第261話


 後ろにいつの間にか移動した男は不敵な笑みでカイのことを見つめる。


「俺様はな、神に一番近い存在に力を貸していただいているんだよ!ウッ!?」


 男は不敵な笑みから苦しそうに頭に手をつくと、あまりの苦しみからか地面に膝をつき蹲る。

 もしもの時に防ぐ手段があるカイとラウラが警戒しながら近づこうとする。男まであと5歩と言ったところで、杖に魔力を通した時と同じ様に水に包まれ始めたためカイとラウラは急いで撤退する。


 敵は確かに目の前にいた。杖を捕まえたと思った。だが現実は一瞬のうちに後ろを取られた。そんな相手とまだ戦う、その上何かさせるのは危険だと判断したカイは氷を飛ばす。


「カイ!待つんだ!嫌な予感がする!」


 オムニの静止もむなしく、カイの放った氷は球体にぶつかった。

 カイの氷は赤く普通の炎と同じ温度、もしかしたらそれ以上の温度を誇っているかもしれない。そのため目の前の水の球体を蒸発させ、敵まで届くかもしれないと読んだのだ。



「赤色。いや、紅色と言った方が良いか?このような氷は見たことが無い」



 球体から聞こえた声に全員に悪寒が走る。オムニが冷たい声を出した時と同じくらいの冷たさ。先程まで聞いていた敵の声と同じなのに、冷たさだけが異様に強くなった声にカイ達の動きが止まる。



 覆っていた水が解ける。

 顔は先程までの男なのだが、服は先程までと変わり露出の多くなり、どこかの高貴な貴族、もしくは王族が式典で着るような物になっていた。その服装にも目を奪われたのだが、一番目についたのは持っている杖だ。

 先程まで無機質で鉄製に見えた杖は、先程までの部屋と同じ黄金色で作りも複雑な物になっており、杖の先には先程まで出ていた水と同じ色をした水晶がついていた。


 覆っていた水は全てその水晶に飲まれていく。


「この氷。とても綺麗だ。是非とも我が物にしたい」


 男はその右手にカイが放った氷を何食わぬ顔で持っていた。熱いはずだと言うのに。


「君誰かな?」


 手を膝につけながら無理やり立ち上がったオムニは苦しそうな顔で問いかける。


「この氷、お前だな。その魔力よこせ」


 冷淡な声で話し続けていた男は、魔力の話しになると急に感情を表に出し始めた。

 男は杖を突きながら片手を伸ばし、ゆっくりとカイに近づく。誰もが男のことを見ていると言うのに誰も動けないでいる。一番近くにいるカイもだ。


 カイが伸ばした指先が突然光弾かれる。


「誰か聞いてるんだよ?答えてよ」


 弾かれた指先を見る男を見て全員が正気に戻り、武器を向け始める。カイとラウラは個人でいると危険だと判断し、ミカ達のいる場所に移動する。


「……この感覚。そうかお前が『始まりの王』か」

「久々に言われたよ。出来ればそう呼ばれたくないなー」

「消耗しているお前と戦ってもつまらん。


 少しだけ力強く言うと、オムニが勢いよく壁まで飛んでいく。だが、飛んでいくオムニの手元に剣が現れたため、オムニは地面に突き刺して壁に当たる前に止まる。


「ほお。消耗していても王は王か。面白い」


 今度は杖をオムニに向ける。その杖の先の水晶が禍々しく光ると水が杖の先から伸びて行く。

 普段のオムニならば対処できたかもしれないが、ここまでの戦いで消耗しきっていたため動けないでいた。動けないことに気づいたカイが隣を過ぎて行く水に触れて凍らせていく。


「うむ。良い。我が持つにふさわしい魔力だ。是非ともほしい物、だが」


 よく見ると男の手の平などの皮膚にヒビが入り始めていた。


「人間の体ではこれが限界か。やはり脆弱だ」


 つまらなそうに言い放つと男は冷たい目でオムニではなく、カイのことを見つめる。


「お前の魔力、いずれいただく。必ずな。それまで楽しみにしてるといい」


 男は言い切ると、杖を上に掲げ始める。その瞬間、機会を見計らってたかのように体が崩れ始める。だが、崩れきる前に杖の先から水が勢いよく放たれて天井を壊す。


 男は崩れきり、地面には灰と杖だけが残った。

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