裏八坂祭 7
「襲撃だ!」
鋭い叫び声の後、ドンという発砲音が広場に響く。そして、山林内から放たれたそれは、真っすぐに矢倉目掛けて飛んできた。
銃弾なんて可愛いものじゃない。
爆破することを目的に弾頭に炸薬または化学剤を充填した飛翔体。
「~~!!」
しかし、悲鳴を上げる前にその擲弾は宙で真っ二つに割れた。
否、斬られたのだ。
そう認識した時にはもう、倉を避けるように落下した残骸が地面で小規模な爆発を起こしていた。
「ったく、宴中に物騒なモンよこしてくんなっつーの。」
「夜叉様!」
歓声の先では、夜叉が胡坐をかいたまま刀を一振していた。
(あの距離から斬ったのか・・・!)
夜叉がいるのは大江山組の宴の席。そこは矢倉から見て右にずれた少し距離のある場所である。到底日本刀の間合いに入らない。妖術を使ったとしても、あのわずかな一瞬で空中を飛ぶ擲弾を斬り落とすのにはかなりの技量がいるはずだ。
「末恐ろしいですね。」
だが、ポツリと呟いた言葉は視界に飛び込んできた信じられない光景によってかき消される。
それは、広場にめがけて突撃してくる黒い集団。闇に溶け込むような黒い自衛隊服のような衣服を身にまとい、その上からボディーアーマーを着ている。
彼等が揃ってつけている見覚えのあるガスマスクを見て、いなりはそれがかつて横濱で戦った、あの人身売買組織だと分かった。
「愁。」
「わーってる!ひとまず陽光と影月は北斗を守って後ろ下がれ!!」
『言われなくとも!』
「お前らは!?」
そう言うなり、ひゅるりと北斗の影から躍り出る二体の狛犬達。陽光の背に北斗がまたがり、襲撃された方とは逆方向へ向かって走り出す。影月はそれに並走する。
彼等を見送るのもそこそこに、いなりと愁はお互い本性へと姿を変えて駆けだした。
「こいつらわざわざ祭を狙って仕掛けてきやがったのか?」
「そう考えるのが妥当ですね。そちらの方が、効率よく邪魔者を一掃できますから。」
しかし、そんなことを知る由もない広場の妖怪達は突然の襲撃者の到来によって混乱の渦に飲み込まれる。そこに容赦なく襲いかかる、襲撃者達。妖怪達はそれを当惑するままに迎え撃った。あちこちで悲鳴があがり、銃撃音が境内に響き渡る。
「おい、黒羽。何事じゃ?」
だが、その混沌の中でも三大妖怪は冷静だった。
先程までの砕けた調子とは一変、夜叉の纏う空気が変わる。穏やかな海原のような、柔らかな光を宿す瞳は研ぎ澄まされた抜き身の刃のように鋭く襲い来る襲撃者を見据えている。
「以前東から西にかけて裏社会を荒らしてた中国の人身売買組織覚えてるかい?あれの支部を校外学習行ったついでに潰してきたんだけど・・・。」
「なるほど。本山からの報復ってことね。」
「なら、派手に蹴散らしても構わねえな!!」
夜叉の刀が、
それを合図に、大江山組の組員たちが一斉に己の武器を抜いた。
「みずめ!」
「はいはい、分かってるわよ。」
襲撃者めがけて突進しながら、夜叉は短く叫ぶ。
すると、たちまち濃い霧が境内を覆った。
霧は境内内に限らず、そこを囲う竹林内まで広がっていく。
広範囲幻術―――
山一つを覆いつくす、濃霧の檻。
ただの目くらましではない。その霧は、幻を見せる。
八重の生み出す亜空間は切り離された別次元であり、もしも彼女が術を行使した場合は不自然に丸山一帯が無くなったように一目に移るだろう。
一方で、みずめの妖力は認識そのものに作用し、山に何事も起こっていないという幻想を認識させるみせることを可能にする。
怪奇現象となって可視化できるようになった妖術の残影や銃撃戦の様子、騒乱など、一般人に見えては都合の悪いものを全て視認させない。つまり、人間の目に何の変哲もないいつもの丸山を映す幻想を構築することができるのである。
酒呑童子や鞍馬の烏天狗に比べて白兵戦での戦闘力は劣るが、この二柱おも凌駕する圧倒的な干渉規模、他者に妨害させない妖力の影響力を有する九尾の狐。かつて大江山を含む山脈一帯を陰陽師達の目から欺いたその術は、今も健在である。
