居酒屋 まほろば 後日談

 夏の代名詞ともあろう夏祭りで襲撃を受け、とんだ始まり方をした夏休み。

 しかし、どんな始まり方だろうと働く妖怪達のための憩いこいの場に休みはない。

 九尾の狐の営む居酒屋<まほろば>で、いなりは今日も盆を持ってせわしく動いていた。


「―――みたいなことがあったんですよ~。」

「そんなことが・・・・・いやはや、災難でしたな。」


 時刻は夜中の九時を回った頃。かきいれどきが過ぎ、客の数は減って今はカウンターにちらほらと一人酒を楽しむものだけになった。

 いなりがテーブル席を片付けている時、カウンターでは、みずめとご隠居が昨夜の裏八坂祭襲撃事件についての話で花を咲かせていた。どうやらご隠居は昨夜の祭に参加できなかったようなのである。


「何か、別にご用事が?」

「ええ、ちょっとした大仕事が入りまして。」

「それは勿体ない。ちょっと荒事になってしまったのだけれど、楽しかったわよね~。」


 ね~、とのほほんとした様子で首を傾けるみずめに、いなりは返答しかねた。




 〇●〇




 昨夜、襲撃の後の境内はかなり凄惨なことになっていた。

 木々が焼き切れていたり倒木していたり切断されていたりで広場部分の面積が増え、地面はところどころにクレーターができている始末。そこにさらにゲリラ兵だった人間の死体や骨が大量に転がっているのである。もしも生きた人間がこの場にいたら、戦争の二文字を思い浮かべるかもしれない。実際、国家紛争レベルの死者数が一夜で出ているので、あながち間違いではない。

 一方で、妖怪側に死者は一人として出なかった。怪我人こそ多いものの、致命傷を負った者はおらず、治療妖術を扱える甘夏によって速やかな治療を受けて回復している。

 しかし、表面上の傷は治せたとしても、疲れはとれない。治療妖術によって回復できるのはあくまで身体に与えられたダメージであり、妖力を回復させるものではない。妖力は消費すれば疲れるし、動けなくなる。被害ゼロとはいえ、激しい戦闘によって妖怪達は疲弊していた。案の定、その後の宴の続行は不可能とされ、お開きとなったのである。

 残された大量の人間の死体は手分けして山のあちこちに埋めることになった。白骨死体も同様である。流石にこのまま放置しておくのは、後で人間に見つかってしまってからが面倒であるからだ。

 そんな具合に後始末を終えた後、いなり達は一部の例外を除いて帰路についたのであった。

 一部の例外というのは、三大妖怪だ。

 平安時代の頃からの顔なじみとかいう連中と共にみずめの店つまりここなわけだがで結局朝まで飲み明かしたらしい。みずめが酒臭い息を吐きながら自宅に帰ってきたのは今朝の五時のことだった。




 〇●〇




 はたして、あれは楽しそうというべきだったものか。


「ほっほっほ、なかなか愉快だったようだ。まあ、あぶれてしまった老いぼれはこうしてチビチビとさむしく飲んでいるわけですがね。」


 目を細めて、ご隠居は猪口の酒を飲む。

 確かに今日はいつも一緒の三吉の姿が見えない。賑やかな三吉がいないせいか、今日はいつもより<まほろば>が静かであった。


「ただ、少し気になるのはその襲撃組織ですねえ。」

「あら、どういうことです?」

「話によると、その組織とやらは大陸の妖怪だというじゃあないですか。別に国内妖怪が徒党を組んで人間社会で暴れているんだったらまだわかるものですよ。ただ、今の世の中で、海外妖怪が日本妖怪に喧嘩売るっていうのはどうも・・・・・。」


 異色だ、とご隠居が呟く。

 波紋が広がるように、店内がしんと静まった。

 ご隠居の言葉はけして大袈裟なものではない。

 人間に対して好意的でない妖怪は少なからずいる。しかし、人間との共存志向が強い現代でそういった妖怪は目立った行動を起こすと四大妖怪勢力に潰される。もしくは、人間側のその手の者たちによって始末されてしまう。だが、それでも古くからの因縁は消せないもので、人間を襲う妖怪は後を絶たない。

 だが、逆に妖怪同士、それも海外妖怪との問題は現代においては珍しい部類に入る。そもそも、海外妖怪と日本の一般妖怪が会うことがほとんどないに等しい。いなりも昨夜敵対した相手が初めての海外妖怪とのご対面である。まあ、あまり友好的なものではなかったわけだが。


「まあ、一介の妖怪が案じたところで世の中変えられりゃしないものですがね。」


 静まり返った空気を変えるよう、ご隠居はかっかっかと笑う。

 だが、その言葉はいなりの中に靄となって染み込んだのであった。

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