなり達は転げ落ちるにギャラリーから下に飛び降りた。それと同時に、リンと鈴が鳴り、後からシャリンシャリンというガラス同士がぶつかり合うような音が続く。

 宙に投げ出した体は落下をせずに、どさっと固い地面のようなものにぶつかる。それは、八重の妖術によって断絶された体育館上部と下部の空間同士の切れ目だった。また、空間によって落ちるのを阻まれたのはいなり達だけではない。もしも八重の空間断絶がなければ下にいる人々にめがけて大量のガラス片がいっせいに降り注いでいたであろう。


「ナイス八重。」

「何がナイスや阿呆あほう。状況はむしろ悪化したで。」


 八重の言う通り、それだけで終わらなかった。


『妖怪でも人間でもない奴だ・・・・・怖い。』

『怖い・・・』

『怖い怖い・・・』

『怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!』


 館内に姿の見えない声がこだまする。

 いなりは聞き覚えのある声にはっとした。


「まずいです。伏せてください!!」


『『出ていけ!!』』


家鳴が叫んだ瞬間、ガタガタと体育館が揺れ動く。そして、バタンバタンという音がして、出入口が勝手に開閉を繰り返しだした。さらには、パイプ椅子とガラス片が浮かび上がり、宙を飛びい始める。それに乗じて、いっそう悲鳴の声が大きくなった。


「これは、家鳴りか・・・!」

「家鳴り!?そんなの住み着いてたのかこの校舎!」


 家の妖怪である家鳴にとって、建物は体の一部であり、自在に動かすことができる。つまり、その気になれば体育館ごと暴徒を押しつぶすことができるのだ。このままだと体育館ごと全員お陀仏の未来が待っている。


「これはまずいねー。パニック起こしてるや。」


 伏せた状態で、黒羽がそうこぼす。


「呑気にそんなこと言っている場合か!」


頭を抑えながら愁が叫んだ。

ガラス片は分断された体育上部の空間を、すなわち、いなり達の頭上を未だビュンビュン飛び回っている。


「とにかく、まずは家鳴を落ち着かせませんと、ろくに身動きもとれませんよ。」


以前会ったときにも感じたが、ここの学校に住み着いている家鳴達はかなり神経質らしい。しかし、姿を見せない彼らを見つけるのは至難の業である。

 

(これはもはや、詰みか・・・。)


「『四方結界しほうけっかい』構築。」

 

 禍乱からん渦巻く体育館のどこかで、ポツリと誰かがつぶやく声がした。

その瞬間、空間が歪んだ。




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