来訪者と四大妖怪 2

―――四大妖怪

 それは、日本を東西南北に分け、その土地の妖怪を一挙にまとめ上げる現代日本最強にして最恐の四柱の大妖怪の呼び名のこと。

 彼らは同士である妖怪達から絶対的な信頼と忠誠を得る代わり、人間が妖怪へ危害を加えるのを防ぐ役割―――すなわち、強大な力による牽制けんせい――――を果たす重要な存在だ。

 もしも四大妖怪がいなければ、妖怪はそれこそ絵物語と成り果てていただろう。 

 人間ヒトが世に現れた時から、妖怪もまたこの世に在った。

 そして、いつからか(いや、そうあるべきモノなのかもしれないが)人間は集団生活をするようになる。

 人間は弱い。妖怪のように自然を改変してしまうような力を持たない。

 しかし、その代わりに彼らは団結し、一人一人が安全に暮らせるような機構システムを作り上げた。 

 それが<社会>だ。

 人間の作り上げた社会機構は異分子を徹底的に排除し、利己を守ろうとする。鋭い牙を持つ狼からおびえ、身を守ろうと群れる羊のように。

 そんな中で、妖怪は彼らの社会機構安全な柵の中から最も排除すべき存在だった。

 姿がろくに見えないうえに、自分らを脅かす力を持っている。また、その姿は人とはかけ離れた異形の怪物。人間が妖怪を悪者とみなし、敵視するには十分な理由がそこにあった。

 これが、妖怪と人間の終わりなき冷戦の始まりである。

 何百年、何千年もの間、妖怪は人間から疎まれ、恐れられ、殺されてきた。

 繰り返される妖怪達の悲哀の歴史に終止符が打たれたのは、人間の数えるところでいう平安時代。―――――妖怪の最盛期である。

 この時代に日本最強をうたわれた、三柱の妖怪が現れたのだ。

 三柱の妖怪達は無情に殺されゆく同胞を守るため、妖怪による人間への反乱を起こした。それが後世に語り継がれる歴史の転換点、“天神てんじんの変”である。

 以降、人間と妖怪は休戦協定を結んだ。

 人間は妖怪を排除すべき理由がない限り殺さない。妖怪は人間から手出しをされない限り人間を殺さない。

 この両者の関係の進歩に大きく貢献した三柱の妖怪達は、人間への恐怖の象徴、妖怪達の守護者として君臨することとなる。妖怪達は、彼らを敬意をこめて三大妖怪と称し、敬い、忠誠を誓った。

 この通り名はいつしか支配者の称号と変わり、三大妖怪は土地を区分することで妖怪達の統率をはかるようになる。これが三大妖怪制度、後の四大妖怪制度の始まりである。

 東京の発展に伴って区分は四つに変化したことで、土地区分は四つへと移り変わり、四大妖怪へと名を変えたり、代替わりを経たが、今でもその強大な権力は衰えることはない。


「・・・・・そんなヤバい連中の一人だって?お前が?嘘だろ?」

「手前!!目ん玉穿り出して磨きなおしたろか!」


 ガタンと席から立ち上がり、愁に目つぶしを仕掛ける八重。愁は紙一重でその攻撃をかわした。

 黒スーツの男達の襲撃の後、いなり達は腰をゆっくり据えられる喫茶店へと移動した。

 撃退したとはいえ、再び襲われることはないという確証はない。人目の多いところならばそう表立った行動はできないだろうという配慮の上でだった。(断じて、八重の観光目的ではない。)

 今、いなり達のいる店<ツキ>は表通りにある小さな喫茶店だった。JKやギャルがスマホを片手に行く店とは違い、知る人ぞ知る地元民の穴場である。

 和をモチーフにした店内はカウンター席の他に、可愛らしい兎の切り抜きのある障子で隔てられたテーブル席が四席。いなり達は店の一番奥のテーブル席を陣取っている。(いなりと八重が隣同士、愁と黒羽がその向かい合うように座っている。)

 そして、各々好きな飲み物を注文し、改めてぼちぼち自己紹介(名前と自分の本性のみだが)をしている最中であった。

 会話内容は先に述べた通り、八重の素性についてが主だった。


「いや、嘘は言ってないと思うよー。」


 目つぶしされかけてもなお、疑わしい視線を投げかける愁に対し、黒羽が口を開いた。


「四大妖怪をうそぶく奴らはたぶん真っ先にこれだし。」


 これ、のところで黒羽は親指を首の前で水平に動かす。このジェスチャーが解雇クビを意味していないことはこの場にいる全員の暗黙の了解の上に成り立っている。

 人間の倫理観は妖怪には通用しない。殺しは犯罪、許されざる罪だと人間は言う。何よりも尊ぶべきものは、社会機構システムを維持すべき命だからだ。たとえそれが、己の親や親友を殺されたとしても、相手も人間である、という理由で仇討ちもまた犯罪とみなされる。

 一方で、妖怪にとって死は身近な存在だ。

 確かに妖怪の世界にも善悪の分別はある。だが、実力主義の妖怪界において、それを決着づけるのは全て力だ。妖怪が戦う術を本能的に理解するのは、そうした背景にある。 

―――閑話休題


「マジでか・・・。」


 真面目に呟く黒羽のコメントに、愁は絶句した。やっぱりまだ信じられないという目で八重を見ている。だが、いなりに言わせてみればむしろそうでなくては困っていたところだった。

