裏八坂祭 3
「ここが大江山組の毎年の恒例の陣地じゃ。」
案内されたのは、中央の矢倉より少し離れた竹林寄りの場所。広いスペースには花見の時に使うような赤い大きな敷物が敷かれている。その周りでは多くの妖怪が重箱やビールケースを手に
「大江山組?」
夜叉の言葉に引っかかりを覚えたのか、北斗が小さく呟く。それは他者に問いかけるつもりはなかったようだが、誤解させたくなかったのでいなりは北斗のみに聞こえる声量で答える。
「“組”と言っても、暴力団とかそういう危ない組織ではないですよ。」
妖怪の世界は弱肉強食の世界。強者のもとには自然と弱者が集まる。
基本、今の妖怪社会は四大妖怪に統率されて成り立っているが、それは表社会のみでの話。横濱のような裏社会では、四大妖怪の目が届かないところで数々の争いが起こる。そして、その争いというのは個々人のみみっちいものではなく、対立する集団同士の抗争だ。
集団、というのは強力な妖怪(所謂“土地の名”持ちの妖怪などの個々を特定できる大妖怪)を中心とする一派のことを指す。こうした派閥は四大妖怪にあまり協力的でない上に、静かにその立場を狙っていたりする。なので、裏社会内での抗争にとどまらずに、人間のいる表社会まで影響を与えてしまうことがままある。
それを防ぐために、派閥とは別に裏の部分を取り仕切る妖怪の集団が存在する。それが組である。
酒呑童子率いる組は平安時代の名残から“大江山組”と呼ばれ、東の地最大勢力を誇る。四大妖怪制度の中で土地を治める立場を引退した今、表ではなく裏でその力を発揮しているというわけだ。
「なるほどな。」
ひとしきり説明を聞いて、相槌をうつ北斗。その納得の言葉は、友人が反社会集団の関係者でなかったことに対する安堵も含まれていた。
そんな風にこそこそと二人で会話しているうちに、いつの間にか人だかりができて夜叉、蘭、そしていなり達五人を囲っていた。
中でも目立つのは三人の人。否、正しくは人ではなく妖怪だ。
その証拠に、彼らの頭部には角が生えていた。鬼である。
「夜叉様、蘭様!場所取りが済みましたの。どうぞおいでになさって、ですの。」
「おうよ。
「いえ、これくらい当然のことですの。」
そう言ったのは、甘夏と呼ばれた巫女服の少女。ふふんと胸を張り、褒められて高揚する気持ちを隠し切れないのが分かった。
「
「とんでもないです!」
「これぐらい大した仕事じゃねえっすよ。」
次に夜叉が声をかけたのは少女の後ろに立っている青年二人。こちらの二人は中華風のいで立ちである。
そして、夜叉の隣にいた黒羽に気づくと二人は慌ててぺこりと頭を下げた。
「黒羽様!お久しぶりです!」
「あなたがここに居るってことは、また今年も
「やっほー。ふっふっふ、相変わらずカンが鋭いねー、熊。」
東の地で黒羽がただの妖怪でないと知っているのは、同じく三大妖怪だった夜叉、みずめ、及び彼らと近しい者たちのみ。だが、彼らは黒羽に敬称をつけて呼んでいることからかんがみるに、平安時代、三大妖怪になる以前からの顔見知りなのだろう。
そう判断して、いなりは三人の姿を観察する。
橙の巫女服をまとった少女は、垂れ目で、緩くウェーブのかかった朱色の髪は毛先に行くほど濃くなっている。角が特に特徴的で、山羊のように頭の横でカーブを描いていた。
虎と呼ばれた男(といってもいなりたちと同年代に見える)は黒髪が一房混ざった銀髪で、斜めぱっつんの前髪が特徴的であり、少年のようなかわいらしい顔立ちだ。腰からは銀と黒のしまのある尾が生えている。
最後は熊と呼ばれた背の高い男。こちらは虎少年とは打って変わって程よく引き締まったいい体格をしている。金色の髪にはまだらに茶色が混じり、右目の上に切り傷があった。耳にはピアスをたくさんつけ、首にもアクセサリー。派手な髪色とあいまって、いかにもチャラそうなイメージがある。
