???

◆◇◆




「なるほどなるほど・・・・・饕餮とうてつは消されましたか。」


 男は窓の外を眺めながらつぶやいた。

 開け放たれた窓の外には、明り一つとしてない闇が広がっている。新月の今宵、純粋な夜の風が心地よい。男は夜風を体内に取り込むよう、大きく息を吸い込んだ。

 男がいるのは、とある高級ホテルの一室。ロイヤルスイートルームと世間一般ではよばれる、最高級の部屋である。

 最上階から眺める東京の夜の街は、怪しく、美しい。窓枠の外の人々は、まるでビル群の合間をうごめく虫のようで、押しつぶしてしまえそうなほどひどく頼りない。男はそんな夜の街を眺めるのが好きだった。

 

(―――愚か者め。)


 先日、饕餮の存在が消えるのを感じた。

 一つの“霊魂”を分け合った身として、何も思うところがないわけではないが、それ以上の情も湧かない。むしろあの男のやり方は気に食わなかったので、済々した気分であった。

 あるじからの命にそむき、己の欲望のままに動いていた饕餮。その強欲さは目に余るものがあった。消されて至極当然のこと。

 男はナイトテーブルの上に置かれたグラスを手に取った。そして、ゆらりとグラスを揺らし、その血のように鮮やかな赤を目で楽しむ。中身は1930年代もののヴィンテージワイン。この日のためにわざわざ取り寄せておいたのだ。

 饕餮は彼等にあっけなく敗北したようだが、自分はそんな馬鹿な片割れと違う。あれは大陸を本拠にしてこの国に手を伸ばし、力を振るっていたようだが、それでは駄目だ。この国にはなかなか警戒心の強い厄介な連中がいる。だから、少しずつ、少しずつ奴らの死角から攻めていく。そうして準備を整えてきた。そして、ちょうど今が潮時だ。


「機は熟した。さあ、祝おう。」


 “混沌こんとん”の名に恥じぬよう、この世界を混乱に満ちたものに変えてみせよう。


「全ては我が偉大なる創造主のために。」


男はワインを一気に飲み干した。

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