第16話 太一 15

大先生は、

「なるべく長くいてほしいから、こき使って、試験に落ちてもらわないといけないな。」

と言って、大声で笑った。

まだ、先生の人となりが解らなかったので、

「そんなバカな!それじゃ困ります」

真顔で返してしまったら、事務の義男さんが優しく太一の肩に手をやって、

「先生に任せておけば大丈夫」

そう、小声で言ってうなずいた。

「はぁー、すみません」


試験に落ちて、心機一転、1日も早く環境に慣れ、来年の試験までにより多くの物を詰め込める様に、卒業前から、アルバイトする事にしたのだ。

良子と別れた寂しさを紛らわすにもちょうど良かった。

親子二人の街の法律事務所、普段は、比較的小さな、ご近所や親戚の揉め事や、離婚訴訟、相続に関する事など、個人的な物が多いので、家庭裁判所扱いの案件が多いのだが、時々、裁判所にゆだねなければならない事もある。

もちろん、刑事では無く、民事。


法律事務所がある所は、とある駅から徒歩5分ほどの、商店街の一番端っこに位置しているが、さらに5分ほど歩くと環状線の大きな通りに出る。

この街の学区は、この環状線を挟んで、区切られていて、小学生の半数の子供達は、この環状線を渡って、学校に行く事になる。

その環状線の横断歩道を渡っている子供達の列に若者の乗った車が突っ込み、2名の幼い命が奪われ、4名のけが人が出た。その中でも一人の子は、命は取り留めたが、脊髄がやられ、更に足も、片方を切り落とさねばならなかった。

あとの3人は、転んだ時に、擦り傷と打撲を負っただけで、2日もすると元気に、走り回っていた。


この加害者は、大学を卒業し、就職したばかりだったが、あこがれの車を買い、連日爆走を繰り返していた。

保険に入るという頭もなく、ただただ嬉しくて、無謀な運転を繰り返し、この事故を起こした。

事故にあった子供達の親は、訴えを起こし、刑事で、危険運転として、長期の実刑を受ける事になり、結審したのだが、賠償金に関して、普通なら、保険会社と示談で済む所だが、強制保険のみの補償額では、被害者は、納得できない。

亡くなった二人の子供の親達は、お金をもらったからって、子供が帰って来る訳ではないが、やはり、刑期が終われば、普通の生活に戻る事を考えると、はらわたが煮えくり返る。せめて、一生、苦しめたい、と民事訴訟を起こした。

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