陰陽寮 2
開けた視界の先にどんと構える鉄扉を、いなりは呆然と仰ぎ見た。
親は警戒心の欠ける我が子に保身のために、知らない人に付いて行ってはいけないよ、と言い聞かせる。いなりもまた、それと同じように陰陽師は見ても決して近づいては行けないと幼い頃から口を酸っぱく言われてきた。
しかし、向こうから近づいてきたあげく半ば誘拐のように連れていかれてしまった場合。そんな想定をしていなかったわけでもないが、いざその状況に置かれてみるとなるほど、
「は?ふっざけんなよ、何勝手なことしてくれてんだチビ助!!」
「誰がチビだゴラァ!!」
ぽかんと呆けているいなりとは対照的に、愁はぎゃーぎゃー虎徹と言い争っていた。
「これじゃあ一時間目の授業間に合わないねー。」
「安心しろ。そこは式神に頼んでお前らに化けてもらって授業にゃ出席済みだ。」
「いやそういう問題じゃねーだろ!」
元気なもんだなあと耳を塞ぎながら、刀岐はポケットから煙草を取り出し、口に加えながら答える。そして、反対側のポケットからライターを出して火をつけた。
あまり身だしなみに気を遣っていないタイプだと思っていたが、ライターだけは高級ブランドのものを使っているのを見ると、喫煙にはこだわりがあるらしい。
「高校から離れた理由はまず第一に、俺が煙草吸うため。」
「くだらなっ。そんだけのために俺らわざわざ連れてこられてんの!!?」
「しゃーねえだろ。こっちは煙草から三分離れたら禁断症状出るかんな。死活問題なんだよ!」
かっと目を見開き、刀岐が主張する。しかし、無理やり引っ張ってこられたいなり達からしたらいい迷惑だ。
「まあそれはほんの冗談として。実際の理由は、あまり話の内容を聞かれたくねえからだ。俺らの作る結界は人の目や耳みたいな感覚機能を誤魔化せても、時間の流れをなかったことにするみたいなとんでも機能は生憎ついてなくてね。長丁場で話すにゃ無理がある。」
じりじりと紙が焼け、独特の煙臭い匂いがあたりに立ち込める。立ち上った灰煙が、煙草をくわえたまま刀岐が喋るたびにゆらりゆらりと揺らいだ。
まとわりつくように揺蕩う煙は、まるで逃さないぞとでもいっているのかのよう。だが、ここまで来てしまっては引き下がれないことなど、とうによく分かっていた。
「そういうこった。ようこそおいでませ、陰陽師の
ギイイときしんだ音をさせながら刀岐は鉄扉を音を立てて開ける。
扉の向こうで待ち受けていたのは、狩衣を着た陰陽師や式神達・・・・・・ではなかった。
「茨城県の高校で十三階段を確認!手が空いてるやつは直ちに向かえ!」
「埼玉県の山中の
「神隠しにあっていた女子中学生二人の生体反応を確認。担当者は群馬県へお願いします。」
「長官がまたばっくれたぞおおお!!式神を飛ばして探せええ!!」
扉の先には巨大な広間のような部屋に直結していた。そこでは十数人ほどの人々がばたばたと忙しそうに動き回っている。
部屋には机や椅子の類は一切ない代わり、壁には一面スクリーンが張られていた。中央に関東甲信地方と思われる地図を映し出した水晶球がフワフワと浮かんでおり、スクリーンにそれを投射しているようだ。スクリーン上に投射された地図には分布図のようにところどころ、赤い点が点滅していた。
また、頭上では式神達があわただしく書類を運び、中にはタブレット操作をしている者もいる。
そんな警察組織あるまじき光景に圧倒されていると、一人の男がばたばたとこちらに向かってかけてよってきた。
「おいテツ!!お前今手ぇあいてっか!?新潟の浜で濡れ女が出た!!現場まで付き合え!!」
「すんません。今ちょっと別件で手いっぱいっす。」
「ちくしょおおお!誰か新潟に転送しやがれえええええ!!」
会話からしてもうどこから突っ込んだらいいのかわからない。すごく忙しそうなのに内容が間抜けに聞こえてしまう。
「陰陽師ってこんなに忙しいのか?」
「当たり前だ。」
愁の呟きに、イライラしつつも虎徹が律儀に答える。
「日本国内での怪死者・行方不明者は毎年八から九万人に上る。その中の半分以上はだいたい悪霊や妖怪の仕業だ。ほぼ毎日のように起こる怪事件の発生件数に対し、陰陽師なんざほっとんどいねえから、必然的に一人で数十件の事件抱えることになる。」
「陰陽師ってそんな少ねーの?」
「妖怪や幽霊見える体質のやつがそんなホイホイいるかっつーの。おかげで俺たちは安月給・土日出勤・生命保証なしの素晴らしい三拍子ときたぁ。」
ほおおと感心する愁をぎろりと虎徹は睨みつける。普通に考えて、彼らの忙しさの元凶たる妖怪に感心されたくはないだろう。
