陰陽寮 3

「アプリのこっくりさんに取り憑かれるぅ?んな馬鹿な話あるか。」

「それがあったからお前らを聴取してんだろうが愚図め。」


 「ほんとかよ」と疑わし気な目を愁は虎徹に向ける。虎徹はそれを睨み返した。

 だが、愁の意見にも一理ある。


「しかし、だとすれば先ほどの話とは矛盾が生じます。」


 いなりは顎に手をやり、うつむいたまま言葉を続けた。


「こっくりさんというのは、おそらく紙面上でやるものが一般的なはずです。もしも仮想怨霊が共通の認識から生まれるモノだとすれば、それはやはり紙の上で行った時に出てくるのではないでしょうか?」


 見た目から話ストーリーまで、その怪談の中の恐怖の対象の姿が多くの人々の中ではっきりと出来上がっているモノ。つまり、仮想怨霊が生まれるにはの人々の間で共通の認識が必要ということだ。

 こっくりさんは一時は日本でブームがあったというほどメジャーなものだ。なので、仮想怨霊となる条件は満たしている。しかし、あくまでそれは紙面上で行うこっくりさんが有名なのであって、スマートフォンアプリから出てくるこっくりさんは聞いたことがない。

 仮想怨霊が場所を選ばないで出現するというのならば話は別だが、そうなると怪談という“話”が崩壊してしまう。


「へえ、なかなか鋭いねえ。」


 こちらの部屋に移ってきてからずっと黙ったままだった刀岐が、はじめて口を開いた。

 空気を読んで黙っていたというよりも、煙草を味わっていたといった方がいいのかもしれない。


「狐の嬢ちゃんの見解は正しいぜ。だがな、まず頭に置いておかねえといけねえのは、今回確認されているこっくりさんの仮想怨霊が明らかに普通じゃねえってことだ。」


 刀岐は短くなった煙草を口から放し、机の上にあった灰皿の上ですりつぶす。そして、また懐に手を伸ばして新しい煙草を一本取り出した。


「そもそもこのアプリ、どうやって動いていると思う?」


 カチカチというライターをつける音だけが室内に響いた。

 ライターが付くと、火はなめるように刀岐の顔を照らす。蛍光灯が明滅を繰り返す薄暗い室内で、その顔はぼんやりと浮かび上がっているように見えた。


「アプリの宣伝じゃあ高度なAI技術だなんだと銘打っちゃいるけどな、その中身は電子化でんしかされたこっくりさんの仮想怨霊だ。」


 ジジッと、羽虫のような音を立てて蛍光灯が消える。すぐに蛍光灯は回復したが、その間の時間はやけに長く感じられた。


「じゃあ、あれはアプリ自体から仮想怨霊が生まれたんじゃなくて」

「誰かが仮想怨霊を全く別の場所で生み出し、術か何かでアプリに組み込んでいるってことさ。」


 黒羽の言葉の先を、刀岐が継ぐ。

 徐々にときほぐれてきた事件の大筋に、いなりはごくりと息をのんだ。


「待て待てちょっと待て!話に追いつけねえ。」


 しかし、理解できていない者が一名いるようで、愁は頭をおさえながらうんうんとうなっていた。


「要するに仮想怨霊を意図的に生み出した黒幕がいるってことだ。」

「そんなことできるのか!?」

「できるさ。なんせ今の世の中は陰陽師が拳銃を街中でぶっ放して妖怪が一流企業で働く時代だ。こっくりさんが電子に化けたところで驚かねーよ。」


 再び懐から煙草を取り出し、刀岐は火をつけ、美味しいのかまずいのか分からない表情で煙を吐いた。


「そもそも大事なのはどうやってこっくりさんを電子化したかじゃねえ。やったかだ。」

「俺らを疑ってるってことか?」

「違う。話を最後まで聞け。」


 愁の視線が虎徹を射抜く。しかし、虎徹はそれを真正面から見返した。


「渋谷での事件を捜査していたら、現場で妖力の気配を察知した。んで、陰陽寮にあらかじめ登録されている妖怪のデータと監視カメラの顔認証で照らし合わせて出てきたのがお前らだった。だから最初から言ってんだろ、手前達は重要参考人だって。」


