第10話 「幽霊の心臓」
如月の睨みをすかして足を組みなおしたオルガは、にやりとした表所を浮かべながら今度は視線を俺に向けた。
「用があるとすれば貴様だ、黒崎」
「うぇ? お、おれ?」
「一般生徒の分際で仮にも六魔であるそこの女を倒したのだからな。認めるのは癪だが、そこそこ実力もある奴だ。一件の戦闘で貴様の異能に興味が湧いた」
だから奪わせてもらう――――――。
言い終わらないうちに、接近してきたオルガはいきなり俺の首を掴み、持ち上げてきた。
「うぐっ……!! ……か、ぁ!?」
一見して細身の体のどこにこんな力があるのか、オルガは想像以上の力で締め上げてくる。必死にもがけど、つかんでいる手を殴ってもなかなか離れない。クソッ、なんだ。いくら今の俺が武術が使えないとしても、それを容易く上回る腕力……能力者か!?
「…………ぉ、まえら! ……た、すけ」
なんとか声を絞り出し二人に助けを求めるが、返ってくる答えは無情にも冷徹なものだった。オルガに警戒はしているようだが、特に動く素振りは見せてくれない。
「それはできねえ……」
「ごめん黒崎。私も動けないわ」
「なんでだよ」そう叫ぼうとしたが声は出なかった。息をすることが段々苦しくなってくる。手を貸してくれないってなら俺が『
こんな場所で異能で戦闘を繰り広げたくはないが、せめてもの抵抗だ。俺は意識を右手へと集中させた。
「早く解いてみろよ。自慢の異能でな」
「い、いのう『具現化』発ど――」
オルガに呼応して俺が発現させるための言葉を叫ぼうとすると、大輝が被せるように叫んだ。
「おい翔太! そいつの前で絶対に異能は使うなよ!!」
「ぁ……?」
既に時遅く。
俺の能力発動は止まることなく、手が光り始め――――
―――――たかと思うと、その光は俺の首をつかむオルガの右手へと吸い込まれていく。な、なにが起きてる。どうなってんだよ、これ!
「クソ、遅かったか!!」
「発現にかかる時間は短い程便利だが、こういう時はあだとなるな。フン」
「か、はっ……」
ヤ、ヤバい……もう息も持たないぞ。力が抜けていき、だんだんもがくこともできなくなってくる。誰か、誰か助けてくれ……。
「異能『
「チッ……」
「早くその手を放しなさい!」
小一時間ほど前に聞いたその言葉は今度は俺を助けてくれた。如月が異能を発動させたことで、オルガは俺の首から手を離して距離を取った。テーブルに倒れ込んだ俺はようやく息を吹き返した。
如月はオルガを牽制するように、俺と大輝の前に立ちふさがった。
「邪魔しやがって……!! 半分しか取れなかったか……」
「ココでやるならあんたも相当の覚悟をしておいた方がいいわよ」
「おい翔太!大丈夫かッ!?」
「げほっげほっ……はぁはぁ」
マジで死ぬかと思ったぜ……。ほんの一瞬視界が暗くなっていた。もう少し遅れていたら大丈夫じゃなかったぞ。
「なんで助けなかったんだよ! ガチで殺されてたぞ!?」
「悪い。下手に動けば俺達も危なかったんでな」
「どういうことだよ……?」
「今は説明している暇はねぇ」
何を焦った表情をしているんだ大輝は。そんなことを思っていると、オルガと如月の会話はヒートアップしていく。
「おい貴様。六魔同士では干渉しないのが掟なはずだ。どうして邪魔した?」
「あんたが先に手を出したんでしょうが!」
「俺が手を出したのは、そこの一般生徒だがな」
「揚げ足取らないでくれるかしら。生徒の治安保護も仕事の内って知らないの? ああ、あんたは仕事しないもんね」
「ふん、見かけの言葉では微塵も揺らがんな。まあいい……得られたものもある。今回は見逃してやる。帰るぞ
オルガは謎の言葉を残して、自分が座っていたテーブルの反対側、誰も座っていない空間に声をかけた。すると次第にボワーッと人の形をした何かが浮かび上がり、そこからオルガと同じ黒いフードを着た少女が現れた。胸には謎のバケモノみたいなアイコンが描かれていた。
ずいぶんと小柄な女子生徒だ。オルガが比較的長身だとしても、頭三つ分は差がありそうだな。オルガに近づいて意味深に手を差し出した。
「「「な……!?」」」
「黒崎。次こそは貴様の異能を完全に奪ってやる。覚悟しておけ」
そう言い残したオルガはその少女の手を握ると、二人の輪郭が歪みだした。だんだんぼやけて消えていこうとする。
何が起こっているのかまだ理解できない俺をよそに、如月は一人興奮したように声をあげた。
「オルガぁー!! その絵といい、その少女といい、まさか『
「俺が『
「あるわよっ! お母さんのかたき!」
氷剣でオルガに斬りかかるも、先にオルガとその少女は既に消えていた。空を切った氷剣はテーブルに当たると、氷が砕け散った。
