第5話 感情の誠和

 如月とのひと悶着があった後、教室に向かった俺はたっぷりと教師のお説教をいただいた。いつも以上にみんなの視線を集めたのは言うまでもない。どこか犯罪者を見るような感じだったのは気のせいですかね。

 4限目を知らせるチャイムが響く。昼食を摂ろうと学食に向かう生徒の波を俺は席から動かずに眺めていた。残っている生徒は各々が会話しながら弁当などを取り出して食べ始める。

 俺だけがそれを楽しめない。なぜかって? 手錠付きだからねッ!! ……って言うか、和葉さん。遅刻の件ごまかしといてくれてないのかよ。これじゃあ手伝い損じゃないか。


「また今日も遅刻したのかい?」

「また罰則で作業増えたのおかしいだろ。絶対終わんないじゃねえか……」

「なんかとことん不幸だね、あはは」

「いや笑う所じゃないから……」


 ひょっこりと扉から窺うように誰かが入ってきて、うなだれる俺に笑いかけてきたのは夢島桜羅ゆめしまさくらだった。何かと話せる仲の桜羅は俺の境遇を憐れんでくれる。温和な性格だからか、他クラスでも男女問わず友好な関係を築いている。

 もともと俺がまだ『情報科』にいた頃からの友人であるが、大輝のせいで『戦闘科』に転科してしまったせいで桜羅とはクラスが離れてしまった。それでも昼食だけは一緒に食べる約束をするくらい仲がいい。

 今朝の出来事を語りながら俺は拙く桜羅が持ってきてくれた惣菜パンを口に頬張った。代わりに財布からお金を差し引いてもらう。信頼しているからこそできる行為だ。


「それは大変だったねー」

「なんだよ。他人事みたいに言うなよ」

「だって事実他人事だもん」


 柔和な笑みを浮かべて若干棒読みで反応する桜羅。どこか俺の後ろを見ているように感じた。くっ、親友にまでこうもあしらわれるとは……。


「それにしてもあの如月さんと決闘するとはねぇ。ねぇ、翔太って馬鹿なの?」

「……それは如月にも言われたよ」

「自覚することは偉いけど、この場合は惨めだねぇ」

「それは言わないでくれないか!?」

「ちょっと無鉄砲過ぎるのは翔太の欠点でもあるから気を付けた方がいいよ」

「でもさぁ、アイツが『六魔』の一人って聞いたら仕方ないだろ。決闘するしかないじゃん」

「でも相手は如月さんなんだよ。如月さんは……」


 桜羅が何かを言いかけたその時、ガラッと大きな音を立てて誰かが教室のドアを勢いよく開けて入ってきた。というか如月だった。

 名前を呼べばなんとやら。クラスのざわつきを気にした様子もなく、誰かを探すかのようにキョロキョロと視線を揺らす。やがて俺と目が合うと、「あー!」と言わんばかりに満面の笑顔を咲かせて見せた。

 え、なに、なんでこの人そんなに嬉しそうな顔してるの。傍から見てるとちょっと怖いよ。そんな如月の登場に微かに近くから囁き声が聞こえてきた。

 

「あれ、確か『氷壁の魔女ミューデル』だよね?」

「なんでそんなスゲーやつがここに」

「わかんないけど、また捜索の仕事とかだったり」


 そんなみんなの声で騒がしいはずの教室でも、俺のもとへと歩いてきた如月の声ははっきりと伝わった。


「捜したわよ、もう」


 コレ返すわ、そう言って俺に放り投げたものはあの因縁の手錠の鍵だった。


「遅えええええええええよおおおお!!! これめっちゃ大事なやつじゃねぇかッ!!」

「ちょっと、うるさっ」

「朝早くに返すべきものだろ! 午前中大変だったんだぞ」

「だってあんたのクラス分かんなかったんだもん! それにあんたの名前聞いても、みんな『誰それ』って言うんだから。これでも放課後までには返そうと思って頑張ったんだからっ!」

「おまっ、俺をこれ以上傷つけるなよ」


 涙目でキレられてしまった。普通怒るのは俺だよね? おかしくない? 

 そんな俺と如月の会話が聞こえたのか、再びクラスメイト達が騒ぎ始める。


「え、何で如月さんとあんな男が会話してるの」

「てか、手錠ってなんだ」

「冴えない男が如月さんを誑かしたんじゃあ……」

「最低だな」

「羨ましいですはあはあ」


 もうなぜか俺が悪者扱いの空気である。俺への誹謗中傷しか聞こえてこない。というか、皆さん言い過ぎですよ? あと、最後の奴はおかしいからっ!


「それじゃあね。放課後の約束、忘れないでよ」

「あ、おいっ」


 短いひと言を残して、これで用事は済んだと言わんばかりに足早に去って行く。嵐のように過ぎ去ったが、奴はとんでもない爆弾を残していきやがった。


「きゃあー、放課後のヤクソクだってえー!!」

「デートかしら? デートかしら!」

「おい、後で見に行こうぜ」

「裏山死。裏山死。裏山死。裏山死」


 如月の残した意味深な発現は皆の誤解を加速させていく。黄色い声や呪詛や怨念をまき散らす声に俺はしかめっ面を浮かべた。なんなんだこいつらは………。

 ただの決闘だってのに、そこまで騒ぐことないだろ。そんな俺の心情を悟ったのか、隣で嘆息するのがわかった。

 空気が重い。まるで肩に鉛が乗ったような感覚だ。とりあえず、今はこの返してもらった鍵で手錠を開けるか。と言っても自分では無理なので桜羅に渡した。


「桜羅、頼む」

「はいはい」

「ふう……。ようやく両手が自由になったぜ。意外と束縛されるのは大変なんだな」

「お勤めご苦労さん」

「その言い方はやめろって!」


 安堵のため息とともに早速ツッコむことになるとは。俺は桜羅がさっき何かを言いかけていたのを思い出してその旨を聞いた。ジトーッとした目を俺に向けてくる。え、なんか聞かない方がいいことなの?


「如月さんはね……」


 口を開いたかと思うと沈黙して無駄に溜める桜羅。


「決闘に勝つためには何でもするんだって。相手が叩き潰されてびしゃ泣きするまで戦うんだって」

「びしゃ泣きってなに!? ねえ、びしゃ泣きってなんだよ!?」


 俺の質問には答えてくれず、「だからこその無敗なんだよ」と続ける。

 ああ、なんかすごく闘いたくなくなってきたなぁー。朝はあんなにやる気にあふれていたはずなのに……。


 残りの昼休みを机に突っ伏していた俺に、桜羅が努めて明るい声で話しかけてきた。


「それじゃあ、僕の異能『予知プレディクション』で決闘がどうなるか見てあげようか?」

「あーー」

「予知ならある程度結果は先にわかるから、

「いや、それだけはいいや」


 俺ははっきりと断った。


「本当に翔太は予知を嫌うね。僕は異能が使えなくてちょっと寂しいよ」

「桜羅こそ頻繁に聞いてくるけど、別に俺にこだわらなくていいだろ」

「どうして断るんだい」

「なんつーか……未来が決まってたら面白くないだろ? 決まった未来でも変えることが出来るなんて言う人もいるけど、俺はそうは思わない。未来って奴が未確定だからこそ、今なんでも自由に出来るんじゃないかってな。それに桜羅の予知は不変だったろ?」


 それだとつまらない、そう告げてやる。

 桜羅は優しい笑みを浮かべると、翔太らしいねと口にした。

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