裏八坂祭 9

―――丸山神社境内 広場西側


 妖術が入り乱れ、広場では銃撃音が夜の闇をつんざく。

 現在は北、東、西の三方にそれぞれ戦場が展開する形で妖怪達がゲリラ集団を押し返していた。奇襲を受けた最初こそは押され気味だったものの、大江山組とその傘下の派閥、他の組の奮闘によって広場の戦況は妖怪優勢のものに移り変わっていた。

 だが、まだ油断はできない。ゲリラ集団は大幅に数を減らしたものの、それでやっと広場で戦っている妖怪の数ととんとんである。

 西側では特にそれが顕著であり、戦国の世のごとく妖怪とゲリラが合戦状態となっていた。


 熊樹ゆうき虎太朗こたろうもまた、その混戦の真っ只中にいる。二人とも三鬼の名に恥じぬ白兵戦に長けた妖怪だが、それでも銃弾を避けながらの戦いには苦戦を強いられていた。


「っち・・・・・虎!上に飛べ!」


 熊樹が短く叫んだ。

 たったそれだけの指示でも、虎太朗は迷うことなく高く跳躍する。熊樹はそれを確認することなく、地面めがけてまさかりを振り下ろした。

 瞬間、鉞を中心として地面が揺れ動く。

 これはただ馬鹿力で地面を叩き揺らしたわけではない。

 局地的に引き起こされた地震の正体は熊樹の妖力である“伝震でんしん”によるもの。この妖力は指定した物体、及び特定の範囲を振動させることができる。

 突発的に起こった地震に気を取られ、ゲリラ兵達の引き金を引く手が止まった。

 その隙に、小柄な影が疾風のごとく集団の中を駆ける。虎太朗だ。

 両の手には柳葉刀りゅうようとうを持ち、薄紙を切るかのように敵の頸動脈を切り裂いていく。

 絶妙なコンビネーションで多数のゲリラ兵と渡り合う熊樹と虎太朗。血は繋がっていないが、兄弟のように育ってきた熊樹と虎太朗にとって、互いの行動を読むのは呼吸をするのに等しい行為である。


「甘夏、まだいけるか!?」

「余裕ですの。」


 熊樹が声を飛ばす先、戦線から少し離れた場所には、祈るように手を合わせる甘夏の姿があった。彼女の周囲には、負傷した妖怪達が淡い光に包まれている。

 この光は甘夏の光術によるもの。傷を癒し、欠損部位までも修復させる驚異の治療妖術である。

 ただし、緻密な妖力操作を要する治療妖術を使っている間、甘夏は戦闘に入れない。そのために前線から離れた場所にいるのだが、離れたといっても負傷兵が自分の足で離脱が可能な距離。決して安全とは言えない場所だ。

 そして、まさに今。甘夏めがけて銃口が向けられようとしていた。

 

「やばい甘夏!狙われてる!!」

「へあっ!?まじですの!!?」 


 だが、甘夏めがけて放たれた弾丸はその寸前で止まった。

 さらに、先程までずっと続いていたはずの発砲音が途絶え、静寂が場を包む。

 八重の空間断絶によるものではない。銃弾は重力に従って地面に落ちずに、反転した。

 パチン、と指を鳴らす音が静寂を破る。その音を合図に、銃弾は見えない手で舵をとられたようにゲリラ兵の脳天を穿った。 

 それだけでは終わらない。


 操金術―――鉄囲山てっちせん


 なんの前触れもなく、幾千本もの巨大な針が地面から出現した。

 足元から襲い来る脅威に生身の人間が身を守る術を持っているはずもなく、ゲリラはたちまち串刺しのオブジェとなりはてる。

 地獄絵図の針山がこの世に現れたかのようなような光景に、ゲリラ兵だけでなく妖怪達もその場で唖然とした。あたりが静まる中で、甘夏だけが泣き笑いのような表情を浮かべ、熊樹と虎太朗が苦笑をもらす。

 彼らの視線が集まる先には、赤髪を風になびかせ、堂々と最前線に立つ片角の女鬼がいた。


「さっすが姐さん。対人間じゃ最強の名は伊達じゃあねえな。」

「金属兵器を無効化しちゃうからねー・・・・・。まあ、普通人間じゃなくとも姐さんとはやりあいたくないよ。」


 茨城童子、蘭の持つ妖力の系統は“金属”。あらゆる金属を操作することができ、銃弾を止めることはおろか、土中の金属成分を集めて刃物を作りだすのはおちゃのこさいさい。彼女に金属を材料とする武器は、一切通じない。重工業の産物である武器を封じてしまう彼女は、まさに人間の天敵だ。

 彼女が大江山組組長の女ではなく、若頭として君臨しているのはそれに見合った強さがあるからである。そうでなくては日本最強を謳われる酒呑童子の妻はやっていけない。


「まったく・・・・・ぼさぁっとしてんじゃないよ。さっさと片付けな!!」

「「「はっ!!」」」


 組員達が呆気に足られていたのは束の間。蘭の喝に気を引き締め、すぐにそれぞれの獲物を握りしめる。そして、再びゲリラとぶつかり合った。その勢いは、先程とは比べ物にならない。

 対し、無残に散っていった仲間を見せつけられたことで、意思のないはずのゲリラに恐怖の感情が芽生え始めていた。


「バケモノ・・・!!」


 誰かがポツリと呟いた。

 一度も声を発することのなかったゲリラ兵が初めて口を開いたことに蘭は驚いたが、驚愕はすぐに苦い茶を口に含んだような表情に変わる。


「化け物ねえ・・・・・本物のバケモノっていうのはあーいうののことを言うんだよ。」


 その直後のことである。

 北側から雷鳴が轟いた。

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