来訪者と四大妖怪 1

「黒羽黒羽黒羽黒羽黒羽黒羽黒羽黒羽黒羽」

「はいはい、そんな名前呼ばなくていいからー。わかってるわかってる。」


 斜め後ろの席から名前を連呼し、ガタガタと椅子を揺らす愁。

 対して、黒羽の口調は変わらない飄々としたもの。まるで気にも留めていないようなそぶりを見せている。しかし、僅かにひそめられた柳眉が彼の心中を表していた。

 そんなリアクションをとる友人らの傍ら、いなりは何とか平静を装ったような表情を保っていた。ここで愁のように明らかな動揺を見せればアウトだと、直感的に察していたのである。

 それほど、あの転校生は三人にとって警戒すべき存在だった。


 二人も気がついているとおり、あの転校生、紫藤八重は妖怪だ。

 しかも、人間に化けていてもなお漏れ出る妖気からは四大妖怪―――――日本の妖怪の中でも特に力を持った四柱の大妖怪―――――に匹敵するほどの力を感じる。

 なぜこんなところに西の地域の大物妖怪がいるのか。

 ポーカーフェイスの裏で、いなりの頭の中はDeleteキーで消された紙上のようにまっさらとなる。


「じゃあ席は松林のとこな。そこに座ってくれ。」

「「「・・・・・!?」」」


 耳に飛び込んできた担任教師のとんでもない爆弾発言に、いなりは「は?」と言いかけたのを無理やり抑え込んだ。もはや動揺を隠しきれていない愁はフリーズ状態に陥っている。

 一方で、転校生、八重は楽しそうにくすりと笑った。


「ほお、なかなかおもろいメンツやな。」


 ゆっくりと自分の席、つまりは三人のかたまる中心に近づく八重。

 その差はおおよそ席二個分。ポツリと呟かれた独り言を十分聞き取れる位置にいるが、心臓の音が大きすぎて、うまく聞き取れなかった。

 表情ごとかっちこっちに固まったいなりの様子を見て、八重は苦笑しながら席に座る。


「そない警戒しやんでぇな。別に取って喰うなんてしやんし。お互い気楽にいきまひょ。」


 三人の耳にははっきりと、しかし周りにはほとんど聞こえないほどの声でひそひそと喋りかけてくる八重。

 穏やかな言葉遣いに、いなりは少しだけ八重に対する警戒心を緩めた。




◇◆◇




 しかし、警戒心を緩めたとはいっても、そう簡単に打ち解けあえるわけではない。

 現に、午前中は全くと言っていいほど八重と三人の間には会話がなかった。というよりも、会話を交わす機会がなかった。

 転校生というものは滅多に出会えない浪漫が詰まった存在のようで、他のクラスメイト達がひっ切りなしに八重に話しかけていたからだ。

 さらに八重は十人が十人美女と答える美貌を持ち主である。

 「四組に美人が転校してきた。」という噂が瞬く間に広がり、昼休みを迎えるころになると、教室の前にはかなりの人だかりが形成されていた。

 ここで迷惑をこうむるのは八重の近所に座るいなり達である。

 ついでと言わんばかりに何かと質問を投げかけられ、いなりはうんざりしていた。クラスメイトならまだしも、名前も知らないような一達に囲まれて穏やかな気分でいられるはずがない。

 チャイムが鳴ったと同時に逃げるように教室から退出し、百キロ婆もかくやのスピードで北斗のいる二組へと非難したのだった。

 そんなこんなで、結局八重と落ち着いて向き合えるようになったのは放課後になってからだった。

 取り巻きはすでに自分たちの部活へと散っていき、教室にはいなり達を含めて数人の生徒だけ残っている。


「さて、立ち話もなんやさかい、どっか喫茶店でもよろか?」


 教室では話せないような内容。つまり、内容の話だ。

 黒羽と愁もその含みを正しく理解し、無言でうなづき合う。

 長話になりそうだ、といなりは心の底で思った。




◇◆◇




 普段、愁は部活、黒羽は電車通学、いなりは徒歩通学と、三人が一緒に帰宅するということはほとんどない。(駅は坂道を下った後、商店街の方向とは別方向に位置するためだ。)

 かつ、新たなメンバーが加わったことで、帰路はしばらく変な緊張感がお互いの間を流れていた。とはいっても、それは八重に対する警戒というよりも、よく知らない人に話しかけようにもなかなか話しかけられない、というコミュニケーション障害の方に偏ったものだが。