それに気づいていないのか、愁は見学に来た小学生のように物珍し気に陰陽寮内を見回していた。はじめはあんなに抵抗していたはずだが、順応が早いものである。
会議室を抜け、廊下へ出ると背の高い本棚がたくさん並んでいた。中には怪しげな古本が並べられ、入りきらずに廊下へ積み上げられているものもある。途中雪崩状態になっている個所もあり、整頓されている様子がない。前を歩く虎徹はすいすいと何不自由なく歩いているが、いなりにとっては歩きづらい事この上なかった。
そうやって古本の林を通り抜けると、奥まったところにある部屋の前に着いた。
「ここだ。」
ガチャリと扉をあけると、中は机が1つとパイプ椅子がいくつかぞんざいに並べられているだけの非常に簡素な部屋だった。
「その辺の椅子に座れ。」
パイプ椅子に腰かけると机を挟んで虎徹が座り、後ろに刀岐がたつ。三人も言われた通り、大人しくパイプ椅子に座った。
それを見計らい、ゆっくりと虎徹が手を組んだ身を乗り出した。
「単刀直入に言う。ここ最近都心部や地方の中枢で起きている暴漢事件、これらは全て、
「かそうおんりょう・・・・・?」
「黒羽、知っていますか?」
「いや、僕も初耳だよー。」
現代生まれのいなりと愁が知らないのはいいとして、だいぶ古くから生きている黒羽が知らないということは、妖怪の類ではないらしい。
三人の反応が
「人面犬や口裂け女、てけてけ・・・こいつらはただの空想の中のバケモノだ。人が生み出した、ただの“話”、怪談と言った方がいいな。だから、妖怪のように実体があるわけでもない。
だが、時にそういう“話”は人々の間に共通の認識として浸透し、カタチを持つ。それが仮想怨霊だ。」
「共通の認識?」
「要するに、『口裂け女』=口が裂けて鎌を持っている女の怪人、ってな具合に、『口裂け女』っつー認識が俺達の頭の中に出来上がるんだ。んで、その認識の恐怖の対象、つまり口が裂けて鎌を持った女として具現化するんだよ。そうやって、『口裂け女』というただの怪談から『口裂け女』という仮想怨霊が生まれる。」
虎徹の言葉は、
「ですが、なぜそれが暴漢事件に関わってくるんですか?」
いなりの問いかけに答える代わりに、虎徹は何かを机の上に置いた。
手のひらサイズのそれは、現代人にとって手放せないアイテム、スマートフォンだった。ただし、その液晶画面には“封”の字が記された札が貼られており、とても文明の利器とは思えない時代錯誤の状態になっている。
「まずはこれを見ろ。」
ぺろりと札をめくり、虎徹は一つのアイコンを指さす。それは、黒い鳥居と目の絵が描かれたアイコン。他にもゲームアプリがたくさん入っていたが、ポップなジャンルの中に一つだけ、それは異様な雰囲気を醸し出していた。
「『こっくりさんアプリ』?」
「『こっくりさん』は知ってるだろ。机の上に「はい、いいえ、鳥居、男、女、零から九までの数字、五十音表」を記入した紙を置く。その紙の上に十円硬貨を置いて参加者全員の人差し指を添える。そして、全員が力を抜いて『こっくりさん、こっくりさん、おいでください。』と呼びかけると硬貨が勝手に動きだす。そんで、こっくりさんに質問をするとその質問の答えを示してくれるっつーやつだ。」
試しにアイコンを押して開いてると、画面にはこっくりさんの呼び出しの紙と同じような内容のものと、十円玉のイラストが映し出される。十円玉の絵は指でスライドできるようになっていた。つまり、これは一般的に机上で複数人で行うものをスマホで簡単に一人で遊べる、というアプリらしい。
「低級な動物霊を呼び出す降霊術の一種だとか色々言われているが、実際の所、『こっくりさん』はただの怪談の中で作られた仮想の遊びでしかねえ。」
体験談なんかがあるが、ありゃほぼ嘘っぱちか重度の思い込みだな。そう言って虎徹は鼻で笑う。
見えない者ほど、心霊現象を信じる。それがただの作られた話でしかないのに信じ、恐怖を抱く。そうしてまた話を広める。それが自分達を実際に脅かすことになるとは
陰陽師からしたら、それはひどく滑稽に思えるのだろう。
「ってことは、それ絶対こっくりさんやった後はなんか怖いオチあるよな?」
「怪談によって後の展開は色々と分岐するらしいが、こっくりさんを呼び出すとロクなことにならねえのがセオリーだな。」
「ふーん。取り憑かれるとかー?」
「ご名答。」
そういって、虎徹はスマホを机から取り上げた。
「話を戻すぞ。暴漢事件の容疑者は皆、このアプリの使用者だ。そんで、『こっくりさん』の仮想怨霊に取り憑かれて事件を起こした加害者でもある。」
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