「それから・・・隣に居る奴らは誰すか?」
夜叉や蘭、黒羽、愁に向ける暖かい視線とは別に、鋭利な刃物のような鋭い視線が他の三人に突き刺さる。もしも黒羽や八重の傍でなかったら、地面にへばりつけられていただろう。それぐらいの威圧感があった。
「おいおい、そう怖がらせんな。愁の通ってる高校の同級生さん達じゃ。」
ビリビリと緊張がほとばしる中、陽気な声が割って入った。夜叉である。
今にも飛び掛からんとする獰猛な猛獣を素手でいなすがごとく、夜叉は三人をたしなめた。
「神楽狸の八重言います。よろしゅう。」
「室咲北斗です。」
「妖狐の吉祥寺いなりと申します。」
いなり達の自己紹介を聞くなり、張り詰めたような空気が一気に霧散した。
「えっ、
「これはとんだ失礼を!」
「夜叉様、早く言ってくださいよ!!」
三者三様の反応をして、ばたばたとその場で控えようとする。立場が急に逆転してしまった。
「あんた達、そんなことよりも名前教えてあげな。」
その三人の様子を見て、呆れたように蘭が首をすくめる。これを見て、また慌ただしく三人は背筋を伸ばして立ち上がった。
「はっ、そうですの!!大変失礼いたしました、
「
「
(なるほど、彼らが
―――三鬼
平安の期より酒呑童子の眷属として有名な強力な三人の配下。酒呑童子はその人柄から多くの妖怪から慕われ、たくさんの配下を持っている。中でも彼らは直属の配下―――眷属である。
眷属というのは、一般的に『血筋のつながっている者』のことを指すが、妖怪の中では『従者』の方を意味する。
骨の髄、身体を巡る血の一滴まで、全てを捧げて忠誠を誓う者のこと。あえてこの言葉を使うのは、その意味の重みからなのであった。
いなり以外の三人はそれどころじゃなかった。
「ぶっ・・・・待って、
「うつけ若の間違いちゃうん?」
必死に笑うまいと、顔を背けて肩を震わせる北斗に対し、吹き出してしまっている黒羽と、もはや声に出して大笑いしている八重。どうやら、今時『若』なんて滅多に聞かない呼称がツボに入ったようだ。
いなりからしてみれば、別にどうでもよいと思うことなのだが、呼ばれている本人にとっては違うらしい。みるみる愁の顔が赤くなる。
「お前らぁ~・・・!!そうやって呼ぶのやめろっていつも言ってるだろ!!」
「え~、ですが私わたくし達にとって若は若ですの。」
「うんうん。若は若だ。今更変えられないよね。」
「いいじゃないすかー、若。」
しかし、そんなことをまるで気にも止めない様子の三鬼。若を連呼する。
どうやら彼らはかなりいい性格をしているらしい。ここぞとばかりに若、若と連呼している。そのいじり方が、弟を可愛がる兄、姐を思わせる。
「だー!もうやめろつってんだろうが馬鹿野郎共!!」
恥ずかしさがMaxに達し、ついにキレた愁。
ブチリと勢いよく首から下げた御守りを引きちぎり、妖力を流し込む。たちまち小型化されていた愁の愛刀がその刀身を現した。
刀を握りしめ、三鬼めがけて突進せんとする愁。
が、それは頭上からふり落とされた鉄拳によって阻まれた。
「人前で暴れんじゃねえ。」
本日二個目のたんこぶを作り、気を失った愁を見下ろす蘭。彼女の目は見ている者さえ震え上がらせるほどの怒気がにじみだしていた。
「さ、気にせず好きなとこに座ってくれ。」
しかし、蘭は何事もなかったかのように四人に笑いかける。
後ろで三鬼の顔がさーっと青ざめていたが、気のせいではない。そして、さらにその隣で夜叉がガタガタと震えていたが、これもまた目の錯覚ではない。
「もしかして愁が無駄に頑丈なのって蘭の英才教育のせいかなー。」
「冗談抜きにあり得ますね。」
鬼嫁とはまさにこの事。
ずるずると引きずられる愁を遠目に、いなりと黒羽は久しぶりに意気投合した。
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