第277話


 笑っている間、隙だらけになっているため、カイはがら空きの胴に向かって全力で拳を叩き込む。その全力の拳は綺麗に入って行った。カイはしっかりと殴った感覚を感じ取っていた。その証拠に鎧の胴の部分は酷くへこんだ上に、凍り付いていた。

 殴った瞬間、バルターの笑い声は止まりその場で固まったが、すぐにまた笑い始めた。

 カイは不気味に感じ背中に冷たい物が伝うが、その空気に飲まれないようにもう一発殴ってから後退する。


「殴打による痛み。ヒヒッ!良い。良いぞ!こんなに痛みを感じるのは久々だ!師匠にボコボコにされて以来か!?」


 殴られた胴を触りながら笑い続けるバルターを見て、あまりの不気味さにカイは半歩下がる。


「はぁ~。いやぁ~、こんなに気分が高揚したのは久々です。すみません、先程のは癖のようなものでして。気にしないでください。あの攻撃、初見で避けられたのは久々です。ここ、魔国の地は長い間空気中を黒い霧が舞っているのはご存じでしょう。その影響を受けて、地中を魔力感知で調べるのは難しくなっているはずです。どうしてわかったのですか?」

「音です。かすかに音がしてたんで気づいたんですよ」

「音、でございますか……?限界まで消していたのですが、カイ様はよほど耳が良いのですね」


 喋りながら鎧を脱いでいくバルターは一見隙だらけに見えたが、そこから攻めても反撃が来ると察したカイは、攻撃せずに鎧を脱ぎきるのを待つ。

 凍り付き使い物にならなくなった鎧をバルターは遠くに投げ捨てると、すぐ近くに置いておいた盾と斧を拾い直す。

 そして2人が視線を合わせると、互いに走り出す。

 カイは手に纏う物を青い炎から赤い氷に替え、バルターの斧を片手で受け止めながら空いている手で攻撃を繰り出す。その拳をバルターは盾で受け止める。

 だがカイの拳は赤い氷を纏っている。そのためぶつければ燃えだすはずだったのだが、何度ぶつけてもバルターの盾は燃えはいじめない。表面が溶けることは無く、傷が軽く付くだけだった。


「この盾は耐火性能がしっかりついていますので燃えませぬぞ」


 すると今までずっと斧だけで攻撃していたバルターは初めてカイのことを盾で強く押す。シールドバッシュと言うやつだった。

 もろにくらったカイは片手を地面について滑るのを抑えようとするが、中々止まらず、止まったのは壁際すれすれだった。


 低い体勢でいるカイに、バルターは押しつぶそうと盾を構えたまま大きく跳躍する。

 カイは片手をバルターに向け、手を伸ばそうとした所で纏っていた氷が消える。それを見たバルターはつまらなそうな顔になりながらも、既に飛んでいるため攻撃を止めることは出来ない。


「カイ!」

「サーバすぐに確認を!」


 バルターが地面にぶつかり再度砂埃が起きる。そのため、様子が見えなくなり観戦していた全員が焦り出す。

 演習場に入ったサーバは砂煙が起きた場所まで走っていくが、次の瞬間砂埃から人が飛び出してくる。それは、先程攻撃したはずのバルターで、盾を持っていた腕からは血を流していた。

 バルターの顔は先程のつまらない顔が嘘だったのではないかと思うくらいに笑みを浮かべていた。


「武術だけでなく剣術の心得もありましたか。これはまだまだ楽しめそうです」


 砂煙が晴れたそこには、左手だけ氷を纏い、右手には手袋から生み出した鉄製の剣が握られていた。


「必要最低限の動作だけで避け切る。ついでに一撃入れる。剣の腕だけで貴方に勝てる魔人はいるのでしょうか?居そうに無いですね」


 小さく呟いた言葉は誰にも届かず、バルターは心底楽しそうな笑みを浮かべながらカイのことを見つめる。

 バルターの視線の先には、頭から血を流しているカイと横に深々と抉れた地面が写っていた。


「先程、魔法が消えたのはわざと、ですか」

「あの瞬間に消えたら油断してくれると思ったので。案の定、油断してくれたので一撃入れることが出来ました」


 剣に付いていた血を振り払うと、体勢を低くして構える。

 そして、走り出したカイは地面に手を滑らせる。そこから氷が広がっていき、演習場の大半が氷で埋め尽くされていく。

 斧と剣、剣と盾、斧と氷、互いの持つ武器同士が何度も何度もぶつかり合う。

 先程カイから受けた腕への攻撃で盾を振るのが送れるバルターの傷が少しずつ増えて行く。このままではマズイと思ったバルター斧を高く掲げ、全力で地面に叩きつける。土が大量に飛んでくると分かったカイは、斧が地面に着くよりも先に後ろに跳躍し、斧が地面にぶつかった瞬間に持っていた剣を投げつける。その剣はバルターの頬に一つの線を作ると、地面に深々と突き刺さった。


「その剣、やはり良い物ですね、とても……」


 そう言って地面に叩きつけた斧を持ち上げると、斧が持ち手を残して砕け散った。


「切れ味も耐久度も負けてましたか。流石はあの男が作った武器です。ですが、戦いは終わっていません。自分の武器がなくなった以上、この剣を使わせていただきましょう」


 深々と刺さった剣をいとも簡単に抜いたバルターは、盾と剣を構える。カイは今度は炎を纏い、炎の剣を両手に生み出す。


 走りながら片方の剣を投げつけ、バルターがはじいた隙に斬りかかる。その攻撃をバルターは剣で受け止めようとした。だが、その剣はカイの魔力が無ければ数秒で消える剣。受け止めるタイミングでちょうど消える。驚いた顔を浮かべるバルターをよそにカイは炎の剣でバルターのことを切りつける。

 青い炎で作った剣だったため、傷口は出血すること無く氷で塞がれていた。

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