そして、彼女の恐ろしさはこれだけではない。
「あの
みずめの片方の目が怪しく輝く。
すると、突然ゲリラたちの持つライフルが突然暴発しだした。それも一人ではなく数十人規模で。暴発をもろにくらった者は腕を吹き飛ばされ、鋭くそれを察知して手放した者でも重度の火傷を負っている。ただ偶然に火薬が誤爆したとは思えない。
事実、この現象はみずめによって意図的に引き起こされたものである。
九尾の狐の持つ妖力系統は、相手に幻を見せて
それは、いなりにも受け継がれた『炎』の妖力。
普通、妖怪一体に対し妖力系統は一つと相場は決まっている。だが、極まれに、二つの系統を持つ者がいる。
妖怪の妖力系統は先天性のものであり、両親のうち片方の系統を受け継ぐことが大半だ。しかし、例外として両親両方の系統を受け継いぐ者が現れる。または、ある事をきっかけに後天的に持ってしまったか。
みずめの場合、それは後者にあたる。
「私を相手したいのなら、まずは無手で来なさいな。」
銃火器が効かないと判断したゲリラ達はお釈迦になってしまったライフルを投げ捨て、懐からサバイバルナイフを取り出す。
だが、刃渡りで劣るナイフが刀に勝てるわけがない。身体能力で人間よりもはるかに勝る妖怪を相手に肉弾戦は無謀に近い。
妖怪側が劣勢に回ったのはほんの一瞬。三大妖怪の参戦により、戦況は一気にひっくり返った。
「オラァぶっ飛べ!有象無象共!!」
雷術―――雷獣の
眩いばかりの閃光が横凪ぎに振るわれた瞬間。
落雷音と共にゲリラの最前線がはじけ飛ぶ。電撃によって地面が焼け焦げ、肉片が散る。
最前線を駆ける夜叉は片っ端からゲリラを斬り捨て、蹴り倒していく。
型にはまらない奔放な、だがそれでいて無駄のない動き。まるで流麗な演舞のよう。長年の経験によって身にしみ込んだ、圧倒的な強さがあった。
「女子供は身を守ることに専念しろ!戦える連中は儂に続けぇええ!!」
夜叉の咆哮に続き、妖怪達の
だが、どうしても数の差は否めない。また、銃火器全てが無力化されたわけではない。みずめの処理能力以上に、数が多すぎるのだ。
「まずい!突破された!!」
「鳥居の方へ行かせるな!先にそいつらを片付けろ!!」
「駄目だ、こっちも手いっぱいだ!!」
襲撃された方面とは逆にある鳥居の傍には非戦闘系の妖怪達が身を寄せ合っている。また、戦いによって負傷した妖怪達もそこに運ばれており、ここを潰されてしまったら終わりだ。
みずめが一人取り逃されたゲリラを捌いていたが、それも限界に近い。
そして、ついにゲリラが二人、最期の砦を突破してしまった。彼らの走り去る方には、背に妖怪達をかばった佐助の姿がある。
「いなり!お前の親父がやべえ!!」
愁が悲鳴に似た叫び声をあげる。
しかし、いなりはそれを
そうこうしているうちに、ゲリラはみるみる佐助に近づいていく。ナイフの切っ先は、もう彼の目の前だ。
「問題ないです。」
慌てて佐助の方へ向かおうとする愁を、いなりは手で制した。変わりに「お前正気か?」という目で見てくる愁に言い返す。
「佐助は私に体術を仕込んだの張本人ですから。」
一歩、佐助が足を踏み出す。
そして、ほぼ合間なく後ろから襲い掛かってきた男が前方に投げ出された。
「は?」
投げ出された男は何が起きたのかわからないまま宙に放り出され、背中から地面に落ちる。佐助はそのまま流れるように前方の男の鳩尾に掌打を打ち込んだ。うっと、苦悶のうめき声が上がり、男が体を丸める。無防備にさらされた後頭部に、容赦のない手刀が振り落とされた。
「一応これでも九尾の狐の伴侶ですからね。」
そう言って、佐助は眼鏡を地面に投げ捨てた。
実は、彼が普段からかけている眼鏡は度が入っていない伊達眼鏡なのだ。視力的な問題は何もない。ただ、彼は北斗と違って、人間に化けていない状態の妖怪を見ることはできない。
