裏八坂祭 5


 「え、おま、娘?いつの間に?」


 パクパクと、酸欠の金魚のように意味もなく開閉させている夜叉。その隣では蘭が目をまんまるに見開いている。

 みずめはそれを見て、「似た者夫婦ねー。」と面白そうにころころと笑う。


「言ってなかったかしら?」

「お前が結婚したっつーのは聞いた。じゃが、子供がいるなぞ聞いた覚えがないわ!!」

「あら、ごめんごめん。忘れてたわ。」

「んな大事なモン忘れんなボケェ!!」


 「てへっ」という効果音が出てきそうなお茶目な素振りで手を合わせるみずめ。

 普通ならあざとい仕草でも、彼女がやるとそれに艶っぽさが増す。実際に、新参者と思われる大江山組員の何人かがこの時点で魂を奪われていた。


「やめときな馬鹿ども。この女は魔性の九尾の狐だよ。相手されるどころか生命力吸われて不老のかてにされるのがオチだ。」


 ぼーっと見とれている組員の頭をはたく蘭。

 それを見て、ねたようにみずめは口をとがらせる。


「ちょっと、別に私生命力吸ったりとかしてないんだけど。」

「比喩だ。だが実際そんなもんだろ。」

「やーねー、別に私はそんな魔女みたいなことしないわよ。この顔は天然100%素材ですぅー。」

「はいはい。」


 外見だけでは身長のそこそこ高い蘭が姉、低いみずめが妹のように見えるが、会話を聞いていると全く逆の構図が見えてくる。

 蘭は素っ気なく返しているが、みずめはそんなのお構いなしにぐいぐいと話しかけている。


「ていうか蘭、あんたまだそんな男みたいな恰好してるの?この前着物見繕ってあげたじゃない~。せっかく綺麗な顔してるんだからもったいないわよ。」

「捨てた。」

「そんなことになるだろうと思って、もうワンセット夜叉に送っといたのよね~。」

「はあ?」

「ギクッ。」

「随分喜んでくれてたみたいだったから、たぶんまだ大事にとっといてくれていると・・・」

「おい、ちょっとこっちに来いや糞亭主。」

「ま、待て蘭!せめて処分するのは一回着て儂に見せてからにあああああああ!!」


 バキボキと、人体からしてはいけない音が夜叉から響いてくる。

 がしかし、これを止めようと思う猛者はこの場に居合わせなかった。組員の数名はおろおろとしているが、三鬼がやれやれと言いたげな様子で傍観しているのでそれにならって手を出していない。

 そして、こちらもこちらで痴話喧嘩に構わず会話が進んでいた。いや、構わずというよりも構っているどころじゃないというべきか。


「九尾様がお前の親!?」

「はい。」

「マジで?」

「はい。」

「聞いてねえんだけど。」

「言ってませんからね。」

「いや、そうだけども。だがよお、もっとこう、何か言うべきことがあるだろぉ・・・!?」


 ゆさゆさとゆすられながら、いなりはしばしの間思考する。

 言うべきこと。

 今ここにいるのはいなりの両親である、みずめと佐助。

 その二人とは初対面の八重、愁、北斗。


(そういえばまだきちんと紹介していなかったか。)


「九尾の狐の、母の吉祥寺みずめと人間の父の吉祥寺佐助です。」

「うーんんんっ!そういう事じゃなくてだなあ?」

「いや、言うても無駄やろ。」

「吉祥寺佐助?吉祥寺・・・・・。」


 脱力したように愁がうなだれ、八重が首を左右に力なく振る。ただ、その代わりに北斗がはじかれたように佐助の方を向いた。


「吉祥寺名人本因坊めいじんほんいぼう!?」


 そう言って、わなわなと震える指先を佐助にむける。

 メイジンホンインボウ。

 聞きなれない言葉にいなりは首を傾げた。


「囲碁界の七大タイトルを最年少で制覇し、その座を誰にも譲らない無敗の絶対王者だぞ?知らないのか!?」


 詰め寄るような勢いでまくしたてる北斗。

 いなりはそれをどうどうといなしながら、首を回して佐助に問う。

 みずめは黒羽や夜叉達とまだ会話をしていたので、佐助はいなり達の傍に来ていた。


「そうだったんですか?」

「世間からはそう呼ばれてますね。あまり意識してませんでしたが。」


 どうやら佐助は囲碁業界ではそこそこの有名人だったらしい。

 仕事の話を家庭ではあまり佐助はしないのと、いなりが囲碁にあまり興味がないという訳で知らなかった。そもそも、本人すら意識していないとなるとどうしようもないのかもしれないが。


「あの・・・・・握手させていただいてもよろしいでしょうか?」

「え、あ、はい。どうぞ?」


 今まで北斗がここまで興奮したことはあっただろうか、いやない。

 なにせ影の中の二体から若干すまなそうな、「うちのご主人が申し訳ありません。」とでも言いたげなオーラがにじみ出ている。あの過保護二体が、である。それぐらい北斗のエキサイトぶりはすごい。