本気で創っていなかったのか。あんなに氷剣が簡単に割れるなんて。俺との戦闘の時は大違いだ。
店内は俺たちの騒動に巻き込まれまいと、逆に大騒ぎになる。慌てて出口を目指す客が多く、しばらくして俺たち以外に人影は見えなくなった。店員たちも逃げて、もしかしたら防衛隊員に連絡しているかもしれない。そんな俺の心情を察したのか、
「おい、全部説明してやっから今はここから移動するぞ。面倒ごとは起きちまったが、この際逃げる方が先だ。如月もいいか?」
「……うん」
大輝の肩を使って立ち上がると、元気の失った静かな如月を連れて三人で店を出た。店への被害は本当に申し訳なかったが、学園の維持費用から補填されるだろうから心配はないと大輝は流した。
オルガが謎の少女と共に何処かへ消えた数十分後、俺たちは近くのファストフード店へ場所を変えて先の話へと振り返っていた。
「おい、何がどうなってんだよ? まったく分かんないぞ」
「待てまて。順を追って話すから」
思い出そうとしているのか額に手を当てながら考える大輝はゆっくりと続きを口にした。
「さっき俺と如月がお前を助けなかった……いや、助けられなかったのは、奴の異能を警戒したからだ」
「あいつの異能……?」
「『
「つまり自分の異能が取られる可能性があったから、下手に攻撃できなかったってことか」
あの時確かに大輝が「異能を使うな!」って言ったことを思い出した。結局間に合わずに「具現化」が発動してしまったわけだが……ってあれ。
「でも反撃しようとした俺の『
「それが本題だ、翔太。光が吸収されるところをみただろ?」
「ああ、そうだな」
まるで苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた大輝。
「おそらく奴はお前の『具現化』を半分だけ持って行ったはずだ」
「は、半分?」
「私が異能を発現した時、オルガは途中であんたから手を離したでしょ? 本人も半分しか奪えなかった、みたいなことを言ってたもの」
「え、あ、マジで俺の異能、獲られたのか……?」
「半分ってことはおそらくお前の異能はまだ残ってる。あいつの能力は少し変わってるから、データがないのが痛いな。取られた当人が無能力者になるってのは聞いたことあるが……」
「でも、私はまた復活した人もいるって聞いたわよ?」
「推測だが、何らかの制限を掛けられている気がするな。翔太なら具現化できるものの数とか、ソイツを操る精度とかな」
なんだと……。まったく体に変化はないから実感がわかないが、ここまで二人が口をそろえて「奪われた」というのであれば、信じるほかない。
あいつをひっとらえて、今すぐにでも取り替えさねぇと!!
「とりあえず翔太の異能は置いておくとして。如月、あいつとなんか因縁でもあるのか? よかったら教えてくれないか?」
おい、コイツ今。俺の異能がどうでもいいみたいなこと言わなかったか? ふざけやがって……そりゃ如月にも何かありそうだったけどさ、俺の異能について話してたんだよ。
「べ、別にあんたに話すことなんて……」
「言いたくないのならいい。俺は六魔として、お前の仲間として手伝うだけだ。オルガを知るきっかけにもつながる」
「むむむむ……」
しばらく唸っていたが、大輝の熱に折れたのかフッと溜息を吐くた。
「オルガはおそらく『幽霊の心臓』の一人よ。あのバケモノの褒章は間違いないわ。絶対に潰してやる……!!」
「え、やだ怖いこの子」
「なにかいったかしら?」
「な、何でもないッス……」
茶化す俺に鋭い睨みを利かせた俺に対して、大輝は会話を広げてくれた。
「あいつが『幽霊の心臓』だと? まさか。オルガは俺たちと同じ六魔なんだぜ?」
「いいえ、絶対にそうよ。確かにあの少女のことを『
「ずいぶんと詳しいな。もう少し聞かせてくれ」
「ねえちょっと、俺を置いて二人で進むのやめてくれない?」
そんな専門用語をバンバン出されても全然理解が追い付かない。言葉が脳の処理を追い越して全力疾走で駆け抜けてったぞ。
「とりあえず、さっきから言ってる『幽霊の心臓』ってなんなんだ?」
「「あーそっから?」」
バカなの? みたいな目線を向けてくる如月と、コイツは正気か? みたいな目線を向けてくる大輝の声が綺麗にハモった。
「『
「ああ、来るとき襲ってきたやつだろ。反学園生徒みたいな」
「まあ……その認識でいいや。んで、そいつらを潰して回ってるのがその『幽霊の心臓』だ」
「なんだいい奴らじゃん」
「それだけならいいんだけどね。奴らは私たち六魔や生徒会までも攻撃してくるのよ!?」
絶対に許せない! と再びキレ始める如月。
やだやっぱり怖い、怖いわこの子。
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