第4話 蹴りから始まる交渉術
春。暖かな陽気。そして……授業開始のチャイム。これらはどれも素晴らしい。
いや、一つだけ違うなこれ。
とにもかくにも学園のチャイムがBGMとなり、いつもなら重々しく廊下を歩くはずの俺の足は今日だけは空に浮くような高揚感と優雅さがあった。
端点に言えば、遅刻確定である。人間諦めてしまえば気にすることはない精神が俺の心を支配する。そんなのあるか知らないけど。
遅刻のいいわけとして、大輝を理由にしようと考えながらゆっくり教室に向かう。いや、和葉さんの方がいいかもな。生徒会の用事となれば正当性が増しそうだ。
もはや遅刻のついでに1限目ごとサボろうと思い、学園内を散歩していると……
おっ! 金髪ポニーテールの美少女発見! いやはや俺のレーダーは衰えてないな、ふぅ。というか職員室前だった。いやいや俺はバカかッ。
その女の子は困った様子でオロオロしているように見えた。どうしたのだろうか。胸のリボンをみると一年生カラーだった。
くっ、ここは先輩として見過ごせないな。決してサボれそうな口実を見つけたからじゃないぞ。
「って、
「お、おはようございます! 翔太先輩」
俺が声をかけた女子生徒は知りあいだった。なにを隠そうさっきまで一緒にいた
というか、近くに寄るまで全く気づかなかったのは逆にどうなんだ。
「それで、先輩はどうしてこんな所にいるんですか? 今は授業中ですよね?」
何か用事が?と可愛く首をひねって聞いてくる。……しまった、美鈴ちゃんを言い訳にする事は考えていたが、本人に誤魔化す場合を考えていなかった。
サボりだなんてバレたら俺の面目が……。
くそ! 考えるんだ、俺!!
「………えぇーと。み、美鈴ちゃんを探してたから?」
「私になにか用事が?」
お願いだから、そんな純粋な目で見ないで欲しい。良心がすげー痛むから。散々焦らした挙げ句、俺の口からこぼれた言い訳は、
「………ただ会いたかったんだよ(キリッ)」
なんて決め顔付きの相当痛いモノだった。すると決め顔の効果があったのか、
「そんな、私に会いたいだなんて……。嬉しいけど困ります……」
最後の方が小さすぎて聞き取れなかったが、顔を赤らめてもじもじしているところを見るに、何か勘違いさせてしまったか……?
これ以上下手に会話を続けるとドツボにはまりそうな予感しかない。無理矢理話題を変えなければ!
「ところで、美鈴ちゃんこそどうして……」
そう言いかけたところで廊下の先から大声が響いてきた。聞いたことのない女子の声だ。
「そこのロリコン魔! そこまでよ!」
一瞬のことで気をとられかける。聞こえたロリコン魔とやらから美鈴ちゃんを守らねば! と思い、俺は彼女の肩に手をかけようとした――のだか、廊下の先から走ってきた声の主ごと飛び蹴りが俺に向かってきた。
どこぞのロリコン魔ではなく、なぜか俺に。
「ぶぐぅベはぁ」
気持ちの悪い声が漏れ、そのまま廊下に倒れ込んだ。い、痛え……思っきり鼻からぶつかったせいで血が……。
「観念しなさい、ロリコン魔。今度は逃さないわ。アンタは晴れて豚箱よ」
「……っておい、誰がロリコンじゃこら!」
「……ん。あれ、アンタ誰よ」
「それはこっちのセリフだ!」
倒れたままの俺に手錠をかけてきた女子生徒に思っきり俺はツッコんだ。見に覚えのない罪を被る気などさらさらない!