 ぶんぶんと振り回されるような握手を果たした後も、北斗はきらきらとした尊敬の眼差しを向けていた。

 あとで佐助にサインなりでももらっておいてあげようかと、いなりは柄にもなくそんなことを考えた。


「まあまあ、何はともあれ。せっかくの再会、昔のように三人で飲みましょ?」


 そういって、みずめは一升瓶をどこからとなく差しだした。




◇◆◇




 吉祥寺夫妻を加え、大江山組の宴の席はさらに盛り上がったものとなった。

 なにせ、妖怪界を代表する大物の三柱がそろい踏み。通説によると力のある妖怪ほど酒には強いものらしく、実際目の前では次々と酒樽が空いていった。

 五つめの樽の封が切られた今でも、夜叉・みずめ・黒羽は涼しい顔でくぱくぱと酒を飲んでいる。このペースについていけないことを早々に悟った蘭と佐助と八重、そして飲酒不可のいなりと愁は少し離れたスペースで食事と会話を楽しんでいた。

 三柱もそれを理解しており、久々の再会、旧友同士で水入らずの積もる話をしていた。


「―――にしても、また三人で顔を合わせるのは久々じゃのお。二百年ぶりか?」

「そうねえ。最期に顔を合わせたのが江戸の頃の会談以来かしら。」


 みずめは猪口をくいっと一息で飲み干す。


「夜叉は引退しても組長なんてやっちゃって忙しいし、黒羽に至ってはあっちこっちふらふらしてて全く居場所がつかめない。裏八坂ですら黎ちゃんにしか会えなかったのよ?」

「だってめんどくさいんだもんー。ご機嫌伺いにくる連中の相手とか勘弁だねー。」

「うわー、可愛くない。」


 美しい顔をゆがませるみずめに対し、黒羽は知らぬ顔。

 見た目高校生の黒羽が盃をぐい飲みしているのはいささか問題な光景だが、年齢的には問題ない。それよりも、彼が他三大妖怪と肩を並べているのを見るのは非常に新鮮だった。


「かっかっか!だと思ったわ!相変わらずだなあ、お前さんは。」


 その一方で、夜叉は膝を叩いて大笑いをする。

 比較的ゆっくりな(一般的にはやはり早いペースだが)二人に対し、夜叉はぐびぐびと水を飲むかのように酒を仰ぐ。


「でも、まさか今世で高校生してるとは思わなんだ。」

「ほんと。年齢詐欺にもほどがあるわよ。」

「いや、一番の年齢詐欺はお前さんだろ。んで、愁を含めて、高校生活はどうなんじゃ?」

「どう、ねえ・・・・・。」


 夜叉に言われて、黒羽は視線を斜め右前に移す。

 ちょうどその時。

 視界に移ったのは、したたかに酔った八重に一升瓶を口に突っ込まれている愁。それを止めようとしている北斗。ひっくり返っている愁を吐かせて水を流し込むいなりの姿だった。


「・・・・・あの子、本当にお前の娘か?」

「奇遇だね。僕もずっとそれは思ってた。」

「二人とも一生悪夢でも見させてあげましょうか?」


 うんうんとうなづき合う黒羽と夜叉に、笑顔で拳を振り下ろすみずめ。

 細い女の腕から繰り出された一撃とは思えない衝撃を受け、夜叉と黒羽は揃って頭部を抑える。


「っててて・・・いや、だってそうじゃろ!?あんな出来のいい子がお前の遺伝子なわけがない!ポンコツからどうやったら天使が生まれるんじゃ!!」

「何さー!私のどこがポンコツだって言いたいのよ!」

「全部でしょー。」

「黒羽あんたちょっと本格的にしごくわよ?」

「それはたんま。はい飲んで飲んでー。」


 いよいよ拳を鳴らし始めたみずめを酒を注いで静め、一旦クールダウンをさせる。

 みずめも勢いのままにぐいぐいっと飲み干す。


「まあ、百歩、いや一万歩くらい譲っていなりの性格が私に似ていないのは認めるわ。あの子は父親似なのよ。」

「「だろうな(ね)。」」

「あー、ムカつくわね。でもそれを言ったら愁クンだって夜叉に全っっ然似てないじゃない!!」

「どこがじゃ!儂のグットルッキングをそりゃもうしっかり99%引きついどるじゃろうが!!」

「いーえー。あの子はあんたみたくむっつりスケベじゃありませんー。見なさいよあの下心0の純粋な眼を!!さっきからちらっちらちらっちら蘭の胸元覗いてんじゃないわよエロ爺!!!」

「あー、懐かしいねーこのやりとり。もうどっちもどっちのくせにひかないんだよなー。」


 白熱する夜叉とみずめの口論に挟まれながら、黒羽は遠い目をして平安の頃に一人想いを馳せた。

 俗にいう、現実逃避である。




◇◆◇




「爺達、何話してんだ?」

「さあ。昔話とかでは。」


 ぎゃあぎゃあと三柱がバカ騒ぎをする間。酒を無理やり飲まされた愁はとっくの昔に復活し、いなりは寝落ちした八重にタオルケットをかけていた。

 そろそろ深夜一時を回ったのではないかという時刻。夜を生きる妖怪達がいよいよ活気づきはじめ、広場はさらに騒がしくなってくる。矢倉の囃子も佳境に入り、四本腕の鬼の見事な乱れ打ちがさらに場を盛り上げる。静かな、山林に妖怪達の笑い声が木霊する。

 だが、愁はどこか浮かない顔をしていた。

 宴に不服、という訳ではない。不安。警戒。彼の表情はそう物語っていた。

 そして、意を決したようにいなりに問いかける。


「なあ、なんか視線感じねえか?こう、ピリピリした・・・」

「私も感じます。これは・・・・・殺気―――」




 いなりがそう言うな否や。

 誰かが叫んだ。


「襲撃だ!」

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