 虎徹の言葉から嘘は感じられない。どうやら本当にいなり達はただ話を聞くためだけにこの場に連れてこられただけのようだ。

 いなりは拍子抜けしたような気分になった。


「今までの話を踏まえて、渋谷であったことで何か気づいたことはねえか?」


 仮想怨霊が見えない人間に話を聞くことはできない。そのため、たまたま偶然その場に居合わせたいなり達ならば、何か見ているのではないかと彼らは考えているというわけだ。しかし、いなりには心当たりは何もなかった。

 いなりが首を振ると、黒羽と愁もそれぞれ「ない」と答える。空振りに終わった事情聴取に、虎徹は舌打ちを打った。


「人間の方の警察みたく逆探知とかできないのー?」

「もうやった。だが、アプリには何重にも妨害用結界プロテクトがかけられているらしい。まずは星をとっつかまえなきゃならねえってわけだ。」


 「また一から洗い直しか」宙を仰ぎ、虎徹は悔し気にうめいた。


「まあそれは頑張ってもらうこととして、終わったんなら帰してくれないー?」

「そうだよ。いつまで俺らここにいなきゃなんねーんだよ。」

「話終わった瞬間に文句垂れやがって・・・。わーったから少し待ちやがれ!!」


 怒鳴りながら虎徹は拳銃を下に向けて一発はなつ。すると、連れて来られた時と同じような五芒星が床に浮かび上がった。


「そこに入れ。学校まで転送する。」


 促されるまま、いなりたちは足を踏み入れた。その途端、五芒星が淡く輝きはじめ、視界が白くなり始める。


「あばよ。」

「次会ったときは敵じゃねえことを祈るよ。」


 刀岐の言葉を聞いた時には三人は術によってシュンッと飛ばされた。




◆◇◆




 いなり達がその場を後にしてからしばらくして。

 コツンコツンと、固い床に靴を鳴らして一人の男が部屋に入ってきた。

 ずたずたのダメージジーンズに、だぼだぼのニットのセーターという、だらしない恰好かっこうの男である。警察いぜんに、公務員であることさえ疑わしい身なりをしていた。


「あーあー、もう帰しちゃったのかい?せっかく古い知人と再会を喜ぼうと思ったのになあ。」

 

 男の姿を目にした途端、虎徹は目を三角に釣り上げた。


はるさん!!いったい今までどこほっつき歩いてたんすか!?」

「まあまあテツ、そうかっかしないの。ほら恭介きょうすけってやって。」

わりぃが、俺もテツに同意だ。」

「うええぇ」


 「厳しいなあ」と言いながら、男はさっきまで彼らの座っていた椅子に腰をかける。パイプ椅子はぎしりと音を立てて、男の体を受け止めた。

 刀岐は煙草を口から離し、大きく煙を吐き出す。


 もうずいぶん長い付き合いになるが、本当にこの男は何を考えているのか分からない。今も残念がっているように見えるが、その瞳からは後悔が微塵みじんも感じられなかった。それどころか、むしろこのタイミングを狙っていたかのようにも思える。


「それに、再会っつっても向こうは喜ばねえだろ。」


 刀岐がそういうと、男は不敵に笑う。


「そうかもしれないね。なにせ彼にとって、僕は一種のかたきみたいなものだからなあ。」


 自覚してるじゃねえかと、心の底で刀岐は呟く。

 本当に糞みたいな性格をしている。きっとこの男は、彼等が最も望まないカタチで対面するのだろう。

 刀岐は先ほどまでこの場にいた、三人を思い浮かべて手を合わせる。


「まあ、どうせ近々会えるさ。」

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