横濱事変 7

 がしゃあんという派手な音を立てて、天井が崩れる。

 愁の術の発動を合図に、いなり達は一斉に船に乗り込んだ。妖力で強化した体ならば、船着場からそれほど離れていない客船までひとっとびでいける。空中にいた愁だけはそのまま重力に従って落ちていったが。

 崩れ落ち、元は天井であった瓦礫の中から、いなりはゆらりと立ち上がった。

 いなりが降り立っていたのは、船内に設けられたパーティー会場のど真ん中だった。

 八重と愁は別の場所から入ったらしく、近くに姿が見えない。一緒でなかったとしても、二人のことである。心配する必要は皆無であろう。

 かわりに、周囲には、口元の開いた羊の頭骨の仮面をかぶった集団がいた。見るからに豪華な衣装に身を包んでいることから、おそらく競売オークション参加者だ。

 顔ばれを防ぐための仮面によって表情は読み取れないが、口々何かを叫んでいる。それは、怒声であったり、悲鳴であったりと実に様々。

 いなりは会場内に設けられたステージの方に目を向ける。

 そこには、檻が複数、商品を陳列するかのように並べられていた。中には捕らえられた妖怪達が入れられている。獣型の妖怪は暴れられないよう、楔を体に打ち込まれ、赤黒い血が溢れていた。

 それを見た時。ざわりと胸の奥で何かが渦巻いた。

 非道、下劣、極悪・・・・・。眼前に立つ有象無象らの所業を、自分の知っている言葉を総動員しても言い表せなかった。

 いなりは、心の底でほっと安堵した。ここに、八重や愁、黒羽がいないことに。彼らを巻き込んでしまう心配がないことに。


 抑えきれずにあふれ出した妖力が銀髪をなぜる。色素欠乏症と偽られている瞳が本来の色を取り戻し、紅々と輝きだした。


下衆共げすどもが。死ね。」


 会場内に舞う、白い花吹雪。それはさながら、星空の下にひっそりと散る、宵桜よいざくらのごとく、淡く、儚く、美しい。

 しかし、その花弁に触れれば最後。触れた者を一瞬で、骨をも残さず焼き尽くす、超高温の灼熱の業火となる。


 広範囲炎術こうはんいえんじゅつ―――妖炎乱舞ようえんらんぷ夜桜よざくらの舞


 死の吹雪の中央で、いなりは二尾の人狐じんことなって駆ける。天窓から差し込む月明りが、化粧となって彼女の美貌をより際立たせた。




◆◇◆




 とある人は、思い出した。

 かつて、寝物語で聞かされた一人の女の話を。

 遠い昔、一国を滅ぼした傾国の美女。

 銀河のごとく流れる美しい銀髪と、全てを飲み込む幻惑的な金銀妖瞳オッドアイ

 大陸を炎の海へと変えた、その女の正体は―――


「じ・・・白面金毛九尾狐ジオウェイフウ・・・・・!」


 炎の渦に飲まれる中、誰かがそう叫んだ。

 ただの参加者かもしれないし、主催者側の人間なのかもしれない。

 だが、そんなことはどうでもよい。

 文字に起こすことのできない音の羅列だったが、いなりは何をこの人間が言いたいのか、正確に理解した。  


「惜しいですね。ですが、知る必要はありません。」


 謳うように囁き、いなりは左手を振る。すると、散っていた花弁が集まり、一輪の花となってその手中に現れた。 

 その薄紅色の花に、いなりはそっと息を吹きかける。花はほどけるように炎へと変わり、運悪く残ってしまった仮面の者達を包み込む。


 炎術―――燐火りんか手向草たむけばな


 花弁の熱を収束した花は、灰すら残すことなく命を燃やし尽くした。


「妖怪は反撃主義。やられた分は徹底的に返すのが、私たちの礼儀です。」

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