第2話 一年前の俺とアイツ

 父親からの破門の宣告を受けた次の日、俺はすでにこの学園にいた。少ない荷物を背負って学寮へと案内され、そのあとで軽く学園内の紹介を受けた。異能者を多く集める学園では、己の異能の特性によって大きく二つに分類される。前述したが、戦闘用か否かがその指針となる。

 闘える奴は『戦闘科』、闘えない奴は『情報科』に分けられ、共通の一般学術に加えてそれぞれ自分の異能を訓練する課外活動が行われている。当時の俺は非戦闘用の異能を発現したわけだから、もちろん『情報科』だった。

 この学園では異能を発現した生徒は半ば強制的に入学させられるそうで、俺みたいな四月期に入学する生徒は逆に少ないんだとか。 

 新しい学校に通い、新たな生活が始まる! って気持ちに浮かれていた。一人暮らしというものにちょっと憧れていた部分もあるし、他の異能を見てみたい気持ちもあった。だが、実際はそんな俺のはかない夢は一瞬で散っていった。

 なぜなら……


「てめえ、どこに目つけてんだオラァ!」

「調子乗ってんじゃねぇぞ! おい聞いてんのか? ああん?」

「やっちまおうぜ、コイツ」

「金持ってんなら先に出した方がいいぜ」


 ……なんて不良に絡まれているのでした。てへっ☆初日からですよ、初日。こんな路地裏じゃ大声を出しても助けが来ないわ! どうしましょう!

 なんて乙女チックにヒーローを待っていても仕方がない。


「……俺はこの学園に入ったばかりだから、規則とかぜんぜん知らないんだけど。金払ったら見逃してくれたりするのか?」


 俺の一言に不良たちは一瞬顔を見合わせたかと思うと、笑いをこらえきれなかったのか大きく口を開けて笑い出した。


「ぎゃははははは! これだから新入りは馬鹿なんだよ。どうせ案内終わったところだろ。浮かれてうろついてるやつを締めるのが習わしなんだよぉ」


 なるほど、初心者狩りってやつか? どこの世界にも底辺はいるもんだな。金色の大きなピアスを付けたいかにも不良って感じのタイプは初めて見たせいもあってか、俺は恐怖と言うより驚きで満たされていた。


「できれば穏便に済ませたいけど、そうはいかないってところかな」

「あー? なに、ぶつぶつと――ぐはっ!」


 一歩詰めてきたガタイのいいやつに一発ぶち込む。顎への一撃は思ったより効いたみたいで、そのまま後ろへと倒れてしまった。おっと、やりすぎてはいけないな。素人相手に本気は出せないし、致命傷なんてもってのほかだ。


「おまえっ! よくもやったな!」

「一発じゃ済まねえぞ!」

「まあまあ、とりあえず俺に一発当ててから言えって」


 激昂した二人が大振りで殴り掛かってくる。上段から振り下ろすタイプ。挟んで横からのコンビか。軌道が読めれば止めるのはたやすい攻撃だ。俺は左手で受け右手で払い落して流す。そのままがら空きの胴体に蹴りをお見舞いしてやった。

 やはり受けの取り方を知らないようで、そのまま後方へ飛んでしまった。


「てめえ、覚悟はできてんだろうな!」

「覚悟ねぇ……」

「発現『切刃スライサー』!」

「うおっ」


 最後の一人は右手からナイフを作り出して、俺へと降りかかってくる。これが俺の見た最初の他の異能者だった。他の三人も何かしら持っていたのだと思うが、自分の拳にでも自信があったのだろうか。いや知らないけど。

 さすがのナイフは当たると俺の手だって切れるし、なんなら痛い。痛すぎて泣いちゃうまである。なので、


「くそ、避けんな!」

「いや、無茶言うなよ……」

「ふんっ! おらっ!」


 無駄に大きく突っ込んできてくれるおかげで、かわすのは簡単だった。後ろに回って、体重の乗っている方の足を崩してやる。情けない声を出しながら、男子生徒は顔面からコンクリートに殴打した。鼻血で済めばよいが、骨折してたら同情する。ちょっとやりすぎたかな。


「じゃあ、俺まだ回るところあるから。またなー」

「ま、まで……」


 手当は見つけてくれた誰かに任そうと俺はその場を離れた。入学早々問題を起こして何か処罰があるとたまったもんじゃない。やっちまったもんはしょうがないが、バレなきゃ問題はないのだ。それが俺のポリシー。

 まあそんなスタートを切ったわりにはなんやかんやで一年間は『情報科』で過ごしたわけだ。『情報科』ではそこまで闘う必要はなかったので、誰かに向けて武術を使うこともなくなっていた。ただひたすらに『速算フィール』を磨くように訓練するだけ。時には雑務なんて少なくなかった。

