第340話


 落ちてきた棺はそれ自体は棺と言われて思い浮かべるようなシンプルな作りで、特別装飾されているわけではなかった。普通なのは棺だけであり、棺の周りには魔族領に充満している瘴気が他のどこよりも色濃く表れていた。現れているというよりは棺そのものから生み出されているようだった。

 落ちてきてから数秒間は静かだった棺だったが、急に激しく揺れだす。それと同時に瘴気が棺の周りに集まりだす。その量は凄まじく、魔族領すべてから集めているようにカイ達には見えていた。その憶測は正しく、すべての瘴気がベッセル城の地下に集まりだしていた。


「ここまで濃い物は防げません!下がってください!」


 ペンダントの効力を一番理解しているリオの言葉に従いカイ達は徐々に後退し始める。

 際限なく部屋にどんどんと充満していくため、カイ達は入ってきた扉から1人ずつ出始める。最後尾にいたカイが部屋を出ようとしたがその足を止める。扉とは反対側にある壁っを破壊して入ってきた物がいたからだった。音もかなり響いたため全員がそこを見る。そこに立っていたのは俯いたハルマだった。

 瘴気の中を一歩一歩操られているかのようにゆっくりと棺に向かって力なく進むハルマ。それを止めようとカイが炎の手を伸ばすが、瘴気の中は魔力を操りにくく、だんだんと進みが悪くなる。それでも進み続け、ハルマまであと1mといったところで何かに弾かれたように炎が霧散する。カイに続き全員が遠距離から止めようとするが、バリアで守られているかのように弾かれてしまう。

 そうこうしている内にハルマは棺にたどり着き手を伸ばす。そしてついには蓋に手を付けられる。

 力なく叩きつけられたため小さな音だったがカイ達の耳には異様にはとても大きな音に聞こえた。

 先ほどまでは力なく操られているようだったはずのハルマだったのだが、淵に手をかけた瞬間にかなり力入っているのか棺からミシミシと破壊しようとする音がし始める。

 こじ開けようとする間もカイ達は武器を飛ばすが見えないバリアに防がれハルマには届かない。

 ついにはバリと音を立てて蓋が壊れる。それは棺の蓋の一部だけだったが、中にある者が出てくるには十分すぎるほどのとっかかりだった。

 中から人の腕が出てきてより一層蓋を破壊する。その手が出た瞬間に周りに漂っていた瘴気が手に吸収され、視界が鮮明になっていく。

 棺から出たその手はかなり痩せており皮と骨だけの状態になっていた。その状態も数秒だけしか続かなかった。その手は指先から黒色の半透明スライムのようなジェル状の液体に溶け始める。ジェル状の液体は棺を伝い地面に零れる。その零れる液体の量が異常で、明らかに棺の中からも零れ始めていた。

 瘴気がなくなったためカイ達は警戒しつつも走って棺に近づき始める。だが、それよりも先に液体のほうが動き始めた。

 地面に広がっていた液体はすぐに近くにいたハルマに纏わりつくと棺の中に引きずり込んだ。それを見てカイ達はすぐに足を止め警戒を強める。

 ハルマを取り込んでから液体が零れるのは止んだが、ミシミシという破壊音が聞こえだす。壊れる。そう思った瞬間に破裂し中から横たわった人が出てくる。

 見た目こそ先ほどまでいたハルマと同じだったが、持っている魔力の量が桁違いな上に、服装も王族が着ていそうな豪華の装飾が施された物になっていた。


「いつぶりだろうか。我が身で外に出たのは。1000以上か」


 横たわっていたハルマ?だったが、先ほど地面に零れていた黒い液体が押し起こす。垂直に立つと調子を確かめるかのように手を閉じたり開いたりする。そして確認ができたのかカイ達のことを見つめるとゆっくりと口を開く。


「くっ!?」


 その言葉を聞いただけで頭上から圧力を感じ膝をつきそうになるが、カイ達は踏ん張って耐える。その様子に鼻を鳴らすだけでハルマ?は近づく。


「我に従わないその心意気、腹立たしい。だが……。そして

「っ?!」


 先ほどよりも強い圧力が一瞬にしてかかり、カイ達は全員が耐えられずに膝をつき頭を下げてしまう。


「始まり王と戯れた際に感じたお前の魔力。あの時は肉体が脆弱で奪うまで及ばなかったが、我は今、肉体を手に入れた。今度は制限時間などない。この肉体と同じように頂く」


 カイの目の前にまで接近していたハルマ?は頭にゆっくりと手を伸ばす。その手のひらには棺から出ていた黒い液体が張られており、触れた瞬間、ハルマの時と同じように飲み込もうとしているのは容易に分かった。


 頭まで数cmというところで地面から赤い氷が伸び素早くハルマ?の手のひらを貫く。

 貫くと同時に圧力などかかっていないかのように、素早く動き出したカイが氷で剣を作り、腕を切り落とて心臓があると思われる胸に剣を突き刺す。そして突き刺した剣をより深く突き刺すために蹴りつける。だが、突き刺したと思った剣は刺さっておらず、胸に穴が開きハルマ?を通り過ぎて地面に深々と突き刺さる。そのことに動揺せずにカイは氷を目の前に大量に発生させ、ハルマ?のことを壁へと押し付ける。それと同時にミカ達にかかっていた圧力がなくなる。


「カイ……なぜ」

「俺には圧力がかかりませんでしたから。隙をついて倒そうと思いましたけど……」


 喋ると同時に氷を消滅させると、傷つきながらもカイのことを見つめるハルマ?がいた。

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