???

 真っ暗な夜、一人の男が走る。

 男の目の瞳孔は開き、顔は死人のように青白い。髪の毛を振り乱して無我夢中で走る様は、まるで何かにおびえて逃げるようであった。

 足の感覚はすでにない。

 だが、それでも男は走った。


饕餮とうてつ。』


 ふいに、男の名を呼ぶ声がどこからとなく聞こえてきた。

 しわがれた老婆のような、それでいてうら若い青年のような声である。そのような声であるから、年齢・性別が分からない。

 男はぎくりと立ち止まり、宙をぐるりと見回した。

 その様子は、追い詰められた獣が警戒するようにも見えた。


『頭が高いぞ。』


 何もない夜の空間に、裂け目が現れる。

 裂け目は大きく広がり、そこに闇が広がった。 

 闇、というよりも虚空と表現すべきだろう。

 そこには光も、空気もない。

 真の闇が夜の奥に広がっている。

 その裂け目から覗き込むように、巨大な「目」が現れた。


「申し訳ございません!!」 


 男―――饕餮ハーヒィはそれを見つけるなり、地面にひれ伏した。

 額を地にこすりつけ、悲鳴のような謝罪の状を述べる。


「申し訳ありません***様!まさか、まさか敗北するとは思わなかったのです!」

『もういい。』


 だが、言い思わらぬうちに饕餮の体に激痛が走る。体の内部から肉を削ぎ落すような、猛烈な痛みだ。

 あまりの痛みに饕餮はのたうち、奇声を上げる。


『お前はもう駄目だ。』


 だが、声の主は無情に言い渡す。


「お、お待ちください***様!!どうかお許しを!!」

『案ずるな。再びへと還るだけだ。』


 さし伸ばした手は、その「目」の主に届くことはなかった。

 言い終わらぬうちに、饕餮の体は黒い灰となって闇に吸い込まれていった。


『せっかく八もの分霊ぶんれいを生み出してやったのに、全て無駄にしおって・・・。腹立たしい、腹立たしいことだ。』


 びきびきと、「目」の血管が血走る。


『ああ、時を経てようやくこの呪縛も弱まったのに。ようやく憎き末裔どもを皆殺しにできるというのに。力さえあれば・・・・・この呪縛さえ解き放てれば、我がこの手で、この世界ごと葬り去れるというのに。』


 憎悪を凝縮したような、おどろおどろしい声が闇にこだまする。


『今に見ていろ。我はまだ、ここにいるぞ。』

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