裏八坂祭 4
四大妖怪と組。
今までの話を聞く限り、非常に似た役割を持つこの両者の存在。両者の最大の相違点はずばり、棲み分けにある。
それが表社会と裏社会だ。
四大妖怪はその存在意義から常に表の妖怪―――人間に交じって生活をする妖怪―――を統治する役目を持っている。統治する、と言っても政治的な活動をするわけではない。
彼らが与えるのは『秩序』だ。
妖怪の世界は弱肉強食で、法律も憲法も存在しない。力がものをいう、本当の意味での無法地帯だ。しかし、人間と共存していくうえでそれが全て罷り通るわけではない。どこかで妖怪は一線をおかなければならない。その一線を決めるのが四大妖怪である。人間に恐怖を植え付ける一方で、妖怪が人間社会を脅かすのを防ぐ。人間側と妖怪側の両者のストッパーとなっているのだ。所謂『君臨すれど統治せず』の体系ともいえよう。
一方で、組は裏社会を取り締まる集団、という認識だ。四大妖怪が王とすれば、組は自治団体とするとわかりやすい。裏社会はその名前から想像する通り、表社会に比べて非常に物騒で治安が悪い。いや、そもそも警察が妖怪の世界には存在しない時点で治安もへったくれもないのだが。
とにかく、人間に化けて穏やかな生活志向の妖怪の多い表社会に比べて、裏社会では過激で刺激のある生き方を求める“昔っからの妖怪”の割合が多い。なので多少の荒事は許容されるにしても、無関係の周囲を巻き込む、ましてや表社会にまで悪影響を及ぼそうとする輩は言語道断だ。
そうした連中から四大妖怪のもたらした秩序を守るのが組の役割である。人間流に言えば暴力団ではなく、それを取り締まる側のマル暴に近い。
その中で、酒呑童子率いる大江山組は新宿、渋谷を
ちなみに、以前いなりが推察していた通り、酒呑童子は東の三大妖怪ではなかった。大江山組は酒呑童子が引退した後に、三大妖怪勢力を引き継ぐ形でできた組である。ちょうどそれが江戸時代の頃で、四大妖怪制度への転換期。酒呑童子はこの
―――閑話休題
そんな最強一家のような大江山組。皆が信頼し、敬愛してやまない酒呑童子の孫である愁は無論、配下の妖怪達から我が子同然に可愛がられていた。勿論、ただ酒呑童子の孫というだけで彼が好かれているわけではなく、彼の人となりからでもある。
そんな愁の友人、という名目で連れてこられたいなり達。
「おう、嬢ちゃんら飯はまだ皿にあるかい?」
「遠慮せずたくさん食えよ。」
「手前ら!若のご友人達にお飲み物をお持ちしろ!!」
といった具合で、案の定熱烈ずぎる歓迎を受けていた。
(別に不快ではないのだが・・・・・。)
「圧がすごいな。」
まさしく言いたかったことを北斗が言ってくれた。
裏社会で生きているだけあって、なかなかパンチのきいた容貌、厳つい風体の妖怪が多い大江山組の組員。見た目だけなら人間の極道者よりも威圧感がある。
身内である愁はともかくとして、黒羽は元々顔見知りというのもあり、自称・元ゴロツキの八重はこういう空間に慣れていた。だが、そんな環境とは無縁の一般的な家庭で育ったいなりと北斗。恐怖は覚えないが、居心地の悪さは感じていた。
強面のおっさん方に囲まれ、いなりと北斗は料理をこれでもかというほど盛られた紙皿を手にしたまま固まっていた。
しかし、そこに思わぬところから救いの手が差し伸べられた。
「おいこら、客人の相手ばっかして全然飲んでねえじゃねえか。ここは儂に任せてお前らは飲んで来いよ。」
大ぶりの盃を手に持った夜叉がやってきた。先ほどまで黒羽と話し込んでいたようだが、蘭に黒羽の話し相手を取られてしまったよう。いや、それともこちらを気にしてわざわざ赴いてくれたのか。どちらにしても地獄に仏(そう言ってしまうと組員の方々に大変失礼だが)だったのには変わりない。
「なーに、儂もちょうどお客人と喋りたかったところじゃ。気にせず飯食ってこい。」
くいっと指で向こうに行っていいぞ、というジェスチャーをとる夜叉。組員たちははじめこそ申し訳なさそうにしていたが、夜叉の笑顔の圧によって退散していった。
「どれ、どっこいせっと。」
