第239話
先程まで真剣だったリオは不敵な笑みを浮かべ、魔人のことを見る。もしも正常な人が見たら、その笑みに恐怖を覚えたかもしれないが、今の魔人は怒りに支配されており、そんなことは微塵も考えておらず、目の前にいる女を殺す事しか頭になかった。
怖気つかずに逃げなかった。それがよりリオの気分を良くしたのか、口角がより上がる。
「少しずつ追い込むのが好きだぁ~?人間が大層な事いってんなぁ~。1発たまたま当てただけで調子乗っちゃってぇ~」
その言葉でどちらがこの勝負に勝つのか、後ろにいるカイ達は理解した。
先程の翼への攻撃、あれはたまたまなどと言う優しい物ではない。しっかりと計算され、意図的に相手の意識外から攻撃。カイ達はそのように思えて仕方なかった。そうでなければ、わざわざ相手に見える速度で爪を飛ばすなどするはずがない。
「冥途の土産と言う物をあなたにも教えて差し上げましょう。」
客人相手に使う言葉遣いで、リオは話しながら爪を先程の様に飛ばす。ただし、先程と違い、今度両手の爪全てを飛ばす。
先程と同じミスはしないと決めていたのか、魔人は空を飛んで避ける。するとリオは爪が伸びたままの状態で魔人に向かって大きく跳ぶ。その跳躍1つでリオが十分に魔人に接近すると、空中で器用に後ろに一回転して爪を持ち上げる。動作から下から攻撃が来ると分かった魔人は平行移動してから、空中で身動きが取れないリオに向かって魔法を撃ちこもうとする。だが、それが間違いだった。
回転の勢いが残っている中で、リオが右手を横に振ると、ちょうど爪が魔人の横の所で曲がり、魔人の足に糸が絡まり、最後に爪が深く突き刺さる。
避け切ったと完全に油断していた魔人は、痛みから魔法を発動させることが出来ず、空中でよろめく。その隙に綺麗に着地したリオが手を下に思い切り引っ張ると、魔人が地面に落ちる。
糸が足を強く締め付ける痛み、深く刺さった爪が皮膚を引き裂こうとする痛み、そして地面に強く衝突した痛みから魔人はその場で悶えたくなったが、敵が前でその様な醜態をさらすことなど出来ないと自分に言い聞かせて立ち上がる。
「あなた達は魔人が人間の上に立つ存在だと思っているようですが、それは違います。確かに人間とは比較にならない程の魔力を有しております。ですが、それはある人間達の『生き残る』と言う執念が起こした結果。貴方達はそれがあるから今、存在することが出来ている」
リオは右手を強く引っ張りながら話し続ける。もちろん、魔人が何もしないわけでなく岩を飛ばしてくるが、それは空いている左手から爪を飛ばして砕いて行く。そんな状態でリオは話し続ける。
だが、魔人は足についている爪が取れないこと、岩が全て撃ち落とされることからの怒りで話しを聞いていなかったため、リオは後ろにいるカイ達に聞かせているという状態になっていた。
「それはそれは遠い昔、まだ魔法と言う物が発見され始めた頃。その頃にも既にダンジョンはありました。彼らはダンジョンと言う物が何なのか、その実態を調べるために集められた精鋭でした」
ついに魔法だけではどうにもならないと判断した魔人はリオに接近戦を仕掛ける。だが、リオの方が一枚上手で、片手がふさがっていると言うのに拳は一発も当たらず、仕掛けられた方のリオが魔人のことを少し離れた場所に蹴り飛ばす。
もしも、もっと遠くに吹き飛ばされていれば翼を使って逃げることが出来たかもしれなかったが、足にはリオの手袋と糸で繋がった爪が深々と刺さっていたため、逃げることが出来ない。
地面に落ちた魔人が次の行動をしないためにリオが軽く右手を引くと、今度の痛みは比にならない物だったのか、爪が刺さっている場所を両手で抑えるようにして地面に蹲る。
「ですが、彼らが挑んだダンジョンはとても難易度が高く、彼らでも攻略するのが難しかった。それでも彼らは調べるために潜り続けました。そのうち、彼らは引き返せなくなった。挑んだボスが予想よりも強く、帰るための余力を残す事が出来なかったのです」
リオは今度は左手の爪を飛ばし、地面に蹲っている魔人の背中に深々と突き刺す。その痛みから魔人が叫び声をあげるが、なにもなかった様に話しを続ける。
「ですが、彼らは運が良かった。そのボスを倒した後で、食料を調達するためと下層に潜っていた者が、
リオは一度両方の糸を引いて、魔人から爪は取れないことを確認すると、カイ達の方に振り向き話す。
「その
話し切ったリオは再度振り返り、魔人のことを見る。魔人は既に戦意を喪失していたのか、その場に蹲ったきり動かない。
「さて、私の話しは以上ですが、聞かれていましたでしょうか、お客様?」
「ヒッ!か、勘弁してくれ!」
酷く怯えた状態の魔人に向かってリオはゆっくり一歩一歩近づいて行く。当たらにリオの足音だけが響き渡る。リオが接近すればするほど、繋がっている糸はたるんでいき、遂には地面につく。それでもリオは糸を巻き取ることはせずに近づく。
魔人まで2mとなった所で魔人が突然腕を振り上げ、リオのことを攻撃する。だが、それはリオがいとも簡単に左手で止める。続いて追撃をしようとした魔人よりも先にリオが蹴り飛ばし、今までよりも強く、勢いよく右手を引く。すると、飛んでいる途中の足が斬り落とされる。右手同様に左手も引いていたため、魔人の背中に大きく、痛々しい傷が出来る。爪と糸に血がついていいるが、気にすることなく、爪に着いた血だけ振り落とす。
地面に落ちたことを確認すると、再度糸を飛ばす。次に絡みつけたのは両翼だった。リオは躊躇うこと無く翼を捥いでいく。
足、背中、翼、他にも蹴りを受けたヵ所など、あまりの痛みから魔人は動くことすらできなくなっていた。
「もう終わりですね」
リオは少しだけ残念そうにしながら器用に魔人の首に糸を通していく。
「俺を…殺してみろぉ~。あの方が黙ってねぇぞぉ~。嫌なら逃がすんだなぁ~」
無理やり先程までと同じように喋る魔人に、リオは糸により力を込める。
「そうですか。ですが、末端のことなどあれは気にしないでしょう。襲撃を末端に任せるとは、私達も嘗められたものですね」
「俺はぁ~、末端じゃ」
喋っている途中だったが、リオが糸を引いたため魔人の首が落ちる。
「お騒がせいたしました。まだ敵はいるかもしれませんので避難いたしましょう」
魔人の遺体を素早く袋に片付けたリオは、使っていた手袋を仕舞ってからカイ達を避難させるために案内を再開させた。
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