第6話 試合のゴング

 時計の短針は4の数字を少し過ぎ、午前中に感じられた灼熱の暑さもどこか薄れ始めていた頃。

 鳥の囀りさえずりさえ聞こえないのに、静寂に包まれるどころか、学園生の喧騒だけが模擬場に指す二つの影を取り囲む。


「…………ねえ」

「なんだよ」


 イライラしているのか、俺と如月の会話は短くどこか素っ気ないものだ。重い溜息を吐いて如月は顔をしかめた。


「……なんなの、この野次馬ギャラリー?」

「俺に聞かれてもなぁ」


 知らないとしか言いようもない。対面している俺達を囲んでいるのは、決闘を見ようと集まった生徒たちだった。昼に俺と如月の面会を見ていた奴らが広めたのか、ざっと見ただけでもかなりの見物人がいる。やはり六魔の名が影響しているのだろう。

 それともう一つ決闘に野次馬が増える理由がある。

 多くの学園生は決闘を見ることはあっても、実際にやる人はほんの一握りだからだ。それは決闘の賭けとして存在する勝者が敗者に課すことができる『ペナルティ』が存在するから。

 条件は比較的無制限な上に、その内容は絶対遵守される。ちょうど1年前に俺が武術を失ったように、な。負けた時のことを考えて、賭けを忌避する生徒が大半だ。

 ギャラリーの中でも一際大きい声が響く。……っていうか、今の声って。


「一口千円なー。オッズは翔太が四倍、如月さんが一・一倍だぁ」


 あのクソ野郎!! やっぱり大輝じゃねぇか!


「おい、大輝! お前ここで何してんの!?」

「おおー、翔太。決闘頑張れよ! 今のところお前の方が賭け金意外と多いんだぜ」

「ああ、ありが………じゃねえよ! てか、これだけの人数集めた犯人お前か!?」

「ご名答。もしお前が如月さんに勝ったら、大ニュースになっちゃうだろ? 六魔との決闘なんてレアもの見逃す手がない」

「ねぇ、ちょっと」


 俺が大輝にかみついたところで如月に呼び止められた。


「悪い悪い。もうちゃっちゃと始めるか」

「いや、こんなところでしたくないんだけど」

「え、いや、でも」

「でもじゃないわよ。私が嫌だって言ってんの! ついてきなさい」

「おい、待てって!」


 如月はわざと聞こえるかのように舌打ちをすると、どこかへ向かうのか先にすたすたと歩いて行ってしまう。それを目ざとく見ていたのか、遠くから「はい、かいさーん」という大輝の声がした。ざわついたままの野次馬が少しずつ散り散りになる中で、大輝が俺のもとへとやってきた。


「あーあ。せっかくの儲けが台無しだよ。なに怒らせたんだ」

「どう考えてもお前のせいだろ。ていうか、アイツどこ行ったんだ」

「ま、おおかた同じ六魔の俺がいるから場所変えたんだろうけどさ。たぶん地下の闘技場だろうな。案内してやるよ」

「理由分かってんならせめて反省した素振りくらいしろよ!」


 俺は大輝に続いて人だかりを抜け出した。



               **


 移動中のエレベーターの中で大輝から説明を受けた。


「『情報科』にいた翔太はたぶん来たことないと思うけど、特別訓練施設ってのが『戦闘科』には用意されてる。普段は使用許可取らないと入れないが、今回は六魔の特権で貸し出しにできるわけさ」

「地下なら秘密裏に決闘できるってシステムか?」

「そゆこと。理解が早くて助かる。基本的に人目に触れるところでの闘いは避けたいのが上位者の心情だからな」

「自分の能力が他人にバレるから、か」

「ほんとこういうときだけ頭回るのな」

「うるせ」


 ガコンッ――。大きな音と共に扉が開いた。人工の光に照らされた通路を進むと、大きな空間が待ち受けていた。階段状に座席が並び、中央に鉄の柵で囲まれた文字通り闘技場が存在していた。


「すんげー。てか、なんで椅子とかあんの? まるで――」

「ギャラリーがいるんだよ。俺のような賭けを楽しむ奴がいたりすんだよ」


 にやりと大輝が笑った。序列を争う奴らのどちらが勝つかを予想して楽しむのか。むなくそ悪い趣味だな。誰かに見られながら闘うことを嫌った如月は、これを経験していたのか? だからこそ、さっきの模擬場で拒否したのか。


「なにしてんのー。早く降りてきなさいよばか」


 中央のステージから如月の声が聞こえた。


「ほら、お待ちかねだぞ。早く行ってこい」

「ああ……」

「賭けはやっぱあれか? お前も六魔入りたいのか?」

「お前と一緒にすんなよ」


 うきうきしながら語る大輝を置いて、俺はゲートへと向かった。別に地位や勲章が欲しいわけじゃない。そこまで俺は賭けにこだわりたいわけじゃない。

 でもそしたら俺は……なんでアイツと闘うことにしたんだろう。

 もやもやした感情を抱えたままゲートをくぐると、如月は既に腕組みした状態で待っていた。


「さあ。ここなら誰にも邪魔されないわよ」

「そんなに見世物にされるのが嫌いか?」

「別に。私の異能だと野次馬を巻き込みかねないから避けただけよ」


 大輝の野郎、嘘つきやがった! 能力バレないためだとか言ってたのに!


「ま、でも手加減した方がよさそうかもね。大して有名でもないのに私に決闘挑もうなんて舐めすぎなのよ」

「足下見てると救われるぞ」

「じゃあアンタは序列何位くらいなのかしら?」

「ああ? 俺は序列なんて持ってねえぞ」

「……は? ……ぷはっ! あはははは、嘘でしょ、序列なしで闘うつもりだったの!?」

「おいおい……笑ってんのも今の内だぜ」


 思いっきり馬鹿にしたような笑いにさすがに俺もイラっとしてしまった。序列がそんなに偉いのか? 六魔ってだけでそんなにすごいのかよ。特権や異能の強さに驕って、人を見下せるのが本当に学園の上に立つやつのすることかよ。

 そんなもの、俺がぶっ壊してやる。

 六魔を倒して実力で証明してやる!


「じゃあ、笛の合図で試合開始なー」


 どこかに設置されたスピーカーから大輝の声が鳴る。

 よし、集中しろ。こっかからが本番だ。今の俺は武術が使えなくても、新しい異能がある。向こうは闘いなれてる最強だ。全力でやらなきゃ負ける!


「なによ、アイツ来てたの」


 ぶつぶつとつぶやく如月。構えもせずに余裕そうな表情だった。

 ピイイイイイィィ―――。

 合図が闘技場にこだました。


 

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