妖怪を見る、というのは妖力を感知して視認するということ。北斗はその感性が特に優れているため、ただ霊感が強いのではなく、妖怪を『視る』ことができる。一方で、一般人である佐助はその点そういう『天性の感』的なものがない。みずめの妖力を直に浴び続けていることで、多妖力に対する感性も多少はついているが、なんとなく感じることができる程度である。だから、
しかし、今の相手は武装した人間。視界を遮る硝子をつけている意味はない。
「私のことはどうぞお構いなく。」
「わお・・・・・。」
にこりと涼しい気な笑顔で返され、愁は口角を引きつらせる。
その間も、佐助はナイフで切りかかってくるゲリラを次々と地に撃沈させていく。達人のようなその手腕に、妖怪ですら呆然としていた。
「さすが私の旦那様。」
「愛する妻の足手まといは御免ですので。」
にこりと仲睦まじげに笑いあうバカップル。
しかし、その笑みはゲリラにはどう映ったのか。
ゲリラのうちの一人が無我夢中でライフルの引き金を引き、自身の仲間すらも巻き混んで発砲しまくった。
だが、その無差別な猛攻は見えない壁によって阻まれた。
「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあやかましいわ。」
「八重!」
ガリガリと頭を掻きながら、むくりと起き上がったのは八重。酔いがさめ切っていないのか、寝起きなのか。不機嫌絶頂の顔は普段の美貌も相まって、凄みが増している。
それに圧倒されたのか、ゲリラ集団が一瞬怯んだように一歩下がった。
八重は広場を一睨みすると、手をくるりと翻す。すると、どこからとなく槍が手中に現れた。八重はそれをひっ掴み、柄の部分を地面に突き刺す。
「何がどうなってんのかようわからへんけど・・・」
槍を中心として鳥居の辺りに固まっていた妖怪達を囲うように結晶が宙に張り付くよう、半透明の壁が創生される。
壁と言っても、その壁は絶対に超えられない空間の切れ目。八重がいる限り、破られることはない。
「弾はうちに任せな。」
鳥居の拠点の絶対防御が確定した瞬間。妖怪達の攻撃の勢いが増した。
◇◆◇
妖怪達が猛り、沸き立つ中。
一人、冷静に戦況を上空から見る者。戦況を見るといってもその目は地上ではなく、そこにはない虚空を見つめていた。瞳が何かを追うように、小刻みに揺れていた。
およそ数秒間、それが続いただろうか。ぱたりとその目の動きが止まり、焦点が定まる。
「見つけた。」
黒羽はそう呟き、いなりと愁の所へ急降下していく。
二人は広場の中央から離れた山林よりで戦っていた。武装した大人を相手に彼等は危なげなく対処している。
それもそのはずで、妖怪は幼い頃から自身の力の使い方を学ぶ。いなりや愁が妖術を使いこなせるのは、人間の赤子が親から言葉を学ぶのに等しい。命を狩り合う戦場で、彼らが後れをとることはない。
敵が二人に倒された機を見て、黒羽はいなりと愁の前へ降りたった。
「二人とも、ちょっと聞いて。」
黒羽の呼びかけに、二人はゲリラの少ない山林の中へ移動する。少ないといっても、比較的だ。流れ弾に気を配りながら、黒羽は手短に話す。
「この大群の背後に三人、明らかに気配が違うのがいる。たぶんこのゲリラが失敗した時の保険にあてられた、そこそこ強い連中。おそらく組織の幹部だ。」
「マジか。」
「それを私達で片付けると?」
「ご名答。一人で万力の夜叉とみずめはゲリラ殲滅に残った方がいいからね。単体の戦力であれば僕らで申し分ない。」
「へえ、そいつぁなかなか嬉しい限りだな。」
黒羽と愁がにやりと笑う。それはいつも彼が見せる何か悪巧みをしているときの顔。そして、その悪だくみが成功することが確実な時の顔だ。
「では、行くしかないですね。」
三人は、山林内へ飛びだした。
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