「・・・・・なあ、なんか言えよ。」


 ついに坂の中腹あたりで愁が痺れを切らした。小声で二人に耳打ちしてくる。

 いつものメンツの中で一番騒がしい彼にとって、この空間は非常に居心地悪いらしい。


「何をですか。愁が脳筋ってことを伝えればいいですか?」

「なんで俺に限定されるんだよ!?しかも悪口じゃねーか!もっと別の、好きな食べ物とか趣味とか聞くんじゃねーのかよ!」

「お見合いのレパートリーじゃんそれー。」

「んじゃそういうお前はなんて聞くんだ。」

「あなたはなんの妖怪ですか、みたいなー?」

「踏み込み過ぎじゃないですかそれ。」

「じゃあやっぱお見合いシリーズいこうよ。一番妥当だよー。」


 小声からだんだん教室での噂話程度の声量にボリュームが上がり、もはや小声とは言えない大きさになっていく。前を歩く八重の耳に聞こえないはずがない。

 しかし、盛り上がる三人はそれに気づかず、会話はさらにヒートアップしていった。


「だー!とにかくなんでもいいからいくぞ。『紫藤さんはたこ焼きが好きですか?』、これでどーだ!」

「「・・・・・・。」」

「なんで何も言わない!!」


 黙するいなりと黒羽に愁が半ば自棄やけになって叫ぶ。


「いや、なんか微妙・・・・・。」

「仕方ねーだろ!!他に思いつかねーよ!!」


 面白みが別路線に行った質問だったが、もうそろそろめんどくさくなったいなりと黒羽。どうとでもなれと、後は愁に任せることにした。

 最初は何やら「おっしゃ、行くぞ!」とか「落ち着け落ち着け・・・。」とかブツブツ呟いていたが、ついに腹を決めたらしい。戦場に挑む兵士よろしく何か使命感を持って挑んでいった。


「あ、あのー、紫藤さんは、」


 愁が切り出した時。ぴたりと前方を歩く八重の足が止まった。

 はたから見たら、これが愁の問いかけに答えるよう止まったように見えるだろう。

 だが、八重は後ろを振り向くことなくじっと、立ち止まったままだ。


「紫藤さん?」 


 流石におかしいと思って再度愁が問いかけてみたが、返ってきたのは予想外の返答だった。


「さっきからこそこそ付け回してるのはきづいてんで。ちゃっちゃとでてこい。」


 クラスメイト達との軽快な会話の調子とは想像をつかない、ドスのきいた低い声。もしもこの場にいるのが低級な妖怪であったならば、恐怖ですくみ上っていた事だろう。


「やっぱりねー・・・・・。」

「付けられてたって、マジか。いつの間に俺ら有名になってたんだ?」

「絶対違うと思います。」


 八重の発言により、物陰から突如として現れた四人の男達。黒スーツにサングラスをかけ、手には拳銃を持っている。妖怪ではない。

 しかし、サングラスの奥の濁った眼には、明白な殺意が読み取れた。

 そして、彼らの視線の先には八重がいる。つまり、この四人の狙いは彼女だ。

 何を理由に妖怪の彼女が人間に狙われているのは分からないが、それでもこの場が本当の戦場に変わってしまったのには変わらない。

 三人はそれぞれ臨戦態勢に入った。


「おい、そこの阿呆あほう。」


 しかし、それは八重の手によって制された。これは自分の獲物だと、言わんばかりに。


「さっきの質問の答えなんやけど、」


 落ちていた木の枝を拾い上げ、半身になって片手で構える八重。

 刀の替わり、というには少し長めの細長い枝だ。


「タコ焼きも好きっちゃ好きやが、」


 にらみ合うこと数秒。

 先に動いたのは八重だった。

 引き金を引く時間を与えることなく、一瞬で間合いを詰める。そして、流れるように横に払うよう拳銃を絡めとった。

 はじかれた拳銃が宙を舞い、地面に落ちるまでの一拍のわずかな間。枝が八重の手を滑り、前に立つ男二人のみぞおち、首の後ろをそれぞれ強打する。その勢いに乗ったまま、八重は後ろを振り向くことなく、素手で襲い掛かって残る二人の顔面に鋭い刺突をくれてやる。 


「喧嘩の方がめっちゃ好きやで」


 カツンと拳銃が地面に落ちた音がしたときには、すでに四人の男が地面に突っ伏していた。


「おっかねぇ女・・・。」 


 デリカシーに欠ける発言だったが、いなりは何にも言い返すことができなかった。

 しかし、あっけにとられる三人の心情を八重が知ることはない。枝を投げ捨て、パンパンと手をはらう。

 

「さてって、なんか色々考えてくれとったみたいだけど、先にうちから切り出させてもらおか。うちは神楽狸かぐらだぬきの八重。西の四大妖怪や。」

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