裏八坂祭 6


 草木も眠る丑三つ時。月は雲に隠れ、夜は刻一刻と深まっていく。

 人の気配はおろか、小鼠一匹たりとも姿を現さない。

 まるで、怯えたように。これから起こる騒動を予期したかのように。


 闇に溶け込むように丸山の山林中を走る人の群れ。

 皆同じような黒基調の作業服と防弾チョッキのような物を着て、顔にはガスマスクを装着している。また、その手には特殊加工をされたアサルトライフルを所持していた。

 表情が暗闇とガスマスクとで表情がよく見えないこともあるだろうが、音もなく走り抜ける様は機械兵のようだ。

 実際、このゲリラ集団は誰一人とて自我を持ち合わせた者はいない。本当の意味での人形兵だった。

 彼らは中華系マフィア・饕酔会の下級構成員。首領ボスである饕餮によって動かされている謂わば使い捨ての駒たちだ。

 総勢はおよそ三千。この山の頂上に位置する神社の境内を目指して三方から一斉侵攻していた。

 そんなゲリラ兵の背後。明らかに気配の違う三人が悠然とした足取りで斜面を登ってきている。


「ったく、首領も人外ひと使いが荒いぜ。」


 そうごちたのは、2メートルはあろうかという巨漢の男。時折ぶつかる木枝をへし折りながら進んでいる。

 しかし、彼がイラついている理由はそれだけではなかった。


「せっかく西方から帰ってきたと思ったら休む間もなく今度はちっちぇえ隣の島国で殲滅任務。そんぐらい準幹部連中でも十分できるだろ。」

「それがどうやらそうはいかないらしいんですよ、狴犴ビアンさん。」


 傍にあった木を殴りつける巨漢の男、睚眦をいさめたのはその隣を歩く青年だ。


「なんでも、標的サマの中には贔屭ビィウさんを殺した連中が混じってるらしいです。」

「なんだと!?」

睚眦ヤジ、それは本当か?」


 狴犴のかわりに問うたのは、壮年の男。

 落ち着いた物腰だが、その目は鋭い光を宿している。裏で支えてきた官僚や、敏腕の弁護士を思わせる男だった。


「勿論です。準幹部とかならともかく、僕らと同じ幹部である螭吻ヨウモウさんが調べたのならそうでしょう。蚣蝮バーシアさんだってご存知でしょう?螭吻さんの術。」


 きっぱりと言いきられ、蚣蝮は言い淀む。

 同じ幹部の一人、螭吻は戦闘には向かないが、諜報活動に特化した術を持っている。彼の術は『時間遡及』。触れた物体から二十四時間以内の記憶を読み取る術だ。

 ここでいう記憶とは、その物が過去にどういう使われ方をしたかなどのその物に起こった出来事のことを指す。記憶というよりも記録に近い。

 過去を直接読み取ることのできる彼が相手ならば、どんな偽装も二十四時間以内であれば役に立たない。

 同じ幹部である三人はそれをよく理解していた。

 とはいっても、睚眦もはじめは驚いたものだ。

 あの計算高く、何事にも慎重な贔屭が計画に失敗することはおろか、殺されたと聞いた時は耳を疑った。


「そういうのなら話は別だ。なかなか骨のあるやつがいると見た。」


 いまだに衝撃を受けている蚣蝮に対し、狴犴は贔屭が殺されたという事実にまるで怯んだ様子がない。

 にやりと凶悪そうな笑みを浮かべ、顎を手でさする。


「この俺様が直々にのしてやろう。」

「あー、もうこれだから狴犴さんは。ちゃんと首領の話聞いてました?」

「ああん?」


 茶化すように言われて狴犴は声を低くする。

 しかし、睚眦は気にも止めずに話し続ける。


「俺らの役割は後始末。宴会中の酔っぱらい共に武装した構成員が全て潰される、なんて万が一にもないでしょうが、ファミリーに歯向かう敵には徹底的な粛清を』が首領の方針です。倒さずともゲリラから逃げ切ったそこそこ強い奴らを貪るのが俺らの役割。しょっぱなから最前線に出ちゃだめでしょうが。そんなことも分からないんですか?」


 小馬鹿にしたような睚眦の物言いに、狴犴は腕に力を籠める。

 ぶわりと、妖気が空間に溢れ出る。


「おい、小僧。いくら同列だからつって俺がお前を認めたとは言ってねえからな?」

「俺も筋肉だけが取り柄のゴリラとの共闘なんて御免こうむりますね。」


 ぴしりと、空気が固まる。

 瞬く間もない一拍の後。

 狴犴の拳と睚眦の平手がぶつかり合う。

 にらみ合う両者。


「いっぺん地獄拝んどくか?」

「奇遇ですね。僕も同じこと考えてました。」


 まさに一触即発。

 しかし、


「やめろ、お前ら。」


 空気を変えたのは蚣蝮の声だった。

 静かな、だが、有無を言わせぬ声音に、二人の動きが止まる。


「仕方ないですね。ここは蚣蝮に免じて手を引きましょう。」

「ふん。こっちの台詞だ。」


 やれやれ、と肩をすくめる睚眦。その態度に狴犴は熱が冷めない様子だが、蚣蝮が睨むとそれ以上は何も言わなかった。


「それに、もうそろそろ始まりますしね。」


 睚眦がそう呟いた数秒後のこと。

 鼓膜を破らんばかりの爆発音が轟いた。

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