夜叉はそれを確認すると、北斗の傍にどっかりと腰を下ろす。
夜叉は確かに大柄で、周りに比べて圧倒的な存在感がある。しかし、その顔は愁を三十路くらいまで老けさせたらこんなふうになるんじゃないか、といった大人の色気をもった美丈夫。見慣れた顔というのもあって、見た目からの圧は組員に比べたら全然感じない。安心感すら感じてしまう。
「どうじゃ、飯はうまいか?」
「とても美味しかったです!」
これに北斗が即答し、いなりはうなづく。これは別に夜叉に気を遣ったわけではない。本当に料理がおいしかったからである。
唐揚げはさくっと歯触りが軽く、ジューシーな鶏肉が舌の上を踊る。また、人参やアスパラガスの肉巻きなんかはミニトマトやチーズと一緒に可愛く串にまとめられ、見た目も楽しい。
そんな数々の絶品達の中で、驚いた一品はコロッケだ。コロッケといっても、ただのコロッケではない。ポテトサラダのコロッケである。少し酸味が効いていて、普通のコロッケよりもあっさりとしている。
今は食休みで箸をおいているが、少し前まで舌鼓をうっていた。
夜叉はそれを聞くなり、にやりと口角をあげる。
「実はこれ全部、虎が作ったんじゃよ。なあ虎!絶品だそうじゃ!!」
意外な人物の名前が上がり、いなりと北斗が虎太朗の方をむく。虎太朗は熊樹に小突かれながら、照れくさそうにえへへ、と頬をかいていた。
「料理は大好きなので、そう言ってもらえて光栄です。」
「虎はうちのモンの中でも料理の腕は一、二を争うからな。」
「俺の弁当も虎の手作りなんだぜ!」
夜叉に続き、いつの間にか愁も会話にログインする。
それによって判明した、いつも愁が食べている豪華三段重弁当の料理人。確かにあの弁当の出来も相当な質クオリティーだった。
「満足してくれて良かったよ。無理やりこっちに引っ張り混んじまったからな。知らない連中ばっかで気まずかったろ?」
「とんでもないです。先ほどは本当にありがとうございました。」
どうやら夜叉がこちらにきたのは本当にいなり達を気遣ってのことだったらしい。
いなりは改めて礼をすることにした。
「それよりもすみませんでした。そのせいで蘭様に勘違いをさせてしまって。」
「いや、ありゃいなりのせいじゃねえだろ。爺が半分不審者じみてた。」
「違うわ!」
夜叉が愁の頭をぺしんと軽くはたく。
そして、急にまじめな顔になって顎に手をやってうーんとうなりだした。
「でもなあ、そん時から思っとるんじゃが、お前さんなーんか見覚えのある顔なんじゃ」
「あら、うちの
夜叉の言葉を遮るように、凜とした声が響く。決して大声ではないが、その声に一同が全員意識を取られた。
そこには桔梗の花が優雅に咲く、赤紫の着物を着た艶やかな美女。
美女というには甘夏や蘭、八重も世辞なしにここに分類されるのだが、それすらも寄せ付けない類まれな美貌。夜というのもあいまって、何とも言えない幽玄美を醸し出していた。
周囲の人々が魂を抜かれたかのように彼女を見つめ、中には見とれすぎて玉突き事故を起こしているところもある。ちらちらと声をかけようと様子を伺っている連中は、彼女の横に寄り添うように歩いている狐面をつけた男を視認するなり、そいつに向けて妬み、嫉妬、羨望etc.・・・をふんだんに含んだ歯ぎしりを鳴らしていた。
こんな愛憎渦巻く状況を作り出せる者は、いなりの知る中で二人しかいない。
「みずめ、佐助。お二人とも来てましたか。」
「はぁーい、いなり。」
「どうも、娘が世話になっています。」
佐助の言葉に、場が固まった。
比喩ではなく、そのままの意味である。
本当に、時を止めたように誰も動かなかった。
そして、じっくり十秒の沈黙の後、
「「娘ぇぇえええええええ!?!?!?」」
絶叫が響き渡った。
「いや、うん。もはや薄々感じてたわ。」
「うん。なんかそんな気がしてたんだよねー。」
約二名だけ、納得したような顔をしていたのは言うまでもない。
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