第350話


 巨像を構成する瓦礫の間から黒い水が出始めた瞬間から少しだけ時を遡る。

 ベッセル城に攻撃を仕掛けた部隊とは別に敵を取り逃したとき用に対処する予定で遠くに待機していた部隊では騒ぎになっていた。


「し、城が……」

「なんだあれ……」

「あんなのと戦えって……」


 かなり遠くで待機していたことが功を制し、彼らのところまで瓦礫が飛んでくることはなかった。

 そんな状況で城が落ちたことで動揺が走っていたが、巨像が突然現れたことで部隊が混乱の渦に飲み込まれていた。


「何かあった時に対処するのが我々だ!そんな我々が狼狽えてどうする!しっかりしないか!!」


 部隊を纏めていたサーバが大きな声で言うと部隊の動揺が少しだけ落ち着く。そんなサーバは表情には出さないが、焦っており額には汗が浮き出ていた。


「サーバ隊長、何が起きているんでしょうか」

「……」


 副隊長の問いかけにサーバは答えることはせず、ただ無言で巨象をにらみつける。

 その巨象が再度崩れて無くなりサーバの眉がピクリと動く。ざわつく部下達が問いかけも無視して巨象があった場所を睨みつけていると再度巨象が生まれたことで動きが生まれる。


「第2偵察部隊より伝達!前衛部隊及び第1偵察部隊壊滅!また第2偵察部隊も大半の隊員が瀕死状態か死亡!被害は甚大!撤退を要求!」

「第3偵察部隊は」

「……被害報告来てません!」

「第3部隊と医療部隊を中衛偵察部隊に送れ。医療班の応急処置が終わり次第撤退させろ。第3偵察部隊には現在の偵察場所から監視可能域ギリギリまで下がるように言え」


 その指示通りに部隊が動き出そうとした瞬間に再度報告が入り、部隊がより騒がしくなる。


「巨像より黒い水が出ていると後衛偵察部隊より伝令!勢いが増しているとのこと!」

「黒い水だと?(いったい何が)」

「勢い現在も増しているとのこと!このままではここまで水が来る可能性も!止まる気配を見せません!」

「(中にいる者たちを閉じ込めてしまうが……!!)総員!すぐに魔法道具マジックアイテムに魔力を通せ!」

「中にいる者たちは……!!」

「すぐに魔力を通せ!!第3偵察部隊には壁の上に上るように言え!」


 最初は抵抗を見せていた兵士達だったが、サーバの苦しそうな表情と怒気を含んだ声を聴き指示に従い始める。


 魔都トラピタルを作る際に使った一部の魔法道具マジックアイテムが人に渡ることを危惧した王家は、城の地下の保管庫と王家が所有する収納用の魔法道具マジックアイテムに保管していた。その収納用の魔法道具マジックアイテムは王家の物が常に持ち歩くことになっていた。


 姫が持っている魔法道具マジックアイテムの中にあった物の一つに魔都トラピタルの砦と壁、ベッセル城の城壁を作った魔法道具マジックアイテムがあったためそれを戦場に持ってきていた。その魔法道具マジックアイテムに魔力を通すことで巨大な壁を作ることができるのだ。兵士達はある程度魔力を流すと、すぐに違う魔人が入り魔力を注いでいく。


 魔人達が魔力を通したことで音を立てて壁が地面から徐々に生み出され始める。

 かなりの数の魔人が多くの魔力を込めたため、壁は想定60mほどになっていた。その壁の上には第3偵察部隊が上から偵察していた。


「第2偵察部隊より伝令!治療可能な者は治療を終えたとのこと。残りは重傷者のみとのことですが、水がもうそこまで来ているとのこと!」

「触れれば何が起きるかわからん!治療が間に合わないようであれば撤退しろ!絶対に触れないよう!」

「了解!」

「第3偵察部隊より伝令!水の勢いは現在も増しており、止まる様子は一行に見えないと報告が!」

「第2部隊撤退し始めました!」

「中はどんな様子だ」

「あたり一面水で埋まったと!水位も現在上がっているとのこと」


 水が湧き出る勢いは最初はチョロチョロでているぐらいだったが、今では数Lが一秒間に流れるほど多くの水が出てきており、その勢いは現在も強くなっていた。


「水が壁を超える可能性もあると報告が……!」

魔法道具マジックアイテムに魔力を!」

「流していますが、もう高くなりません!」


 水位はどんどん高くなり、ついには壁を越え始める。サーバたちの部隊は飛んでよけ始める。全員が避けることができたと安心したが、それは違った。

 下にたまった水は触手が生え、飛んでいる魔人達を捕まえようと動き出す。触手は数えられないほど多くなり、1人、また1人と確実に捕まえていく。

 最初は魔法を使い黒い水が広がるのを防いていたが、触手のせいでそれができなくなっていき、魔人領に黒い水が勢いよく広がっていく。それを止めることは誰にもできなかった。




 魔人領すべてが黒い水に飲み込まれ公国にまで広がろうとしていた。


「瘴気がなくなったと思ったら、今度はこれか~……」


 結界の前にたたずむオムニは1人大きなため息をつく。


「目覚めちゃったね~。こりゃまずいか」


「……とにかく。あれを止めようか」


 カイ達と一緒に戦った際に使った剣を地面からはやし手に取ると「杖」というと剣が杖に代わる。それを地面に突き立てると音が響き渡り、結界に魔力が流れていく。


「よし。これでこっちは大丈夫だね。さぁどうしようか……。僕はそっちに行けないし」


 オムニは結界に阻まれ水位が高くなっていく黒い水を見つめながらそう呟いた。

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