第2話

<Side:三人称>


 空は五月晴れ。一時雨脚が退いてくれたこの細やかな日和模様の下、少年──逆廻 十六夜は、川の畔で絶賛暇を持て余していた。季節はもうすぐ夏に突入するこの時期、本来ならまだ学生である筈の彼は学校へと行っているべきなのだが……最早彼にはそんな義理など失せてしまった為、こうして昼間に黄昏れているのだ。


そんな彼の隣に一人の少女がいた。肌はきめ細かなで白く、髪は見事なストロベリーブロンド。目は青空を連想させる綺麗な碧眼で、背は低く小柄だが、全体的に整っていての分類に入るだろう。だがしかし、最も特徴的と言えるのは、その顔に似つかわしくない左眼を覆う眼帯だろう。

色は黒だが、よく見ると金糸で縫い取りがされている。また、金糸で四つ葉のクローバーの刺繍がされており、オシャレに見える。


彼女の名は――三上美琴。


破壊神ノアの手により転生した転生者だ。




※※


<Side:美琴>


転生してから十六年が過ぎた。


ノアから事前に教えてもらっていた原作の内容から幼少期の十六夜に接触、友達になることが出来た。親は母親が金髪碧眼のイギリス人のハーフで父親が赤髪茶眼の日本人だが、曾祖父が北ヨーロッパ出身で父と私の容姿は隔世遺伝、という事になっている。

現在、私は学校に来なくなった十六夜と川辺で黄昏ている。本来なら今日も、というより現在進行形で学校があるが、私は両親に『最近、十六夜が学校に来ないからちょっと今日会いに言って来るね。学校に休むって連絡入れといて』と出る前に言っておいたから……大丈夫だろう。


「あ、黒点発見。やっぱり太陽が氷河期に入り始めてるってのは本当なのかね?」

「さあ?って言うか、よく黒点なんて見えたね?十六夜」

「いや、美琴だって使えば見えるじゃねえか」

「生憎と、私は失明なんてしたくないからパス」


制服のまま川辺で初夏の気配を感じながら逆廻十六夜と三上美琴は太陽を見上げる。


「何か面白いことねえかな…………」


十六夜はヘッドホンを外すと川辺の向うから背中に刺繍の入った長ランを着た不良集団に囲まれた少年を見つけた。

少年は泣きながら土下座をしている。

十六夜とゆっくりと体を起こしその不良集団に話かける。


「……あ~暇。超暇。暇が売れたら人稼ぎできる自信があるね。どうだい、そこの頭の悪そうな戯け共。娯楽をくれたらもれなく暇という名の長期入院休暇をプレゼントするぜ?」」


十六夜の言葉に反応するものはいない。十六夜は叫んだわけではなく隣で話しかけるようにいったから。


「(ああ、始まった。なくても結末が分かるのって喜んで良い事なのかな?)…ん?これは………?……ああ、そっかぁー……なんだ」


美琴の呟きが十六夜の耳に入ることは無かった。何故なら、彼は無言で立ち上がると、手ごろな石を二、三個拾い上げ、ぶん投げて川辺ごと吹き飛ばしている最中だからだ。勿論、比喩にあらず。訂正は無い。

十六夜が投げた石は読んで字の如く、第3宇宙速度に匹敵する馬鹿げた速度を叩きだし、轟音と共に粉塵を巻き上げて、不良と苛められていた少年を巻き込み吹き飛ばしている。

そんな最中に、小さく呟くような音量で放たれた美琴の言葉は、とてもじゃないが聞こえないだろう。例え、彼の耳が良いとしても。


「ぎゃあああ!」

「逆廻十六夜だ!!全員逃げろ!!」

「た、助け――――」

「オラオラ、ドンドン投げ込むぞ!」


ヤハハと豪快な笑い声と共に石は投げ込まれ巨大なクレーターを作り上げ、不良と少年は恐怖しながら逃げ纏う。

十六夜は少年を助けるために石を投げたのではない。


“強きを挫き、弱気も挫く”それが逆廻十六夜の座右の銘の一つである。


「ハハ、だらしねだらしねえ!気合が入ってるのは服装だけかよ!」


十六夜は腹を抱えて不良共と少年を見ながら笑う。けたたましく笑い転げ、地団駄を踏み笑い続ける。

そんな十六夜の様子を美琴は苦笑しつつ、呆れた顔で見ていた。美琴からして見れば、十六夜と出会ったこの数十年で、彼の事をある程度は理解していると自負している。なので、美琴からして見れば、彼の一連の行動はとしか言いようが無かった。この程度の事では、彼のと言う名の退屈は全く晴れないからだ。


周囲の音はその笑い声だけだ。十六夜の笑い声が消えると同時に、一体は閑散とした空気が立ち込める。静まりかえる川辺に十六夜と美琴以外の人の気配は一切ない。


十六夜は無言のまま立ち尽くし、


「……つまんね」

「だろうね」


本音を心の底から吐き捨てるように吐露した。


不良共や少年の滑稽さを皮肉に思っても楽しくはなかった。

試しに声をだして笑ってみたが、形だけた。暇つぶしには程遠い。


そんな十六夜の心情に気付いた美琴は"これから起こる騒動で彼の退屈は晴れるのだろうか?"と思ってしまった。が、すぐにそんな考えは振り払った。考えずとも答えは分かっている事だから。

川辺に背を向け、立ち去る十六夜の後を追っているとその瞬間、横薙ぎの風が吹いた。


「十六夜、あれ」

「………ん?」


風と共に舞った二枚の封書が不自然な軌道を描き、鞄の隙間を縫うようにヒラヒラと投書された。


「何だ、これ?」

「手紙、みたいだよ?開けてみようか」



封書には達筆でこう書かれていた。


『逆廻十六夜殿へ』 『三上美琴殿へ』


それを見た十六夜と美琴は、前者はこの摩訶不思議な現象に対し期待の笑みを、後者はに対し苦笑の笑みを浮かべながら、迷わずその手紙を開けた。


 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能を試すことを望むならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを投げ捨て、我ら“箱庭”に来られたし』





上空4000mから見る景色は、完全無欠に異世界だった。




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