「悪いけど人違いね。か弱い少女に手を出していたから、追っていた犯人かと思ったのよ。悪かったわね」
と、しれっと立ち去ろうとするこの女に俺の怒りは易々と収まるはずがなかった。勢いに任せて言葉を羅列していく。
「おいおい、失礼じゃないか? 見ず知らずの他人にロリコン呼ばわりされた挙げ句、飛び蹴りまでされたんだぞ。少しは詫びるもんがあるだろ」
怒濤の如く責め立てる。俺が動くたびに手元の手錠の金具部分がチャラチャラと揺れて鬱陶しい。激昂する俺の言葉に応じずに、そのまま背を向ける相手に俺はイラッとしてしまった。怒りにまかせて強引に肩を掴もうとしたその時、
「落ち着いてください、先輩! 確かに彼女が悪かったですけど……」
殴るのはよくないです、と言う声に俺ははっとなる。完全に美鈴ちゃんの存在を忘れていた。
この仲裁がなかったら、本気でこの女を殴ってたかもしれないな。女の子相手に何をやってんだ俺は。
既に怒りは収まっていた。もはや天使の仲裁だった。鎮静作用があるのかもしれない。
「はあ……んで、お前は一体だれなんだ?」
自然と聞いたつもりだったが、目の前の女には無意味だったらしく、
「何よ。あたしのこと知らないの?馬鹿なの?」
と、挑発的に返してきやがった。
「クッ……こっちが下手に出てみれば」
「どうせ『情報科』の雑魚でしょ。だから私の事知らないんだわ。『戦闘科』だったら分かるはずだもの」
「……俺は『戦闘科』2年の黒崎翔太だ。あんたの名前を教えてくれないか」
努めて冷静に名を問う。相手の名前を聞くときはまず自分から名乗るのが常識だ。それが通じてか、彼女は驚くほど素直に名乗りを上げた。
「私は『戦闘科』2年の
ふふんとドヤ顔で言われた。……いや、それよりこの女子が『六魔』だと? 学年で4番目に強いってことなのか?
「お前が『六魔』だと? 本当か?」
「なんで嘘つかなくちゃいけないのよ。馬鹿なの?」
「ええ! あの如月先輩ですか!」
隣で驚く声が聞こえる。コイツが六魔なら丁度いい。学園最強の称号カッコいいじゃないか。めちゃくちゃ欲しいじゃないか。
こんな形で言うと因縁を吹っかけるみたいだが、もし『六魔』と相対する
「よし、じゃあお詫びとして俺にその序列をくれ。くれないなら、六魔にあんな酷いことされました〜って訴える」
「ちょっ、何意味分かんないこと言ってんの!」
「なんだよ、六魔は自分の行動に責任も持てないのか?」
「……むむむ、いいわよ! そこまで言うなら条件出してあげるわよ!」
へっ、ちょろい。
「条件ってなんだ? 決闘ってやつか?」
「そ、そうね。それなら申請通せば公式で序列入れ替えになるわね。あ、でも六魔は特に……」
「よーしすぐに俺と決闘しろ。俺が勝ったら『六魔』の椅子を空けて貰う!」
公式で認可されるのならやらない手はない。所詮俺が負けた所で失うものはない。あっちはリスクがあるが、コッチは得るものが大きいんだ!
向こうは慎重に来ると踏んだのだが、意外にも如月も乗り気だったらしく、
「ふーん……いいわよ。この私に決闘を仕掛けてくるなんてとんだ命知らずね。楽しませてもらおうじゃないの」
放課後に模擬場で待ってるわ、と残して去って行く如月。完全に負けフラグみたいなの立てて行きやがった。あれ、もしかして勝てるのか俺?
早速勝つための算段を考えねば! 授業なんて受けてる場合じゃないぜ! と息巻いていたのだが、俺の肩をちょんと遠慮がちに触る感覚に気づいた。またもや忘れていたが、美鈴ちゃんだった。
「あの、先輩。本当に大丈夫なんですか?」
「ん、何が」
「決闘のことですよ。如月先輩のうわさ知らないんですか?」
「うわさ? 六魔なのはわかったけどそんな有名人的な理由があるのか?」
「彼女、入学してから一度も決闘で負けたことがないんですよ」
……………………はい? ……え?
「一年生の時から通算百十八戦全勝だそうです。彼女の異名である『氷壁』は白星の意味でもあるんです」
「おいおい、嘘だろ」
「一年生の間ではけっこう有名なうわさですよ」
アイツそんな強いやつなのかよ。六魔という勲章は伊達じゃないらしい。
だがそれでも……。
「それでも負けられないんだよ。絶対に引けない時があるんだよ男には、さ」
最大限の決め顔を美鈴ちゃんに送ってみる。しかしまだその不安は拭えないらしく、
「でも、その、手錠が……」
「……あ」
あの、クソおんなぁぁぁぁぁぁぁ!! カッコつける事に頭が行き過ぎて自分が置かれている状況を理解できていないアホの絶叫が廊下に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます