第9話 待ち合わせの相手は違う場合がある

 保健室を出た俺は大輝と並びながらある場所を目指していた。


「もう体はいいのか? もう少し待ってもよかっただろうに」

「別にそこまで重傷ってわけでもなかったからな。それに……」


 美鈴ちゃんがずっと不安そうな顔をしていた。多少は元気なところを見せないと、なんだか逆にこっちが不安になる。


「そういや、ほれ」

「なんだこれ……って封筒? なんか入ってんのか」

「まあ、開けてみな」

「なんだこれ、『私的利用における報告書』……って、始末書じゃねえか! こんなもん俺に押し付けるな!」

「だってぇ、実際に使ったのお前だしー」

「大輝が六魔の特権で使えるって言ったんだろうが!」


 口をとがらせながらしぶしぶ封筒を受け取る大輝に思わず舌打ちしてしまった。隙あらば面倒くさいことを押し付けるのはやめていただきたい。好き勝手やるのはいいが、雑務処理は嫌だなんてそんな希望が通ってたまるか。

 いや、まあ確かに使ったのは俺だからなんか強く否定しきれないんだけさ。


「下がってろ」

「は? なに、いきなりどしたの」

「いいから!」


 いきなり立ち止まった大輝は俺をそれ以上前に行かせないように右手で制する。そして次の瞬間、横の壁からぬっと男が飛び出してきた。


「ぬはっー!!」

「くそが、また『断罪者ギルティーズ』かよ……!」


 抜け出た男は手に握っていた小型のカッターナイフを突き出した。だが、それよりも圧倒的に早く大輝がカウンターを決める。帯電した蹴りが見事に敵の顔にヒットする。うめき声をあげて、男はそのまま床に倒れ込んだ。気絶、したのか。


「お、おい、コイツはいったい……」

「『断罪者ギルティーズ』と呼ばれる異能者の落ちぶれだ。自分の能力をコントロールできない、もしくは不十分に発揮できない。そんな奴らが集まって一般生徒を襲ったりしてんの。まあ今回はたぶん俺狙いだと思うけど」

「前に言ってた討伐って、もしかしてこれか?」

「ああ、ここ最近は頻繁に来てる。執拗に狙っている所をみると、もしかしたら裏で誰か糸を引いてる可能性がある。だから目下調査中だ」


 お前も遭遇したら気をつけろよと、にっと笑う大輝。今のように不意打ちでこられたら、俺一人だったら……と考えるだけで少しゾクッとした。


「壁を貫通してきたってことは移動系の能力か。あとで能力管理システムログ漁ってみるか……」

「あ、おい! こいつこのままでいいのかよ。また襲ってくるかもしれないだろ」

「いいんだよ。こういう連中はキリがないし。いちいち防衛棟に送って始末書書くの面倒だし」

「自分の手間がかかるからって仕事省くのはやめろっての!」


ぐでーんと横たわる男を避けて、俺たちは先へと進んで行った。



               **



  大輝の指示で待ち合わせの場所へと着いた。学園内にあるカフェ「ラグドール」だった。わりと生徒内でも人気で平日の午後でも、席は埋まっていることが多い。テイクアウトの品数も多く、常に最新のドリンクを販売しているとか。

 待ち合わせの相手がいる席を探す。店内を見渡すと、窓側の四人席を一人で占めている女子生徒が見つかる。不機嫌そうにストローを加えて誰も近寄るなオーラを発しているのか、周囲のテーブル席には誰も座っていなかった。


「よっす、久しぶりだな如月」


 手を挙げて軽く挨拶を交わす。不機嫌そうな如月はちらと見ると、組んでいた足を戻した。うーん、如月が一人でカフェって……似合わねえな。いや、別にそんなことはどうでもいいんだけど。

 待ち合わせの相手は如月。用は決闘の「ペナルティ」の一件だった。


「おっそいのよバカ! 私を三十分以上も待たせるなんてどういうつもりかしら? 用があるって話してきたのはそっちでしょうが」

「いや時間通りだと思うぞ」

「うるさいうるさいうるさい~~!!」


 どうやら如月は約束の時間より早めに待っていてくれたらしい。なんつーか真面目というか律儀というか。


「あんたも早く座ったら?」

「ああ、そうだな……。いや、なんか悪い」

「何に対して謝ってるの。私を負かしたこと? だったら決闘を取り下げてくれるかしら。私の白星に傷をつけてくれたこと、絶対に許さないわよ」

「それは嫌だなぁ。つか、めっちゃ機嫌悪いじゃん……」

「あんたのせいよ、あんたの!」


 席に座るなり睨んでくる如月から逃げるように、俺は窓の外に視線を向けた。隣に座る大輝は呑気に注文を済ませてきたのか、俺と自分用の二つのコーヒーを抱えていた。俺を避けて奥に座った。


「あ、話し合い終わった?」

「終わってねーよ。いや、始まってすらねーよ。ちょっと、この人怖いんですけど」

「あらやだ、如月ちゃんご機嫌斜めかしら」

「……こそこそ話しても聞こえてるわよ!」


 耳打ちする俺たちに怒りをこらえながらますます睨む。ぐいっとドリンクを飲み干すと、ガンッと大きめの音を立てて机に下ろした。その音が周囲に響いたのか、一瞬だけシーンとした空間になる。おいおい、騒ぎだけはやめてくれよ……。


「じゃあ始めるけど。ごたごた会話するの嫌いだろうし」

「あんたと話すのが嫌なだけよ」

「うーん、なんでそんな嫌われてるのか見当もつかないんだけどなぁ」

「たぶん、そういうところだぞ」


 始めたなりで馬鹿にしたような口調になる大輝に俺は心底呆れた。普通に会話してやれよ。六魔同士なのにどうしてそこまで相性最悪なんだ。これ以上口を開いても煽ることしかしなさそうだったので、俺から本題を切り出す。


「いや、決闘で俺が勝ったから賭けを頂こうかと思ってな。ただまあそこまで厳戒なものじゃなく、手っ取り早く序列の交換ってところで」

「い、嫌よ! あんたの順位ないんでしょ。そんなの交換するわけにいかないわ!」

「嫌って言われても……そういう決まりじゃねえか」

「それに私に勝ったところで簡単に六魔の席は譲れないの」

「そんな馬鹿な。できないってことはないだろ、だってペナルティは絶対遵守だれるはず――」

「あーそうだ翔太。実はな……」


 大輝が何かを言いかけたとき、知らない誰かの声が被せられた。


「ふん。それは無理なペナルティだな」

「だ、誰だっ!」


 ソイツは俺達の隣の席に深く腰掛けていた。ケープのようなもので全身を黒く覆い隠し、店の中だというのになぜかフードを深く被っていた。顔を上げたことでそのフードの下が見える。チラリと覗く白髪に、どこか人を小馬鹿にしたかのような笑みと恐ろしいまでに冷たい真っ赤な瞳があった。


「……ッッ!!」


 目が合った瞬間、ゾワリと背筋が凍るような感じがした。

 というか今の今まで、こんな怪しげな男いたか? 誰かがこの席の近くに来る気配すらなかった。いったいいつの間に座っていたんだ。


「いきなり人の会話に入ってきて、誰だよお前。てか俺のペナルティが無理だってどういうことだよ?」

「貴様に名乗る必要はない」


 なんだよと思い立ち上がろうと腰を上げたところで、一足先に立ち上がった大輝と如月の声が重なった。


「オルガか」

「オルガ・グランフォード……」

「お、お前ら知り合いか?」

「ああ、アイツも六魔の一人だ。ちょうど序列は俺と如月の間の三位」


 正体がバレたからか、チッと舌打ちするオルガ。フンと鼻をならすと、


「貴様の望みが無理だという理由だけ教えてやろう。決闘の際に『六魔』の座をかける場合には、生徒会の申請を通す必要があるからだ」

「は? えっと、つまり……」

「つまりだな翔太。あの決闘には事前申請がなかったんだ」

「お、おい、嘘だろ? なぁ、俺をからかってるのか?」

「よって貴様のその願いは通らない、ということだ。理解したか?」


 今更ながら絶望的な真実を聞かされて、俺は力が抜けて座り込んでしまった。ということは、あの決闘は全て無駄だったってことなのか。

 さっき六魔の席を譲ることは無理だと言っていた如月がフラッシュバックする。なんだぁ、ここにいる意味ももうないじゃないか……。

 そんな呆けた俺の心中を知らずして、名前を呼んでからずっと黙っていた如月がオルガに吠え掛かる。


「オルガぁ! あんたなんでこんなところにいるわけ!?」

「貴様が決闘に負けたと聞いてな。その無様な姿を見に来ただけだ。特に用はない」

「なんですって~~!!」

「貴様が俺にキレる道理はないぞ如月。現に俺は、貴様の六魔脱退の危機を救ってやったりのだからな。感謝しろよ?」


 無茶苦茶な言いがかりでオルガはどこまでも不遜にわらった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る