 来年も落ち着いて何事もなく過ごせるかなぁ、なんて俺の期待を見事に裏切ってくれたのは、当時序列七位であった雨坂大輝である。

 どこから嗅ぎつけたのかわからないが、四月に不良たちをぼこぼこにしてしまった件で俺のもとへとやってきた。大輝の目的はそう、俺が学園の危険因子だと判断して拘束するために俺と決闘しようとしていた。


「とりあえず闘って、俺が勝ったらムショ行きってことでいいか?」

「いいわけねぇだろ! いきなり俺の部屋に来て何言ってんの。つか、お前誰なんだよ。これから俺は作業があんだよ。忙しいんだよ。なんだよ、慣れないエクセル使って、学内の生徒情報の管理レポート出さないといけないんだよ。わかる!?」

「と、とりあえず落ち着け。な?」

「ふぅーふぅー」

「いいか。俺は雨坂大輝だ。お前にかけられた規範を逸脱した暴動容疑を問いに来ただけ。心当たりはあるか?」

「あるわけねえだろ。今日一日休みの日なのに部屋で頭使ってんだよ」

「そうイライラすんなって。ま、とりあえず決闘して俺が勝ったらお前を拘束、あーお前が勝ったら……そのレポート手伝ってやる」

「お、まじ。やってくれるのか。助かるぜ」

「……お前が勝ったら、な」


 嫌なくらいににっと笑う大輝に俺はもう少し警戒をするべきだった。暴動を起こした容疑者に単身乗り込んでくるくらいだ。相当のやり手のはずだと、冷静な今なら思う。

 訳の分からない御託を並べてはいたが、ようは大輝のしたかったことは「俺を逮捕する」という経験値によって『六魔』への昇格だった。あとあと話を聞いてみれば、第六位の生徒は実力で勝ったが、実際に昇格の申請には生徒を正しく導ける実績が必要だったのだとか。そこで俺をだしにしたわけだ。


「そんでさっきから言ってる決闘ってなんだよ」

「学長から説明されてないのか? おかしいなぁ、最初に入学するときにされてるはずだが。まあいい」


 一瞬顎に手を当てて考えるポーズをとった大輝は、少しずつ思い出しながら俺に説明を始めた。


「決闘ってのは個人同士で異能を使ったバトルを行うシステムを指す。単純に序列の入れ替えを目的にしてるやつがほとんどだ。また遵守可能なペナルティを課すこともできる。お前も『戦闘科』なら序列あんだろ」

「いや、俺『情報科』だけど……」

「え?」

「え?」

「いや、だって、数人怪我するくらいの異能を行使したって聞いてたんだが」

「いやいや、俺の異能なんて計算するくらいしか使い道ねえぞ? 普通に喧嘩を売られたから買っただけなんだが」

「す、素手ってことか」

「おう」


 少し驚いたのか目をぱちくりとさせた大輝は「やるなー」とまるで他人事のように呟いた。『情報科』の生徒のなかでは確かに武術のできる俺は、どっちかというと異端になるのだろう。一般的には異能の特質は本人に寄るとされている。だからこそ、俺がなんで計算できる能力だったのか謎なんだけど。


「まあ、それなりに楽しめそうだな。俺は強い奴と闘うのが好きなんだよ」

「確かにそんな感じするわ。こうして非戦闘の異能を持つ俺にまで宣戦布告してくるくらいだからなぁ」

「でも、お前強いんだろ?」

「どうかなぁー」


 武術には自信はある。たとえ一年のブランクがあったとしても、おそらく初心者には余裕で勝てるだろう。よほど手を抜いたり油断していなければの話だが。

 連れられて行った模擬場で俺は大輝と闘うことになった。その話を語ることもできるのが、長々と過去を語ってもちょっと退屈過ぎるので割愛。

 常識的に考えて,速く計算できるやつが雷出すやつに勝てるはずがない。それがわかっていれば結果は推して知るべし。俺の拳がやつに届く前に電撃が俺の体を貫いていた。そして大輝が決闘の勝利の際に賭けた『ペナルティ』が次の通りである。


「お前さぁ、武術でも習ってたのか? 構えが素人には見えねえんだよな」

「げほげほ……あぁ、実家がちょっとな」

「『情報科』の生徒で武術ができるってのは危険だよなぁ。『戦闘科』の方が相応しいんじゃないか」

「だから何度も言ってるが、俺の異能は――」

「ま、とりあえず、武術を禁止って縛りにするか」


 ……マジデ、ナニイッテルノコノヒト。ワケワカラナイ。危ないもんな~などと呑気に独り言をつぶやく大輝。もちろん俺は反論しようとしたのだが、『ペナルティ』は口にした瞬間から絶対遵守されるため、呆気なく俺の数少ない特技である武術は幕を閉じた。

 試しに意識して体を動かそうとすると、金縛りにでもあったみたいに動きが制限された。この異能の世界ではどうにも「賭け」という言葉が本人の意識化に大きく左右されるらしい。大輝の言葉によって、俺は武術を使うことができなくなってしまったのだ。しばらく現実を受け止められなかった放心状態の俺に、大輝はなんて言ったと思う?







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