西の転校生


 テストから約一週間後。恐怖のテスト返却が始まる。


「神よおおおお!!」 


 この絶叫の主は、別にキリスト教徒というわけではない。

 ただ、目の前に突きつけられた現実から目を背けようと必死になっている哀れな子羊の悲鳴にすぎない。つまり、現実逃避だ。


「愁何点ー?」

「言わねえ。」

「何点何点ー?」

「しつけえわ!誰が100点取った奴に教えるかばーか!」


 テスト返却第一号は数学で、どうやら黒羽は100点をとったらしい。

 いなりはというと、79点。平均点は超えたが低くもなく、高くもない点だった。典型的な文系であるいなりにとっては及第点である。


「次返ってくるのって何だっけー?」

「たぶん順調にいけば現代文と物理が返ってくると思いますよ。」


 八坂高校ではテスト返却のための時間を割くことはない。変わりに、テスト後に各教科担当からいつ返却するか宣告される。今日の日課では三科目返ってくる予定だ。


「あー、現国かー。自信ないなー。」

「いーじゃん別に。どーせ赤がじゃねえんだろ?赤じゃ。」


 愁はドカンドカンと額を机に打ち付ける。鬼のため、額には傷一つつかないが、先に机の限界が来た。ひびが入りだしている。

 卑屈になって器物破損を起こされてはたまらない。いなりは愁の頭を容赦なくはたいて動きを止めた。


「で、何点だったのー?」

「・・・・・。」


 愁は答案用紙をすっと差し出す。見ろ、ということか。

 いなりが紙を受け取り、黒羽が横から覗き込む。


「・・・・赤点って何点でしたっけ。」

「30点以下。」


 いなりの疑問に真顔で黒羽が答える。

 赤々と書かれた数字が衝撃的過ぎて、常識が抜け落ちてしまった。


「じゅ、19点・・・・。」

「声にだすなばかああああ!!」


 再び悲痛な悲鳴が教室に響いた。




◇◆◇




「黒羽ー、順位何位?」

「んー、10位。」

「うげっ、たっか!?お前そんな頭良かったの!?」


 学年順位の発表が行われた翌日。朝のHRでの三人の会話は主にその話題だった。


「でもまさか1位が北斗だったなんてねー。」


 各教科別順位に加え、総合結果上位十人は廊下に名前が掲示される。

 驚くべきことに、北斗は総合結果だけでなく、教科別順位のトップを独占していた。

 確かにこれだけの実力があるならば、愁を教える余裕も生まれる。勉強会での自信のある発言がここで証明されていた。

 ちなみに、いなりは180人中30位、愁は100位、というのが妖怪三人組の結果である。

 愁は数学と物理で赤点を取ったらしいが、他教科はぎりぎりレッドゾーンを回避した模様。なんとか首の皮一枚繋げたのだった。


「あ、チャイム。」


 聞きなれたチャイムが教室内に取り付けられたスピーカーから軽快に流れる。予鈴を聞き、立ち歩いていた生徒は急いで席に戻る。いなりと黒羽の前に移動していた愁も、慌てて後ろの席に戻った。

 同時に教室前方の扉が開いて、見慣れたジャージ姿の担任がのしのしと入ってくる。


「今日は転校生を一人紹介する!」


 なんの知らせのないイベントに、教室がざわめきだす。

 いなりもこれには驚いた。学期始めでもないこの中途半端な時期に転校生というのは、少しだけ違和感を覚える。


「はいはい静かに!・・・・・よし、入ってきていいぞー。」


 女子か男子かと早速賭け事をはじめる生徒達をいなし、担任は扉に向かって声をかけた。

 すると、すぐにがらりと扉がひかれる。その音で、教室はすぐに静まり返った。


「大阪からご両親の転勤で引っ越してきたそうだ。」


 緑の組紐でポニーテルにした濃い茶髪を揺らしながら入ってきた一人の少女。慣れない環境に緊張しているようなそぶりは全くない、堂々とした足取りだった。

 少女は担任の横まで歩いて来ると、くるりと前を向く。

 はっきりとした目鼻立ちで、十人が十人美少女と答えるくらいの美少女だ。気の強そうな瞳だが、傲慢さは感じられず、気高いとか凛々しいといった言葉が似合う。


 ――――――女戦士。一言で言い表すとこれが一番しっくりくる。


 だが、多くの青少年は彼女の容姿の他に、スタイルにも目が釘付けだった。

 そして、いなりもまた彼女を凝視していた。もちろん、前者の青少年達とは違う理由である。

 いなりが、否、が呼吸すらも忘れて目を奪われていたのは彼女の纏う妖気。

 周りとは違う、警戒に近い三人の視線に気づいたのか、少女はにやりと口角をあげた。

 その表情は、どこか愉快犯めいている。


「うちは紫藤しとう 八重やえ。よろしゅう頼むわ。」

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