アンキロサウルスは犯人じゃない
伴美砂都
アンキロサウルスは犯人じゃない
蘭子とこのまえ会ってから、もしかしたら一年ぐらい経つかもしれない。芝生の広がる大きな公園はもうすっかり新緑の色で、まだ少し涼しい風が時折さっと吹く。平日の今日は人影もまばらだ。
オープンテラスのカフェや噴水広場なら駅のほうにもあるが、私はなにもないこっちの公園のほうが好きなんだと言ったとき蘭子から、わたしも、とめずらしくすぐメッセージが返ってきたので待ち合わせはここにした。まあ、お互い連絡はいつも突然なわりにマメじゃないし、すぐ既読がついたのもたまたまかもしれないけど。
「ね、カフェオレでいいのって送ったのに一向に既読にならないんですけど」
「お」
未読スルーはこっちだった。目を開けると蘭子が笑っていた。
「わあ、髪伸びたねえ、南京玉すだれって感じ」
「ちょっとちがう気がするけど」
「いいな、私も伸ばそうかな、髪」
「いいんじゃない?」
言いながら隣に腰を下ろして、カップに入ったアイスカフェオレを渡してくれる。
「でもいい加減ちょっと切らないと、乾かなくて大変」
「あ、やっぱそうなの?」
「うん、すっごい時間かかる」
「そっかあ、私なんかわーって洗ってブァーだもん楽」
「でも前より伸びたよね、もう縛れそうじゃない?」
「そうかもね」
さらさらのロングヘアが芝につくのも構わず、蘭子はやわらかな緑のうえにころんと寝転がった。私は背負ってきたリュックからいそいそとお弁当を取り出す。スペシャルピクニック弁当だ。まあ、バイト先でもらってきた残り物なんだけど。
巨大なタッパーに詰まった大量のからあげとおにぎりを見て、なにこれ、と蘭子は楽しそうに爆笑した。
「午前中バイトだったからさ」
「すっごい、美味しそう、っていうか、気前よすぎ」
「試作品らしいんだけど、こっちがカレー味で、これが青汁、あと、チーズ入りバージョン2と3……こっちが3だったかな、たぶん」
「それってちゃんと覚えといて感想言ったほうがいいやつじゃない?」
なんだかんだ言いながら私たちはしばらく、いろんな味のからあげとおにぎりをぱくぱく食べた。高校時代からバイトしているお弁当屋は店主のおじさんがいつも残り物や試作品を多めに持たせてくれて、うちは父親と二人暮らしだから、きっと思いやってくれていたんだな、ということに、私はずいぶんたくさんのものをもらってから、やっと気付いた。
大学に進学してからもバイトは続けていて、売れ残ったお弁当をもらうこともあるけど、こんなに大量のからあげを分けてもらったのは思えば久しぶりだ。久々に会う友達とピクニックするなんて話したから、もしかしたらわざと試作品をたくさん作ってくれたのかもしれない。可笑しいのと嬉しいので思わず、笑った。
チーズ入りバージョン3(たぶん)に手を伸ばした蘭子が、すごいよ、これ、と言うので見ると、通常のからあげの三倍ぐらいありそうなゴツゴツしたのが入っていた。
「アンキロサウルスってさあ」
言うと蘭子は、ちょっと揚げすぎたのかもしれないバージョン3に器用にかぶりつきながら、うん、と頷く。
「事件とかあるとするじゃん、絶対疑われるよね」
「「鈍器のようなもの」?」
かじりかけの特大からあげを指して蘭子が苦笑する。またこのひとは突然恐竜の話なんかして、と思っているかもしれないし、もう別になんとも思ってないかもしれない。アンキロサウルスというのは
「身を守るためにしか殴らないんだからね、アンキロサウルスは」
「まあね、それだと関係性があるからね」
「そう、それに絶対疑われるってわかるじゃん、ずっと鈍器持ってるみたいなもんなんだから」
「まあ、そうだけど」
「血液のさ、検査したら一発でしょ」
「なんだっけ、ルノワールじゃなくて、ルミなんとか」
「ルミノール?」
「それ」
「そう、だから、逆に絶対犯人じゃないと思う、ミスリードだよ」
「そうかなあ」
「うん、アンキロサウルスは犯人じゃない」
「うーん、たしかに……」
「それか毒殺」
最後に物騒なことを言っておいて蘭子はバージョン3をきれいに食べ終え、おなかいっぱい、とまた寝転ぶ。残ったおにぎりとからあげは分けて持ち帰ることにした。
天気がいい。隣に寝転ぶと、青空にはアンキロサウルスの鈍器(じゃないや、しっぽの先)みたいな雲がぽつんと浮かんでいた。
「いや、それはミスリード」
小さな雲はからあげにも見えるし、ほかの誰かが見れば、きっとほかのなにかにも見える。深呼吸した。最近はふつうに過ごしていたつもりだったけど、ほんの少し、疲れていたのかもしれない。
「え、なんか言った?」
「ううん……なんか、ほっとしたよ、蘭子に会って」
「え、……そう?」
「うん」
「……、ありがとう、わたしも、よかったよ、サトシに会えて」
「うん、また会おうよ」
「っていうかさっき会ったばっかだし、これからどっか行くんでしょ?……でも、うん、そうだよね、今年は、夏、またやるみたいだし、大恐竜展」
「行こうよ、大恐竜展」
「うん」
少し眠くなって、私は小さくあくびをして目を閉じた。瞼の裏で犯人の疑いが一応晴れたアンキロサウルスが、失礼しちゃう、というような顔でゆっくり尻尾を揺すっていた。
アンキロサウルスは犯人じゃない 伴美砂都 @misatovan
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