ぺんぎんで暖をとる

@roka-p

0のはなし

 10年前のあのとき、たまたま目が合ったのがきっかけだったのだと思う。私はつい最近退部したばかりの卓球部の部室から荷物を持ち帰っているところだった。彼女は踊り場の手すりから身を乗り出して、階下を見ていた。卓球部の部室が確か四階だったから、彼女がいた踊り場は四階と三階の間のはずだ。視界の端に真っ黒な塊が見えたから、ついそちらに首がまわってしまった。

 私の視線が彼女を捉えた瞬間、彼女は体を気怠げにこちらに向けた。私にはその動作が酷く遅く見えた。まるでスローモーションの世界に迷い込んだみたいに。

 顎のラインに沿って切られた髪が重力に逆らう。瞼が重たそうにあがる。瞼の奥から真っ黒なビー玉が現れる。そうして私を見た。

 そのとき私はなぜだか少し泣きそうになった。

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