 先ほど見た限りでも、八重の白兵戦の技術はずば抜けている。しかも、誤魔化してはいるつもりなのだろうが、溢れ出る妖気は彼女の妖力の強さが物語っていた。

 逆にこれで四大妖怪でなかったら、本物の四大妖怪はどんなバケモノになってしまうのやら。

 いなりは自分の生い立ちを棚に上げて、そんな事を考えた。


「すると、八重様は」

「あ、そういうのいらんからな。うちの管轄は西。東の妖怪がうちに敬意を払う必要はあらへんで。そのくらいの領域区分はわきまえてるつもりやし。ちゅうか、上下関係やら邪魔くさい。」


 敬称を使ういなりに、かなり砕けた調子で答える八重。めんどくさそうにふいふいと手を振り、へらへらと笑っている。

 ・・・・・それでいいのか四大妖怪。仮にも頂点に立つ存在なんだぞ。

 と、ツッコミたくなるのをいなりは持ち前(?)の無表情ポーカーフェイスで乗り切った。


「では、八重と呼ばせていただきますね。」

「敬語もいらんで。」

「いえ、これは私の口癖のようなものと言いますか。」

「敬語が口癖ってどういうこっちゃ。」

「そういやいなりって俺らに対してもずっと敬語だよな。今更気づいたけどよ。」

「聞きなれたよねー。名前は呼び捨てだから、あんま違和感ないし。」


 そんな具合に(本人としては心外だが)話の話題がいなりにうつって場が和んだところで、ちょうど飲み物が運ばれてきた。

 ウェイターの手に持つ盆の上には飲み物が四つ。

 いなりがアイスティーを、愁がコーラを、黒羽がメロンソーダを、八重はオレンジジュースを頼んでいた。

 通路側に座るいなりと愁が受取り、他の二人の分を回す。

 甘そうなエメラルドの液体の中に、ガムシロップをさらに三つ開けた黒羽を横目に見つつ、ふと愁が口を開いた。


「でも、なんでまた西のお前が東に来たんだ?」


 何気ない一言に、さっと八重の表情がニパニパとした愛想のいい笑顔から一変、険しいものに変わった。

 カランと、グラスの中の氷が揺れる。


「・・・・・競売オークションがあるのは知っとるか?」


 その単語を聞いた瞬間、愁の顔が歪んだ。

 残る二人はあからさまに表情に出さなかったが、黒羽は切れ長の瞳をさらに細め、いなりは膝の上で爪が食い込まんばかりに拳を握っている。

 

―――――競売オークション

 それは富裕層の人間の間で秘密裏に行われる、妖怪の競売。

 基本、妖怪は人間の目には見えないが、極まれに、人間の目にもうつる妖怪がいる。例えば、人魚、槌の子ツチノコ、河童など、人間から未確認生物と称される妖怪達だ。また、ここには半分妖怪の血を引く、半妖怪も含まれる。

 人間の目に見えてしまう彼らは、鑑賞用ペットや製薬用等で高額で取引され、買われたら最後、死ぬまで玩具や研究資料として扱われる。

 中でも、人魚は見た目麗しく、血肉は喰らえば不死の力が得られると、昔から乱獲されてきた。そのせいで今では極端に数を減らし、日本近海では滅多に見られなくなってしまった。

 この下劣極まりない商売は、四大妖怪勢力が中心になって徹底的に潰されている。しかし、この市場はしぶとくその目をかいくぐって、未だに撲滅の目途が立たない。 


「どうもここんとこまた動き出しよったみたいでなあ。」


 声の音がワントーン下がり、八重がうなる。 


「西じゃあ何人も行方不明になっとる。うちの部下もや。」


 みしりと、グラスを握る手に力が入る。

 俯いているので、こちらから八重の表情はうかがえないが、震える声からは、激しい憤りが感じられた。


「ようやくとっ捕まえた関係者を絞って聞き出してみれば、なんでも東で競売会場開くらしくてな。ほんなら派手にカチコんでやろう思て東まで来てん。」

「てことは・・・・・まさかさっきの黒スーツは・・・・・」

「その仲間やな。たぶん。・・・・・全く、わざわざ大阪から東京まで追うてくるなんてなかなか熱烈な連中やんな。」


 はーっとため息をつき、ジュースに口をつける八重。ストローを使うことなく、直接口をつけて飲む。


「でも、『四大妖怪は互いの土地には絶対不干渉』って四大妖怪の間で決められてなかったけー?」


 四大妖怪は一柱一柱の力が、人間でいう核爆弾並みに強い。

 そんな化け物格がほいほい他の土地に首を突っ込んで戦争をおっ始めようものなら、それこそ妖怪大戦ハルマゲドンとなる。

 そのため、四大妖怪同士の間にはいくつかの<掟>が定められている。

 黒羽はその一つをあげたのだ。

 そして、いなりと愁はその事実に目を見張った。


「つまり、八重は・・・」

「正々堂々と掟を破って乗り込んでるよな。」


 しかし、そんな二人を八重はばっさりと切り捨てた。


「掟は破るためにあるようなもんや。そんな小さいもんに縛られといて、大事な仲間を守れるかっちゅー話やで。」


 そう言って、八重はぐいっと、口をつけてグラスを一気に飲み干す。


「それに、うちは四大妖怪やらそういう肩書は、欲しゅうて手に入れたものちゃう。むしろ、んな邪魔くさいもんからはずしてくれるなら万々歳や。」


 ニヤリと、不敵とも、爽快ともいえる笑みをたたえて言い切った八重。傍若無人というか、いっそ清々しいまでに遠慮のない行動力である。

 愁が彼女を「おっかねえ」と評したが、いなりも心の底から同意した。

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